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脱線

掲載日:2026/04/16

はじめまして。

脱サラして一念発起。

 のんびりとカフェ経営だとか隠れ家居酒屋経営だとか。

 そんな事もこの頃は考えなくなった。

 資産を形成してFIREだとか、投資のあれこれなども何となくしてみたり続かなかったり。


 テレビやスマホの向こう側では、そうして会社や労働から解放されたがる単語を良く耳にするようになった。


 確かに、金は無いよりあった方が良い。

 つまらない仕事を続けるのは苦痛だ。

 当たり前である。

 同業種で大して変わらないサービスや商品を売って競っている。どれを選んでもほぼ同じ。


 なんてつまらないのだろう。

 マニュアル化された仕事、ビジネスルールの上の最低限のコミュニケーションさえ取れていれば回る人付き合い、何より誰がやっても変わりがいるのが当たり前の社会。

 物事をつまらなく見るようになってしまった。

 変わらない政治はどうせ税金を上げるし、総理大臣は叩かれるし、降りたら降りたで何かしら言われて、場合によっては手のひらを返して好感度が上がったり。


 ゴミみたいなゴシップに熱を上げるメディア、それに群がるハエの様に集る匿名の誰か。

 再生数を稼ぐ為に、派手でわかりやすいサムネで溢れかえる動画媒体。昨年と大して変わらないのに商品ポエムだけは全く新しいスマホメーカーが脳死で流行っていたり。

 つまらない場所に居ないように工夫するのは自分の仕事なのだ。だからこれらの文句はとんでもない八つ当たりである。

 だが、それ以上につまらないものが淘汰されずに席巻し続け、逃げた先も逃げた先もそんなのばっかではうんざりもしよう。


 生きるというのはこんなにもつまらなかっただろうか。

 空を見る。

 空の青はこんなにのっぺりしていただろうか?

 休日はやりたい事だらけでは無かったか?

 つまらないつまらないとぼやいて多忙に身を任せている間に心を殺してしまったのだろうか。

 つまらなくてもまあ仕方ない。

 世の中大抵こんなもんだよ。

 そう思う自分がいる。随分と捻くれてやさぐれジジイになったもんだ。子供の頃の俺に聞かせたら多分メチャクチャ馬鹿にされるだろうな。ダッサって。

 子供の頃に嫌いだった、しょーもない大人の顔が映るから、この頃鏡も見ないし写真も撮らない。取る必要がなくなった。


 あーまたこんな事をグルグルと考えている。

 この思考そのものが馬鹿馬鹿しいのだ。

 やはり酒だ。無条件に気持ちよくなれる。

 大して面白くないバラエティの一幕で大笑い出来る。

 今日くらいは酒を飲もう。

 なーに明日は休みだ。何も気にする事は無い。

「明日も明後日も明明後日もその先も」

 何だかもうどうでもいいなぁ。

 何ならもっと遊ぼう。

 と言っても遊ぶって何をしよう?遊ぶってどうするんだっけ?あれ?


 そういや趣味が無い。

 いや料理を趣味としていたが、いつのまにか作らなくなっていた。閉店間際の割引惣菜とサプリメント、それがここ数年の自分の食事である事を今思い出した。

 なんて事だ。あれ?料理ってどうするんだっけ?

 数年しないだけで人は簡単に忘れてしまう。

 忘れてしまう程に軽いものだったのだろうか。

 呆然と立ち尽くす信号待ちの交差点。

 ふと、周りの声がうるさく聞こえた。

 青に変わる信号、歩き始める雑踏。

 こんなに人がいて、ミックスナッツみたいにごちゃ混ぜで、駅を目指して帰る日々。

 それすらも嫌に感じた。


 ただ帰宅をする人、同僚とたわいも無い話をする人、飲みに行く人、デートする人、疲れ切った人、未来を夢見る若い人、スマホを忙しく操作しながら歩く人、景色を撮ってる人、小走りな人、それをビルのカフェから眺めている人、赤信号を待つタクシー運転手、すり減った白線、街路樹で鳴くムクドリ、オレンジと藍色の空。


