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第一章 「それは最初に刻まれる」

呻く様に響くこの音の正体に、何故今この場所に居る人間は気付かないのだろうか。もしや、音が在る事さえ知らずに居るのか。だとしたら、何と無意味に存在する生き物だろう。何と価値観の無い命だろう。どうしたら無知な何の知恵も社会性も、理性も殆ど無い子供に、くだらない持論や決まり文句を善人ぶって頭に刷り込ませ様とするのだろうか。                                                                    お前等は、音が聞こえないのだろう。なのに、同人種を辱めもなく馬鹿にする。                                        ―裁きは、誰に与えるべきか。それが分からなければ、もう終わりだ―。                                                                                                 ・第一章「それは最初に刻まれる。」・                                                                                 銀行員とは、こんなに面倒なのかと、初めは考えはしなかった。就職率が高い公立高校の教師に推薦されて出た就職先が、この大手銀行会社、「桐枷銀行」だっただけだ。                                                                内心で愚痴を呟き、鞄に書類をしまいながら、貴澤尚子は更衣室を後にした。ちょうど、晃宥からメールが来ていた。内容は、仕事が何時に終わるのか、というものだった。尚子は大きく息を吐き、返事を打ち始める。                                           「今、仕事が終わりました。残業じゃなくて良かったです。これから家でノルマについて考えたいと思います。そっちはどうかな。上手くやれてるといいです。」                                                                     絵文字も洒落たマークも何一つない、地味なメールの一文を改めて読み返し、尚子は送信ボタンを押した。どうせ読み返しても、もう一度やり直してメールを書き直す気力など、到底湧きそうにない。                                                   肩を自分自身の力で軽く揉み、尚子は駅に向かって歩き出した。駅のすぐ傍にあるマンションが、尚子の自宅だ。                                                                                          (もしかしたら、晃宥君、家に来るつもりだったのかしら・・・。)                                                               歩くたびに聞こえる、ハイヒールの音をよそにして尚子が考える。                                                                (だったら、ちょうど良かったかもしれないわね。)                                                                      後ろで一つにまとめた髪に手をやり、ふっと薄く笑った。                                                                    正直、今の彼にはさすがの尚子も困っていた。自宅に来るたびに、性交、性交、性交。どれだけ性欲があるのだと思うぐらいの勢いだった。今日は会社から出されたノルマの宛てを探さなければならない為、これから何をするのかという内容のメールを送っておいて、正解だったのかもしれない。                                                       ―尚子の恋人、倉林晃宥の職業は、販売員だ。実を言うと、その職業について尚子は無知と言っていいほどに何も知らない。ストレスが溜まって、自分を押し倒し性交に明け暮れているのだとしたらとんだとばっちりだと尚子は思った。実質、尚子は仕事人間だ。元から器用な為、望まない仕事内容でも、渋い顔一つ作らず、黙々と真面目にその仕事をこなす。だが、この銀行員と言う一見地味であり、苦労が絶えない職業が尚子は好きではなかった。第一、銀行員などと言うものになりたいと願った事が一度もない。高校時代、クラスの担任であった教師に勧められた就職先が、「ここ」だっただけだ。何にも興味を示せず、夢中になれることが仕事のみなのだ。ある意味、これは尚子の意地も入れられている。                                                        ―晃宥みたいな自分を抱くことしか頭にないバカに、夢中になってたまるものですか―                                                       いつも晃宥から、メールや電話が尚子の元に届く度、そう思わずにはいられなくなってしまうのだ。                                                                                                 ―それと同時に、自分は何と寂しい人間なのだろうと、とてつもなく虚しい気持ちに襲われる。                                                   ―唯一打ち込めることが、銀行員という好きでもない仕事。                                                                   ―世界でたった一人の恋人も、1ミリたりとも愛してはいない。                                                                                                                                                               一体、自分は何を求めているのだろう。                                                                            ―誰か、教えてくれないだろうか。                                                                                                                                                                             自然と曇り始めた自分の顔をよそに、尚子は悲痛な叫び声を心の中で小さく漏らした。   

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