第3伝〜幸せの香り〜
凪神社…ぁぁ…あそこか。
今若い奴らの間で噂になってるんだってな。
でも、皆知らないんだ。
あの神社に居る神は──────────────
俺は馬鹿だった。
周りに反発し、他人を困らせ、親に迷惑ばかりかけた。
家柄は比較的裕福だった。弟は勤勉で、愛想もよく、まさに優等生。
俺はそんな弟に劣等感を抱く、どこにでも居る、ちょっと外れた人間だった。
くだらない生活を続けていたある日、いつも一緒に居るツレからおもしろい話を聞いた。
『新しい変な宗教がこの街に出来たらしい──』
詳しく聞いてみると、その宗教は極めて簡単らしく、自分の家にある物品を何でもいいので供えて、自分が、
『伝わった』
と、思うまで祈れば、必ずや願いが叶うという何とも在り来たりなモノらしい。
特に規約もなく、誰でも気軽に参加出来るらしいので、今夜適当なモノを持ってお参りする事に決めた。
俺達はバイクの音をブンブン鳴らしその寺に向かった。
俺が持ってきたのは、一個のみかん。
偶然茶の間にあったのを分捕ってきたもんだ。
どんなインチキ宗教か暴いてやろうと思ったが、次第に俺らの気持ちは変わっていった。
それは、信者の顔つきのせいだった。
多少なりとも、宗教に入れば幸福感を得られたりするはず。
なのに、寺に崇拝に来る人たちは全員死人の顔だった。
どれほど、酷いことが行われているんだ?
俺達は、周りの人たちには迷惑をかけないよう、寺に乗り込んだ。
寺院の中はとても綺麗だった。
しかし、なんとも言えない不快感が俺達を襲った。
匂い?雰囲気?どれとも違う。疑問に思いながらも奥へ進んだ。
「入信のかたですか?」
気の弱そうな坊主が中には居た。
微笑みながらこちらを見てくる。悪者には見えない。
「いやよぉ、ちょっと様子をみてからはいろうと思っていたんだけどもよぉ。」
「他の人達、随分、ヤツレテやがんな?お前ら、物品は何でもいいとか言いながら、実は金目のものを要求してやがったんだろ?!」
「コラァ!ハッキリしろや!!!!!」
坊主は表情を変えない。
微笑みをやめない。
「さぁ、手に持っているものを置いて望みを言いなさい。受け入れましょう。」
「こっちの言うこと聞いてんのかコラァアアアアアアア!」
「余り、私に口答えするのは、良くないと思いますよ?後々・・・。ふふ。」
「おぉ?!やったろうじゃないか?!」
仲間の一人が坊主の胸倉を掴んだ。
坊主は不思議な笑みをいっそう深く浮かべた。
「がっぁ!?」
声を上げたのは仲間の一人だった。
胸倉を掴んだまま、白目を向き、苦しんでいる。
「ふふ。どうやら効き始めたようですねぇ。この寺院の特徴を、教えてあげましょうか。」
「ぐふあぁ!」
「ぐぁっぁ!」
「ぐぎあぁ!」
他の友達も全員一斉に声をあげはじめた。
「この寺に入った時、不思議な違和感を感じたでしょう?あれは、私が開発した幻覚剤を、素粒子まで分解、それを流した所為です。」
坊主は立て続けに説明する。笑みは変わらない。
「この幻覚剤は厄介で、過去、自分が体験した精神的苦痛、肉体的苦痛、すべてを織り交ぜて蘇らせるのです。まぁ、30分…程ですが。」
「そして・・・その30分の間、何をするか・・・ふふふ。・・・おや?」
俺は坊主を睨み続ける。
全身襲ってくる不快感、痛みは理解できる。
だが、このくらいで倒れるものか。
30分の間、こいつらを守って耐え、ここを出ることが出来たら勝ちだ。
仕組みをペラペラ話したのだから、警察に言えばいい。
「ほぉ。貴方はこの幻覚剤が効かないのですか?」
「てめえの好き勝手にはならねえよ。」
「随分、愛されて育ってきたのですねぇ。」
「どういうことだ。」
「親御さん達は、貴方の育成に関わった者たちは皆、貴方のことを大切に育てたのでしょう。だから、痛みも少なければ苦痛も少ない。まぁ、ソレゆえにグレてしまうのも分かりますが。」
「うるせぇ。。坊主を気取るんじゃねえ、犯罪者。」
「犯罪者…とは人聞きが悪いですねぇ。商売人と呼んでくださいよ。ははは。」
坊主は、懐から注射器を出した。5本。ちょうど俺らの人数。
「これはねぇ。先ほど幻覚剤を利用して作った、薬です。ルパン3世という映画を参考にして考え付いたんですが、これを射すと、この寺から流れる幻覚剤を一定期間内に吸わなければ異常な副作用が起こるという代物です。時間は個人差がありますが、まぁ10日間、幻覚剤を吸わなければ、今、君の横の彼らが起こっている現象が一ヶ月続きます。それを乗り越えたら克服できますが、まぁ、一般人は、無理でしょうねぇ。」
「でも、君は別だ。」
坊主は表情を変えた。
「君は私の野望の邪魔となる。私はここら一帯を全て支配地域にするつもりだ。今度は快感の幻覚剤を作って、住民を快楽と痛みで支配するんだ。だが君は脅しの道具となる不快の幻覚が効かない。だから、幽閉させて頂くよ?はは。」
ここら一帯…俺のお袋や、親父や、弟もか?
