七本目:花火
次はおれな。
夏休みのある日のこと。
近くの河原で小さな花火大会が開かれたんだ。おれは友だち数人と連れだって7時くらいにその河原まで自転車で走った。
花火大会は7時半からの予定だった。
こんな小さな田舎町の花火大会だから、三十分も早けりゃ場所をとるには十分だろうと思ってたんだ。
ところがそんなに甘くはなかった。
すでにたくさんの客が河原にブルーシートをひいたり、小さな橋の花火があがる方向にぎゅうぎゅう詰めになっていたりして、もういい場所はほとんどなかった。
とりあえずおれたちは近くの空き地に自転車をとめて橋へいったんだけど、背の高い大人たちの後ろじゃ川すら見えやしなかった。
「完全に出遅れちまったな。」
「どーするよ。これじゃ花火見れないぞ。」
周りの喧騒に負けないようおれたちもぎゃあぎゃあわめきながら相談していると、「あ」
と何かに気がついたような声をあげるやつがいた。
「なんだよ。どうしたんだ?」
「あそこ…あの屋上…」
そいつは不思議そうな顔をしながら数十メートル先のビルを指差した。
なんだなんだと他のやつらもその指の先を追う。
「なにもないぞ?」
「そっか…おれの勘違いかな…。」
そういいながらそいつの顔は釈然としていない様子で、花火も見れず暇だったおれは「いっかいあのビルまでいってみようぜ。運がよかったらあの屋上から花火が見れるかもしれないし。」と提案した。
みんなすぐに賛成したが、最初に屋上がなんだといいだしたそいつはなかなかうんと言わなかった。
「なんだよノリ悪いなあ。いこうぜって。」
気乗りしなさそうなそいつの手を引いて、おれたちはそのビルへと歩いた。
そのビルの真正面まで来て、やっとおれたちはこれが廃ビルだと気がついた。
「鍵、かかってないみたいだぜ。」
「でも勝手に入るのはさすがにな…」
「なんだよ、いいじゃん別に。」
なんやかんやと言い合った末、おれたちは結局そのビルの中にはいることになった。
「おじゃましまーす…」
扉を開くとぎぎぎと重苦しい音がした。
階段はすぐに見つかって、おれたちは暗闇の中はぐれないように手をつないで階段を慎重にのぼった。あまりよく覚えてないけど、たしか四階だてのビルだった気がする。
とうとう屋上へ続く踊り場についた。
扉の磨りガラスにうつる花火の光におれたちは半ば安心してドアを開けた。
途端に涼しい風がおれたちの頬にあたる。
いや、ビルの中は換気も何もなくてくそ暑くてさ。
よれよれのフェンスの側まで駆けより、おれたちは花火を楽しんだ。
「きれいだな。」
「ここ、すごく見晴らしがいいな。次からここにこようぜ。」
そんなことを言い合っていると、
「誰だおまえら!」
と突然怒鳴られた。
誰もいないと思っていたし、少し悪いことをしていると自覚があったから、寿命が縮んだんじゃないかと思うくらいびっくりした。
それは他のやつらもきっと同じだったと思う。
おそるおそる声の主を見ると50歳くらいのおじさんが、花火の光を背に、でっかい袋をもって立っていた。
「ご、ごめんなさい!」
おれたちは恐怖からとにかく謝った。
するとおじさんの顔がふっとゆるんで
「まあいいさ。花火を見に来たんだろう。そんな顔してないでちゃんとみな。あと10分くらいで終わっちゃうからさ。」
雰囲気がやわらかくなったことに少しほっとして、「おじさんはなにしにきたんですか?」と聞いた。
するとおじさんはにかっと笑ってこう言った。
「おじさんはな、花火を打ち上げにきたのさ。」
「おじさんが?!」
「ああ、そうだよ。」
「花火って、どうやってあげるんですか?」
おれたちは花火を打ち上げるときいて興奮していろいろ尋ねた。
おじさんはそんなおれたちを制し、「まあ、見てなって。」と言うと、持っていた袋からなにか取り出し、ぶんと空高く投げ上げた。
するとそれはパァンと破裂して綺麗な花火を空に描いた。
「きれいだろぉ…」
おじさんが嬉しそうにいった。
そしておれたちに向き直り、
「君達もやってみるかい。花火の打ち上げ。」
ニヤニヤしながらそういった。
なんだかその表情にぞっとして、みんないいですいいです、と断ったが、おじさんは「やりなさい。」とつめよってくる。
いよいよやばいぞと思い、おれたちは逃げようとした。するとおじさんが友だちの一人の腕をつかみ「逃がさんぞぉぉぉ」と叫び声のようなものをあげた。
「うわあああああああああ」
みんな絶叫して、とにかくそいつを助けないとと思ったおれは、おじさんの腕に思い切り噛み付いた。
ぎいやぁぁぁと声をあげながらおじさんが倒れこむと、その拍子に、袋から中身がぼろぼろと出てきた。
それをみて、おれたちは今度こそほんとうに体の底から叫んだ。
おじさんが、花火だといって投げ上げたもの。
おれたちに投げろとしつこくせまっていたもの。
それは、人間の子どもの生首だった。
ぼろぼろと床にこぼれおちたそれの一つと目が合った。
「助…ケテ…」
小さな声だった。
それからどうしたかはあまりよく覚えていない。
みんな無事に帰れたのはたしかだ。
あれからもう怖くて、あのビルどころか、花火も見れなくなったよ。
おれの話はこれでおしまい。
七本目の蝋燭が、消える。