 どうしよう、全部全部嫌になる。

 これはいけない衝動だ。

 何もかもに当たり散らして、無責任に全てを終わらせたい。

 例えば、今ナイフを持っていたならば。

 俺はどうしていたのだろう。

 考えたくも無い悍ましく独りよがりで残忍な想像。

 これはまずい。これがいつか膨らんで、俺を歪めて、歯止めを効かなくする。そう言う予感がする。

 俺はここまで汚れたのか。

 なんて情けのない。

 さっさと帰ろう。変な気を起こす前に。

 そうして俺は酒も飲まず、何も遊ばず、ただひたすらによぎった想像をした自分を卑下しながら帰路に着いた。

 そう言う気分じゃなくなった。

 ひたすらに自分を戒めたい気分だった。


 自宅は大阪といえば少しは都会のような気はするけども、南大阪ともなれば都会とは口が裂けても言えないような街並みが広がっているものだ。

 駅前と言うのに古びたシャッターの上からテナント募集の看板を貼り付けられた場所が増えた。お気に入りのたこ焼き屋も閉めたようだ。

 この頃の物価高で苦しかったのだろうか。

 ネギもタコも小麦もグングン値上がりしている。

 好きだったものが消え、嫌いなものが増えていく。

 昔は良かったと宣う老人の気持ちが少しずつわかるようになっていく。

 俺もああなるのだろうな。そう考えると薄暗い気持ちが芽生えてくる。

 しかし、ああいう老人ばかりではない。

 現に母方のおじいちゃんおばあちゃんは好きだ。

 ああ言うふうに歳を取りたいと思わせてくれる。

 その度に、俺は嫌いなものを疎ましげな目で見る事が増えたんだなと気付かされる。

 ああ、今日はこう言う日か。

 自分の汚いところばかり見すぎて、本来あっただろう良さや受け入れられていた何かを忘れてしまった。

 その事が悲しくて仕方なく、怒るほどの気力もない日だ。

 気がつけば30歳だ。

 老化の意味にも体感で気がつき始める。

 仕事終わりの帰り道は虚脱し、足が重い。

 元気なのは朝剃ったはずの髭だけだ。


 ふと目が止まる。

 帰路にていつも通り過ぎる弁当屋。

 確か老夫婦が営んでいて、安くて味付けはうまい。

 物価高と言うのに値段も上げず、幕の内弁当で390円。

 ボロボロの店のどこも補修しないのは、金がないからか必要が無いと思っているのか愛着なのかは分からない。

 通う暇、と言うより気力が無く、長らく通ってなかった。

 いつも通り店の明かりはついていた。

 いつも通りならA4の弁当写真を雑にコピーしてラミネートした立て看板が立っているはずだった。

 それが倒れていたのだ。

 何かで倒れたんだろうな。と気にもしなかった癖に、違和感だけが俺を向かわせた。思えば風のふかない日だった。

 看板くらい起こして行こう、ついでに久々に幕の内弁当を買って行こう。容器の限界に挑むかのように、コメを詰め込んで硬くなった白米を思い出した。

 店の前に立つと誰もいなかった。

 いつもならおばあちゃんの方がカウンターに居て、椅子に座っているのがショーケース越しに見える。大体カウンター内のテレビを見てる筈だった。

 誰も居ない。

 かけている意義すらない程ににすきっ歯になった簾が黙っているだけで、その奥はキッチンに繋がる。

 大将が大抵いる筈で偶にそっちにいる事もあるから覗いてみたが居ない。

 奥に声をかけようと一歩前に出たその時、目が見つけてしまった。奥のキッチンの床に、到底魚を捌く程度では済まされない血溜まりを。

 なんだ、何が起きた。

 警察。警察に連絡しなきゃ。

 案外テンパるかと思ってたが手は意外と動いた。

 同時に裏口に回ってインターホンを押す。

 使い古された原チャリがある。乗ってるのは見た事ないな。

 反応はまだ無い。

 誤報になってしまったら謝って、特上弁当を買わせてもらおう。そのあとそそくさと帰ればいい。もうずいぶん来ていないのだから他人も他人。すぐ忘れるだろう。恥ずかしさもいずれ忘れる。

 警察に繋がった。

 

「あーすいません。駅前の弁当屋わかります?………そうそうそっち日向屋。まだ分からないですけどカウンターから血溜まりらしきものが見えまして。……ええ、いまインターホン押してますが反応は無いですね」


