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私の居場所を見つけてください。  作者: 葉方萌生
第一章 廃病院からの誘い

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◾️八月二十三日土曜日Ⅰ

 昨日の夜、夢を見た。

 清葉病院で廃墟探索をしている夢だ。

 瓦礫を踏みながら薄暗い建物を進む。ジャリ、コツコツコツ、という足音が静寂の中で響いていた。どこまで進んでも、永遠に奥の壁にぶち当たらない。部屋もなく、ただ長方形の空洞が広がっているだけだった。

 

——ワタシ……ハ……ドコ……。


 “シンちゃん”が聞いたという声が背後から聞こえてはっと身を固くする。素早く振り返っても、想像通り、そこには誰もいなかった。

 そして私は目を覚ます。

 額にはじわりと大量の汗が滲んでいた。いつのまにか、クーラーが消えている。寝ている間に枕元のリモコンに触れてしまったのだろう。夢の世界での出来事だと分かってほっとしたのも束の間、時計を見て飛び起きる。

 時刻は九時を回っていた。

十時の新幹線を予約してあるのに!

急いでベッドから降りて身支度を整える。昨日のうちに持ち物を用意していたことが功を奏し、起きてから十五分で家を出られたのは私史上最速記録だ。

が、それでも新幹線が出発するまで四十五分しかない。最寄駅まで走って五分。そこから東京駅まで二十五分。ぎりぎり間に合うか……。

焦りと不安に苛まれながら必死に駅まで走った。運良く電車がやってきて、飛び乗った。あとは電車が勝手に東京駅までこの身を運んでくれる。身体中に滲んだ汗を冷やすように、車内の冷房の下で気持ちを落ち着けていた。


 その後、なんとか新幹線に間に合った。

 まあ最悪間に合わなければ時刻変更をするだけの話なのだが、予約していたものを変更するのが苦手な性分なので、間に合ってよかった。

 指定席に座るとどっと息を吐き出す。

 車窓から後ろへ流れていく高層ビルの景色をぼんやり眺めながら、心はすでに、母の故郷へと運ばれていった。


「間もなく盛岡に到着します。お降りの方はお忘れ物がないよう、身の回りをお確かめください」


 車内アナウンスの声で、はたと目を覚ます。新幹線に乗って二時間と少し。いつのまにか眠ってしまっていたようだ。頭が覚醒しだすと、腹の虫が鳴っていることに気がつく。盛岡駅で降りたらすぐにお昼ご飯にしようと思い立った。

 その後少しして新幹線が到着し、外の世界へ足を踏み出した。思ったより涼しくなくて、「こんなものか」と日本の夏の暑さを思い知る。

 日帰りなのでそれほど荷物が多くなく、身軽なのはありがたい。そのまま駅を出て、駅前にあるレストランに入った。

 レストランでエビフライ定食を頼み、お腹が満たされていくのを感じる。サクサクとした食感と、大きなエビが特徴で、甘味もあり旅の食事としては身も心も十分満たされた。

 食べながらスマホを眺めていると、友達の皐月(さつき)からLINEが届いていることに気づく。


11:34【みよ子、今日暇じゃない?】


 学生時代からの友人である皐月は、社会人になった今も、こうして時々連絡をくれる。就職してからすっかり新しい人間関係を築くのが苦手になってしまった私にとって、皐月の存在はとてもありがたい。たぶん、皐月が連絡をくれなくなったら友達と会うこともなくなるんだろうなとしみじみと思う。


12:25【ごめん、実は今日岩手に来てるんだ】


 返信はすぐに来た。


12:27【え、岩手? 旅行?】


12:30【ん……まあ、そんなところ】


 学生時代の友人に「廃墟探索で」などと言うこともできず、曖昧に答える。


12:34【そんなところって、他に何か理由があるの】


 文面だけ見ると私を疑っているように見えるが、たぶん、画面の向こうで皐月はぷっと吹き出して笑っている。皐月は明るい性格をしていて、私が勉強や人間関係のことで悩みを相談したら、最後は必ず「まあなんとかなるって!」と背中を押してくれた。適当に言っているようにも聞こえるけれど、あれは皐月なりの励ましの方法だ。


12:40【ごめん。せっかく予定聞いてくれたのに。なんかあった?】


12:45【久しぶりに映画でも見に行かないかなーって誘おうとしただけだから、気にしないで。私、明日はバイトが入ってるからまた別の時に声かけるね】


12:46【分かった。連絡ありがとう】


 淡々としたやりとりが、今の私には心地よい。LINEでぐだぐだと近況報告をするのが苦手で、恋愛や仕事のことを根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だ。ちなみに皐月には『ヨミの国チャンネル』のこともまだ打ち明けていない。知り合いに伝える予定はないし、たぶん今後も彼女には話さないと思う。

 それにあの子、怖い話は苦手だろうし。

 オカルト好きな女子なんてそうそう周りにいない。いや、いたとしても大々的に宣言するようなひとはいないのだ。みんな、キラキラとした流行りの音楽や動画を追いかけるのに必死だから。


 学生時代の記憶を思い返しながらエビフライ定食を平らげた。すっかり満腹になったお腹を抱えて再び駅前に戻り、バスターミナルへと移動する。昔母と祖父母の家に行く際に乗っていたバスに、今日は一人で乗ることになる。盛岡駅の風景や、バスを待ってる時のソワソワとした気持ちを思い出した。


「変わらないな……」


 自分がどれだけ成長しても、この場所の風景は変わらない。小さな変化はいくらでもあると思うが、パッと見て分かるほどの違いはない。それが嬉しいのかと言われたらそういうわけでもなかった。母の実家である岩手に対する気持ちは、懐かしさとはまた違った複雑なものだ。

生まれ故郷ではあるけれど、いわゆる「故郷」という感じはしない。

それなのに、どうしてか意識が惹きつけられていく。

いつも、そんな不思議な感覚に陥っていた。


 それからほどなくして、目的のバスが到着した。霜月町までここから約一時間。一人でバスに揺られるには長い時間ではある。が、目的のある旅は苦ではなかった。


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