駄目だ、させねえ、絶対。
それに、こいつらにそんな思いさせられねえ。
「うおおぉおおおお!!!」
俺は全力で拳をふった。
それは坊主の顔面にクリーンヒットしたが、ソレが罠だと気づくのには遅すぎた。
俺の繰り出した右腕に、坊主は先ほどの注射器を指していたのだ。
「ははは!一生、眠っていてください!!!!!!」
どんどんとまぶたが重くなっていく。
坊主の顔をとらえている右手も、力が抜けてずり落ちた。
そこから鼻血を出している坊主が伺えるが、だんだん、ぼやけてくる。
俺は気付いた。
俺は弟に羨ましがられていたのだと。
母親、父親の愛は、兄のほうが多いと、思っていたんだろう。
だから、あいつは俺を抜く為に努力をしたんだろう。
ずっと分かっていたが、心から出さなかった、推測。でも、きっと事実。
俺は馬鹿だ。
親父やお袋をまた悲しませるのか。
俺が死んで、悲しむのならまだいい。
弟が、居るしな。
でも、これ以上苦痛は与えさせない。
何があっても。
今まで守ってきてもらった分を、返さなければ。
俺は目を見開き、坊主を睨む。
ほとんどモザイクがかかって見えてはいないが、眼を逸らさない。
「こいつめ。本当にしつこいですね。さっさと眠ってください!」
坊主はもう一本、俺の腕に注射をした。
「これぐらい・・・これぐらい!!!」
俺は叫び続ける。絶対に、負けられない。
これぐらい!!!!!!!!!!!!!!!
・・・―――――・・・
ほとんど白に近かったモザイクが、解けていった。
あぁ、夢の世界に、来てしまったのか。
あぁ・・・来て、しまったのか。
俺は。守れないのか。
どんなに体が大きくたって、守れないのか。
俺は地団駄を踏んだ。
こんなとこであきらめねえ。
皮肉だが、あの坊主のおかげで気付いたんだよ、親から貰った愛に。
俺は、受けた愛と与えた苦しみ、全部清算しなきゃなんねえだよ!!!!!!
良く、周りを見てみると、ここは寺院じゃなかった。
神社・・・かな。
考えていると、中から女の子が出てきた。
美人だがちっと幼いな。
『ここは凪神社。貴方を助ける為に存在し、貴方を陥れる為に存在する。問おう。貴方は何を今願う?』
坊主の次は、巫女か。
どちらを信じればいいものやら。
笑えてくる。俺にはもう願うしかないんだな。
どんなに粋がったって、小さいんだよな、人間って。
「俺を陥れるってのは、どういうことだい?」
『さぁ。時にはお前自身から、または周りを失わせ、時には苦しませ、時には幸福という苦痛を与えるときもある。」
「そうか。後ろ二つは一向に構わないんだが、失わせてはいけねえもんが、あんだよ。どうにかならないか?」
『貴様は勘違いしている。』
「は?」
『神は、お前らのものではない。』
そうだな、そうだ。
俺の都合がそう通るわけがない。
力が全てなんだ。俺は無力、相手は強大。
恥を捨てて、祈るしかないんだ。
はは、悲しいねぇ。
「すまなかった。じゃあ、願いを言うぜ」
『謹んで聞こう。』
「俺が受けた、沢山の幸せを、皆に返してほしい。俺は、悲しみだけ持っていきたい。きっと残る悲しみは、受けた幸せを仇で返してしまった罪悪感だけだから。」
『ふむ。』
「そしたらさ、俺さ、他の奴らに、今度は幸せを送れる気がすんだよ。きっとこれからの人生、俺は満足に生きていけると思うんだ。」
『寺院の件は、いいのか。』
「俺の幸せは、あんなもんよりずっとずっと大きい。きっと消えてしまうさ。」
『貴方の願い、受け止めました。』
彼女は優しい笑みを浮かべた。
坊主のソレとは、比べ物にならないほど。
なんだろうな、この感じ。
幸福感で、満たされていく。
さて、頑張ろうか。
―――・・・
「ん?」
「ふわぁ。。」
「な、なにが?」
「すげえ、怖い夢を見てたよ、俺。」
「ぉぉ、俺もだよ俺も。」
「マジか、お前らもかもよ。」
「ってか、あの糞坊主はどこいった?!」
「いねえ、、俺らが痛いとこ突いたからトンズラしたんじゃねえのか。」
「はははは」
「それにしても。。いい、匂いだな。」
「ぁぁ、なんだ、この匂い。」
「すっげえ、優しい、みかんの匂いだ。」
その香りは、寺院を飛び出し、一帯を淡いオレンジ色に染めた。
皆、目を瞑って、こう思ってくれたんだ。
すっげえ、幸せな、みかんの匂いだ。