 いよいよ嫌な予感が確信に変わりつつある。


 ふと、中に入れるかな?とドアノブを回して引いた。

 開いている。

 あの世代は鍵をかけない事が多いものな。それにほぼこの店にいるし必要ないと思っていたのか。

 入ったらすぐ厨房と二階に上がる急な階段。


 嫌でもわかる。

 厨房らしからぬ濃い血の匂い。

 なんと無く静かだ。建物が息を潜めている気がした。

 業務用冷蔵庫の音が響いている。

 なるほど換気扇が止めてあるのか。


「すいません、インターホンついでにドアを確認したら裏口が空いたんですが、すごい匂いがします。……ええ、離れます。……ああ、新場雄介と言います。……周りは誰もいません。……ええそう言った人も見当たりません。繋いだままで構いません」


 中に入らないようにと言われたので、道路まで退避した。


「ところで新場さん。日向屋の2階って電気付いてます?」


「いえ、ついてません…………が…………」


 目が合った。絶対今俺を見てた。


「よく見えませんでしたが誰か中にいます!」


 この声が聞こえたのだろう。ガタゴトドンドンと慌しく物音がしたと思ったら、階段を急いで降りてくる音がした。


 この数秒間が一番長かった。

 あれは出てきたら逃げるか?

 逆上して襲ってくるか?

 そもそもなんだ?強盗か?

 裏口に置いてあった原チャリはあいつらのか。

 ならあれで逃げるか?

 いやあれで追われるのか?

 さっきあと五分程度で警察が向かうと言ってた。

 今それから何分立った?

 何分でくる?

 あいつらはものの数秒で降りてくる。

 どうすべきだ?

 ここから逃げて、それを追われると警察が見失うのでは?

 この道路のどちらから警察は来るんだ?

 

 何が正解だろうと思案が巡り足が止まった。

 そうしている内に強盗が降りてきた。

 断言したが、紛れもなく強盗殺人犯だろう。

 目抜き帽に大きなボストンバッグ、血まみれのアウター。

 ブランド物のスニーカー。


 その姿を見て、何故だろう。

 凄まじい怒りが湧いたのだ。

 別に弁当屋の老夫婦と仲良かった訳ではないし、行きつけでもない。町の中でひっそりとやってだけのただの弁当屋だ。

 頭の中に巡るのは何でもない思い出とも呼べない些細な記憶。

 知らない家族が、あの弁当屋で待っている時、客の子供とおばあちゃんが楽しそうに話していた事。

 新品の学ランをきた中学生が友達を連れて買い食いをしているのを見てお小遣いが上がったのだろうか?と思った事。

 夕立が酷い時、雨宿りしてた老人と老夫婦が暇そうに話してた事。

 母に連れられ、家族分の弁当を買いに行った時、彼らを優しそうな人達だなと思った事。

 別に他人だ。

 だが、嫌いだらけの世界で嫌いではない人達だった。

 彼らは俺の人生の中で大切側の人間だったんだ。

 知らなかった。他人でも大切だったんだ。

 闇バイトだか主犯なのかは知らん。

 だが、そう言ったくだらない事で失われてはいけない人達だった。


 冷静になってきた。

 理性が吹き飛んでいるなと気がつくほどに。


 腹を決める事は、ある種狂う事と等しいのかもしれない。


 多分二人はすでに死んでいる。

 致死量の出血が果たしてどれくらいかは知らないが、そう思わせる血の匂いの濃さだった。

 つまり、誰のためにもならんくだらん行い。

 放っておけばいずれ警察が解決しそうに思えた。

 

 アイツを足止めし、罪を償わせる。

 できるか分からんがボコボコにする。

 

 俺は原チャリでの逃亡を防ぐ事にした。


 携帯は耳からまだ離さない。


 状況を報告し続ける。

 それが最善でもあり最悪の挑発でもある。


「出てきました。血まみれです、返り血。目抜き帽、有名ブランドのアウター、スニーカー、裏口に原付がありました。車種は分かりません、ボロいです。ああ男で大体175-80くらいの背丈、細身」


 強盗は強盗でテンパったのだろう。

 

