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私の居場所を見つけてください。  作者: 葉方萌生
第一章 廃病院からの誘い

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◾️八月二十三日土曜日Ⅱ

 霜月町に着いたのは十四時前だった。

 バス停はチェーン店の牛丼屋さんや田舎特有のカラオケ店などがポツポツと点在する通りにあった。ここから清葉病院まで歩くと十五分ぐらいかかる。けれど、他にすることもないので、その十五分はあっという間だった。

 寂れた町のように見えるが、祖父母の家の周りは田んぼばかりが広がっていたので、生活に必要な店が並んでいるだけでまだましだった。

 すれ違う人はほとんどいない。一定の間隔で車は走っているが、交通量は多くない。

 清葉病院は、店や住宅のある場所から離れた場所にあった。

 白い壁の建物——だが、壁は薄茶色に汚れていて、ところどころに地割れのようなヒビが入っている。壁を這うように(つた)が伸びていて、もし今悪天候で雷が鳴っていたりしたら映像映えしそうだな——と瞬時に考えた。

壁の横に取り付けられた「清葉病院」「産婦人科」という看板はかろうじて文字が読める程度で、目を凝らしてみなければ分からないほど朽ち果てていた。

 病院のすぐ後ろには森があって、周りには建物はない。敷地が広いので駐車場が十分にある。が、今はその駐車場も荒れた大地といった様子で、砂利の隙間から雑草が伸び放題だった。

 まるでそこだけが異空間に切り取られたかのようなおどろおどろしさを纏っている。病院の入り口には扉はなく、ぽっかりと怪物が口を開けているかのような空洞があった。真昼間だというのに、その空洞の先は暗くて、近づくだけでも足がすくみそうだった。


「大丈夫、塩も持ってきたし。お昼だし、この時間から幽霊なんか出ないって」


 と、誰も聞いていないのに声を出してしまうぐらいには、緊張と恐怖で胸が張り裂けそうだった。


 ごくりとつばを飲み込んでから、早速病院の入り口に近づいていく。一歩足を踏み出すごとに、冥界へと誘われているような心地がして気分が悪かった。ぞくぞくと背中を這うような悪寒がして、両手で身体を掻き抱く。

 なに、これ……。

 霊感のない自分でも感じられる、圧倒的な邪気。


——僕は霊感なんてまったくない人間なんですが、廃墟の中に一歩踏み入れた途端、背筋に寒気がしましたね。これは、絶対やばいところだって直感で思いました。


 “シンちゃん”の言葉が頭をよぎる。彼の言っていることは本当だった。ピキリ、とこめかみを走る痛みまで感じて、入り口の目の前で思わず立ち止まる。

 本当に先に進んでいいの……?

 そう自分に問いかける。ここは危険だと本能が告げていた。でも恐怖心とは裏腹に、この場所を撮影して万が一“何か”が映り込めば、『ヨミの国チャンネル』で動画が伸びるのではないかという邪心が芽生えた。

 動画が伸びて収入が増えれば、仕事も辞められるかも……。

 安易に考えてしまう自分の浅はかさを呪った。きっと、自分の部屋で冷静に考えていれば、「そんなに簡単にいくわけがない」と現実的な答えに行き着くはずなのに、この時ばかりは清葉病院の呪いなのか、「廃墟動画をアップしさえすれば儲けることができる」という思考に支配されていた。

ジャリ……。

 入り口前の砂利を踏みしめて、中へと入っていく。全身をアドレナリンが巡っていて、もう誰にも自分を止めることができなかった。


「今から清葉病院に入ります」

 

 実況しながら足を前に踏み出す。頭にGoProを装着し、懐中電灯を片手に中へ入ると、外とかなり気温が違っていることに気づいた。


「さむい……」


 肌感覚だが、外より十度ほど低い気がする。どうしてだろう。いくら壁で囲まれているとはいえ、入り口は開いているのだ。外と十度も差があるなんて、普通では考えられない。

 ここは普通(・・)じゃない。

 直感でそう分かってしまった。

 ライトを照らしながら進むと、“シンちゃん”が言っていたように、受付らしい場所に朽ち果てた長椅子が転がっていた。瓦礫やガラス片も散らばっている。もしここに人間の死体が転がっていても、驚きはしないだろう——そう思うぐらい、おどろおどろしさがあった。

 

「ここが受付ぽいですね……どうしてこんなに荒れているんでしょうか。廃墟とはいえ、椅子が倒れていたり地面に瓦礫が落ちていたりするのは東日本大震災の時の影響……? そうでなければ……ちょっと考えたくないですね。昼間ですが、かなり暗いです。もう少し進んでいきます」


