SCORE4: DESPERADO☆3
コニーの自宅を見て、ギャリーは車を見たとき以上に吃驚した。
あの後、GFのジジと決別したギャリーを車に乗せると、コニーは湖をゆっくり迂回して家まで連れて行った。
元々、湖のこちら側は別荘目当てに近年開発された地域で豪奢な建物が点在していると聞いていたが。
コニーが長い私道の果てに車を停めたのは古城を思わせる石造りの豪邸だった。
広い敷地の周辺は背の高い樫や銀杏、椎の木に塞がれている。邸に近づくに連れてトネリコ、楓、レンギョウ、カルミア……
「へー、豪勢だなあ!」
ギャリーの感嘆の声に車のドアを閉めながらコニー、
「デカイだけさ。一人で住むには使い勝手が悪過ぎる」
それから、思い出したように付け足した。
「でも、仕方ない。親父が選んだんだ。野郎の趣味だよ」
「何にしても凄いや! ひぇー、プールまであるじゃないか!」
正面玄関から入ると吹き抜けになった玄関ホールの背の高い窓から裏庭が見渡せた。楕円形のスタイリッシュなプールは自身の水よりもっと濃い秋の空を映している。
「俺なんか、見たろ? あれでも今まで住んだ中じゃ、一番でかい家なんだぜ」
現在伯父と住んでいるあの家は、元々はグリーンセイジ牧師の姉の家だった。
九十二歳で天寿を全うしたレベッカ・グリーンセイジは生涯独身で、その死後ずっと空家だったのを牧師の好意でロドリコが安く借り受けたのだ。
ギャリーの背を押して階段を上りながらコニーは訊いた。
「そんなに今まで色んなとこに住んだのか?」
「まぁね。物心ついてから引越しの連続だったよ。養ってもらってる身分だから文句言えた義理じゃないけどさ」
「おまえの伯父さんの本職って何なんだ?」
コニーは何気なく言ったのだろうが、ギャリーは吹き出して危うく階段を踏み外すところだった。
「本職? 伯父貴の?」
今までそんな風に考えたことはなかった。
階段を上り切るまでの間に、ギャリーは包み隠さずコニーに伯父が今日までに就いた仕事を列挙して聞かせた。
「伯父貴みたいな人間を世間では〝負け犬〟って言うんだろうな? 俺自身は〝責任感のある放浪者〟だと思ってるよ。何たって、俺のことほっぽり出さずに育ててくれたもん。ほら、施設みたいなとこに叩き込むことだってできたんだから」
ずっと背中に回されていたコニーの腕がちょっと揺れた。
「まあ、堅物って言うか……ジョーク一つ言わない面白味のない淡白な人間ではあるけど」
少し声を落としてギャリーは付け足した。
「だから、俺も自分のこと、伯父貴の血を継いでそんな風だと思ってた」
自室のドアを開けながらニヤニヤしてコニーは訊いた。
「違った?」
「ああ。俺は伯父貴と違って……物凄く情熱的だよ」
知ってるくせに、とギャリーは思った。
おまえが嫌ってほど思い知らせてくれたんだ……
自分が伯父と全然似ていないように、コニーもまた父親とは似ていないに違いない。
コニーの部屋に入った途端、ギャリーには身に沁みてわかった。
さっきも、この家のことを『親父の趣味』と言って顔を顰めたけど。
豪華な内装を施しただだっ広い部屋。その片隅にマットレスとキャンプ用のテーブルが置かれているだけ。衣類に至っては旅行用のトランクに入れたままだった。他に私物らしきものはテーブル上のラジカセくらいか。
「──」
コニー・ヘイルは最低限度の物しか必要としない人間なのだろう。それとも、求める物の次元が普通の人とは丸っきり違うのだろうか? 物の大きさとか使い勝手とか、豊かさじゃなくて?
ドアの前に突っ立ってそんなことを思っているとコニーの手が伸びて来た。自分を求めて──
── いいかい?
── いいか? ……おい? いいんだろ? 何とか言えよ?