「おまえだまれぇ!」


 ボストンバッグを投げつけてきた。

 それは流石に当たるはずもなく、携帯とかも投げつけてくる。新作の最上位モデルのカラーだった。


「今の声です。持ち物投げてきました。私物と盗品?あ、走ってきます。逃げますね。山手の方に」


 そうだこうすれば良かったじゃないか。

 逃げ先を言えばいいんだ。


 相手も逆上してか、原付に乗らずに走ってきた。

 若いのか早い。

 追いつかれそうだ。

 だが俺はこの辺りの土地に明るい。

 どの住宅の塀がどこに繋がっていてどういう隠れ場所があるのか。その塀に登りやすい物が置かれているところも。


 住宅と電気屋の間に入り、鉄の骨だけを使ったようなボロい階段をガンガン上がって、端まで走り、隣の建物の2階に飛んだ。これはついてこられる。

 鬼ごっこで知っている。

 俺はなんて迷惑なガキだったんだろうなと笑いが込み上げてきた。

 そのまま手すりを歩いて排水管が縦に露出しているのでそれを使って一階に降りる。

 そのまま道路に戻って山手に走る。

 目視かなり離したが、体力が持たん。

 じき追いつかれる。

 警察はまだか。


 いい隠れ場所がある、今のうちにそこに隠れてアイツを見張ろう。


 十字路の角を曲がると、角地の3階建の小さなマンションの階段がある。ここも排水管が露出してて一階まで降りれる。場所がバレても手すりに登って排水管を手にしておけばいい。

 それだけで相手は上ることを躊躇する。

 3階まで上がって降りられるのを嫌がるからだ。

 このマンションはルール上禁止だったな。


 3階まで上ると人がいた。


 住人だろうか。

 説明しなきゃやばいな。

 そう思っているとあちら側から声をかけてきた。


「ルール違反だぞ。新場。お前が鬼な」


 よくよく見ないと分からなかったが、面影が残っている。

 ここに住んでたのか。

 小学生の時の友人を判別できるとは思わなかった。

 まぁこいつ顔が濃かったからな。

 おじさんになっても同じなのだろう。


「柳?柳か!久々ですまんが今追われてる。強盗殺人犯だ。戸締りして入っとけ。俺はアイツを見張るからちょっとここ居させてくれ」


「覚えてたんだな。おう知ってる、好きなだけいろ。警察には連絡したか?」


「してるしてる。あともうちょいでくるはず」


「だよな」


 柳は手すりから顔を出して辺りを探してる。

 おいこんな時にこいつは!そうだったこいつ鬼をおちょくる奴だったな。


「おい、バレたらやばいだろ」


「大丈夫大丈夫、俺を追ってる訳じゃない。あんなに騒がしかったら俺みたいに見てるやつくらいいるさ。あ、いた、アイツか」


 顔だけ出す。強盗殺人犯は俺を探して十字路にいた。どの方向に行けば良いか迷ってるらしい。右に曲がったの見えてなかったのか。

 それは幸運だなと思った矢先だった。


「バイトくん。ちょっと来い」


 柳が奴に声をかけた。

 強盗殺人犯は酷く怯えたように見えた。


 そして間髪入れずに俺の膝を蹴った。

 駆け抜ける骨の衝撃。

 即座に折れたとわかった。

 足から発される尋常じゃない痛みの信号にしばらく喘ぐしかなかったが、頭がぼんやりしてきたと同時に痛みを感じなくなった。


「……柳?アイツ知り合いか?バイトくんってお前、これどういうこと?」


「新場さぁ、俺は昔から鬼をおちょくるのが大好きだったよな?それは今でも変わらないんだ」


 強盗殺人犯が階段を上がる音がする。


 柳を見ると実に嘘めいた笑顔で俺を見る。


 なるほど。そういや闇バイトは実行役を見張る監視役がどこにいる場合があるって言ってたな。


「新場。お前は今鬼だよな。俺を捕まえないのか?」


 なんでお前がこんな事を。

 嘘めいた笑顔、わざとらしい言葉。

 なんと無くこいつは楽しくてやってるんじゃ無いと思った。

 柳はもっと楽しそうにおちょくるし、だからこそ頭に来る。

 それでゲームが面白くなるし、面白くなると思ってるから余計にやってたように見えた。


「捕まえないよ。一生逃げてろカス」


 そうすると、笑顔も消した。

 能面が人をやってる感じだ。

 

「あっそ」


 足が動かないし、強盗殺人犯は階段から上がってきてるから逃げ場もない。

 こいつはどうしてこうなった。

 それは俺も同じか。

 犯罪と迷惑の有無や大小でしか無い。

 俺らは一体何を無くしたんだろうな。


 3階にとうとう奴が来た時には、柳はうすら笑いを張り付けていた。

 そうしてもう一発顎に蹴りを入れられて、気絶した。


 あの頃みたいに楽しく笑えよ、柳。

 ああ、俺もだな。


 ――――――――――――――

 