 実況をすることで、なんとか自分を保てている——それほどこの場所が恐ろしく、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。

 個人の産婦人科なので、外から見た時はそれほど大きくはないと感じたのに、中に入ってみると、闇が永遠に続いているかのような錯覚に陥った。


「う~ん、今のところ、おかしなものはないですね……。声が聞こえたりとか、ポルターガイスト現象が起きたりとか、特にないです。ただ、ずっと寒気と頭痛はしています。この感覚は一体何なのでしょうか」


 中に進んでいくと、「診察室」という剥げかけた文字の書かれた札が落ちていたり、机や診察室の椅子が転がっていたりして、妙な生々しさがあった。産婦人科なので、診察室には内診台と思われるものまで残っていて、それがまた煤汚れているようで、触れるのは憚られた。


 突き当たりまで進むと、隣には階段が見えた。が、階段の上のほうは一階よりもさらに深い闇が広がっていて、進む気になれなかった。


「二階は……ちょっとやめておきます。なんだか、いま誰かに見られているような気がして……」


 そう。さっきから、誰かの視線(・・・・・)を感じるのだ。

 前から、後ろから。どの方向からなのか、自分でも判然としない。背中に刺さるような気もするし、すぐ目の前でじっと見つめられているような気もする。確実に言えることは、この先に進むには些か勇気が足りないということ。

 いいよね? ぶっちゃけ今日は下見みたいなもんだし……。

 今日、二階まで見てしまったら次来たときに調査の張り合いもなくなるだろうし。

 自分の中で言い訳をしてから、踵を返す。もと来た道を歩こうと一歩足を踏み出した瞬間、背中をトン、と誰かに押されたような感覚があった。


「ひゃっ!」


 思わず前のめりに転びそうになる。

 手だ。感覚的に小学生の子どもぐらいの小さな手。それが、私の背中を押した。バッと振り返ってカメラを後ろに向ける。


「い、今……私、何かに背中を押されました」


 もし私が今自分が撮影しているこの動画を見ている視聴者なのだとしたら、「やらせじゃん」とつぶやいたことだろう。幽霊を信じないひとからすれば、すべて私が自作自演しているようにしか見えないと思う。だからせめて、何かが映像に映り込んでいてほしい——そう思う反面、何も映らないでほしいと本能が告げていた。


ワタシ……ハ……ドコ……。


「え……?」


 耳元でひゅっと風が吹いたかと思うと、小さな小さな声で、誰かが囁く声が聞こえた。

 わたしはどこ。

 “シンちゃん”のお便りに書いてあったセリフとまったく一緒だった。

 ぞわりと全身の毛が総毛立つ。

 

「い、いや……!」


 キィン、キィン、と耳鳴りのような音が響いて、その場に立っていられなくなった。腰を抜かしたら終わりだ。恐怖に支配された頭の片隅に、生命を守ろうとする冷静な自分がいて、固まっている足をなんとか動かす。

 逃げなきゃ。

 ここから早く、出なきゃ……!!

 震える足で地面を思い切り蹴って、入り口までダッシュで走った。お清めの塩を持っていることも忘れて、無我夢中で走った。“シンちゃん”の行動とまったく同じだ。足場が悪く、何度も転びそうになったが、転ばずになんとか外に出られた。外に出て病院から少し離れたところで振り返ると、入り口から青白い手が伸びてきたような気がして、ギャアッと口から悲鳴が漏れた。でもその手が見えたのは一瞬のことで、すぐに消えてしまったから幻覚だったのかもしれない。とにかく必死に病院から離れて、車が走っている道まで来ると、ようやく安堵してその場にへたり込んだ。


「今のは……なんだったの……」


 時計を見ると、時刻は十五時五十二分。

 あれ、おかしい……病院に入る前は十四時二十分頃だった。一時間半も病院の中にいた気はしない。せいぜい長くても三十分程度だ。それなのにどうしてこんなに時間が経っているの……?

 自分が今息をしているこの場所の時空が歪んでいるような気がして、目の前の光景がぐらりと揺れた。

 そんなはずないよね。

 今私が立っているのはちゃんと、現実だ。決して違う世界(・・・・)なんかじゃない。ここは現実。黄泉の国(・・・・)ではないはず——……。

 必死にそう言い聞かせることで、なんとか自我を保った。しばらくするとようやく呼吸も整ってきて、その場で立ち上がる。人通りが少ない道でよかった。すれ違うひとがいれば、確実に変人扱いされるだろう。

 とにかく今日はここを離れよう。

 重たい足をひきずりながら、バス停のほうまで歩き出した。家に帰ったら今日撮影した動画を見返そう。何か……映っているだろうか。


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