── え? 何だって? 聞こえないよ……もう一回……
── アイシテル……
── …… ……
── …… …… ……
裏口のドアの軋む音をロドリコは背筋の凍る思いで聞いた。
誰かが家に入ってきた気配。
そこの鍵が壊れているのに放ったらかしにして置いた自分に悪態をつく。
(では、今日がその日なのか?)
早過ぎる。ロドリコは唇を噛んだ。
クソッ、俺はまだ心の整理がついていない──
今の今まで見入っていた数枚の葉書を慌てて掻き集める。ビューローの引き出しを開けてそれらをしまうと、代わりに38口径のリボルバーを取り出した。
「──」
銃を手に取ってロドリコは迷った。そして、結局、引き出しに戻した。その間に足音は真っ直ぐに近づいて来て部屋の前で止まった。
乱暴にドアが開いた。
「話があるのよ! ロドリコ! あなたの甥っ子のことで……」
心底驚いて、ロドリコは侵入者を振り返った。
「……ジジか?」
ギャリーのGFであるその少女はズカズカと部屋に入って来て声を張り上げた。
「ギャリーが今何処で、何をしているか、知ってる?」
「え? あ?」
驚愕と、それから、少しばかりの安堵で、ロドリコは少女が何を言っているのかすぐには理解できなかった。
「あなたも、ロドリコ、何やらご自身のことで取り込み中だというのは知ってるわ。でも、あなたはギャリーの保護者なんでしょ? このところのあなたは甥っ子に対して余りに無責任で不注意過ぎるわ!」
漸く会話の内容を理解して、ロドリコは訊いた。
「ギャリーが何か──悪いことに手を染めたのか?」
「最悪のことに染まっちゃってるわよ、体ごと!」
一旦言葉を切ってから、
「ギャリー、新しい恋人ができたの。We've ended as lovers!」
その言葉に一瞬ロドリコは肩を震わせたが、ジジは気づかなかった。
「その新しい恋人ってのが最悪なのよ。ゲイだからじゃないわ。私は差別主義者じゃないもの。ただ、ギャリーには似つかわしくない、素行の悪い不良なのよ!」
ジジは目を上げて元BFの伯父の反応を窺った。
たいていの親は──特に男親は──息子が同性愛者だと知ったら動揺するに違いない。
だが、目の前の、ビューローに張り付くようにして座っている男の端正な顔に変化は見受けられなかった。ジジはちょっと驚いたがすぐ思い直した。ロドリコは元放浪者だから、西や東の大都会で色々なものを見聞きして来たのだ。でなきゃ──吃驚しすぎて固まっちゃった、とか?
「そいつ、LAで男娼やってたの。名前はコニー・ヘイルって言うんだけど、転校してきて即、ギャリーを誘惑したのよ! この男と一緒になってからギャリー変わっちゃったわ」
「そうか」
ほとんど独り言のように言って、ロドリコは椅子に深く座り直した。
「そんなことが起こっていたのか……」
「そうよ! あなたがノンキに部屋に閉じ篭っている間にね」
ジジは改めて部屋を見回した。
この部屋に入ったのは今日が初めてだが、ジジはオールドミスだったレベッカが残したこの小さな可愛らしい家が大好きだった。ギャリーの肩越しに見たペイルブルーの薔薇の壁紙をきっと一生憶えているだろう。初めて愛を交わしたあの日のギャリーの眼差しと一緒に。
「あなたはギャリーから目を離すべきじゃなかったのよ! あんなに変わっちゃうなんて──私、ギャリーは真面目でクールな模範生だと思っていたのに。あなたみたいな!」
「ギャリーはそんなに変わったかい?」
地の底から響いてくるような声。
ロドリコの表情は変わらなかったが顔は蒼白で紙のようだった。
「ええ。別人みたいよ。愛に引き摺られて形振り構わないって風。身も心も焼き尽くしてる……」
ロドリコは手で顔を覆った。
「そうだろうな。あいつは火が点くとどうしようもなくなる質の人間かも知れない」
「何とかして、ロドリコ!」
ジジは元恋人の伯父に取り縋った。渾身の力で腕を掴んで揺すぶる。
「あなたならできるわよね? 今ならまだ間に合うでしょ? 早くギャリーの頭を冷やして! そして……こっちへ連れ戻してっ!」