「いやー、運が無かったねバイトくん。でも安心してくれ。次はもっと簡単な案件を用意するよ。今回は成果報酬は出せないけど、実行手当は出すからね。あとそうそう、目撃者のコイツを消したら仕事は終わりだ。駐車場に車を用意してるから、コイツを捨ててきて欲しい。これには特別手当も出すよ、150万。どう?」


「えっと……、警察とか呼ばれたっすけど大丈夫なんすか?もう帰りたいんすけど」


 怯えながらも意見するバイトを見て、こいつはバカで世の中を舐め腐ってるなと思った。まぁなんとでもなるが。


「別に良いけど、さぁ。バイトくん。帰って大丈夫なの?一応契約不履行って事で、俺らからバイトくんを突き出すことになるし、お金も払わない。当然だよね?でも仕事をしたら、後始末はこちらが受け持つし、お金も払う。僕はね、頑張りどころはここだと思うんだよ。それにハスラーなら危ない橋を渡り切らないとじゃない?」


 怒鳴るのが面倒なので色々言う。適当な事を。

 曰くこのバイトくんは、海外ギャングラッパーのファンなんだそうで、自称ハスラーだ。

 ハスラーってなんだと思ったが、平たく言うと手段問わず稼ぐ奴の事を言うらしい。海外ギャング基準での手段問わずだ。

 バイトくんは別にヒップホップを何処かでやってる訳でもなく、なんとなくそう言ってるだけらしいが。

 憧れを口にして、脳死で危ない橋を渡っただけのバカ。

 憧れを横から唆されて、ビジョンを捻じ曲げたバカ。


 そう言う事らしい。

 よくもこんなくだらん背景を調べ上げるもんだ。

 経費の無駄だろ。

 どうせファミレスかなんかでペラペラ喋ったんだろうな。

 ラップしたいならラップをしろよな。


「君がこの仕事を終えたら、一人前だ。その次はもっと大っきな仕事もできる。その背景があるから君がどっかのクラブでラップやったらさ、そのなんだ、フェイクじゃないんじゃない?

 バックボーンがあるから厚みのある言葉でラップができる。金があるからブランド物を買いまくって流行りの最先端になれる。車もランボとか買って、助手席にはクソ綺麗なギャルがいてさ!きっと売れる。そしたら次はできた仲間ともっと大きな仕事してさ、勿論僕らもそんな漢をほっとかない。全力で協力するとも。一緒に裏社会で成り上がろうよ!」


 ほら、満更でもなさそうだ。


「だったら今投資してくださいよ、素質があるって事っすよね?」


 つけ上がりすぎた。

 めんどいな。オメェにそんな素質ねぇよ。

 こんな橋渡る時点でな。


「うんうん、んじゃ手始めにこの仕事の報酬を倍に増やすよ。その代わり次の案件ではちょっと難しいやつやってもらっても良いかな?」


「その倍ならやってもいいすっよ」


 バカってすげぇな。調子乗ったら月まで行くんじゃないか。


「んー、今回だけだよ?あーもう帳簿弄るの大変なんだから。この件の報酬は誰にも言うんじゃないよ?」


「わかってるって。そっちもちゃんとやれよ?」


 クソ舐めた野郎だが、それも良い。

 何せコイツに次はない。

 コイツはもはや人では無くコンテンツ以下の何かだ。


「んじゃよろしくね!一応他の監視役が何処かで見てるから気をつけてねー。ああ、あと携帯の交換。足がつくとやばいからさ。終わったらその携帯でかけて、電話番号は電話帳に入ってるから」


 車の鍵とスマホを渡す。


「んじゃよろしくねー」


 挨拶もせずにバカは気絶した新場を運び始めた。

 車のキーのリングに指を入れて、手遊びまでして。


 さぁ、僕も移動しますか。

 バカが車を走らせるのを見送って、別の場所に置いておいた車に乗り込んだ。


 こんな仕事に食いつくバカなんて想像以上のバカに決まってる。


 あーあ、本当にバカだなぁ。


 深夜一時頃。

 GPSが和歌山の山に入って、所定のポイントを通過した。

 操縦を受け付けなくなっている頃だろう。

 超安価な自動運転装置が車をジャックする。

 ちゃんと取り付けた装置は破壊される。

 発見が遅れればそれで良い。

 完全犯罪なんかしなくて良い。


 逃げ先はどこにだってあるもんだ。


 じゃあな新場。

 あの頃は楽しかったよ。

異世界転生させようと思ったのに。

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