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私の居場所を見つけてください。  作者: 葉方萌生
第二章 不穏なカルテ

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◾️八月三十日土曜日Ⅳ

 ほぎゃあ。

 ほぎゃあ。

 うああ。

 うああ。


「!!」

 

 声にならない悲鳴が口から漏れる。

 痺れるようなお腹の痛み以上の恐怖が全身を覆い尽くす。

 いま聞こえた声……まるで赤ん坊が泣いているような。

 はっとして新生児室にじっと目を凝らす。だが、先ほどと何も変わらない。誰も入っていないコットが並んでいるだけだ。

 本来ならここで、いますぐ逃げ出していただろう。でも、せっかく二階まで来たのにいま引き返したら、また二階が気になって調査に来ざるを得なくなる。恐怖心を押し殺して今日、ここまで来たんだ。逃げるわけにはいかない……。

 震える身体を抱きしめながら、なんとか立ち上がる。腹痛は先ほどより少しだけ和らいでいた。

 一階で白い顔を見た時もそうだが、腹痛がして怪奇現象に見舞われたあと、再び勇気を奮い立たせると痛みがおさまっていく。まるで、お腹の中の命がこの場所の霊に呼応しているようではないか。

 ここは元産婦人科だから、私の赤ちゃんも何かに反応しているのかもしれない……。

 さすがに、そんなことは動画でしゃべるわけにもいかず、単に「腹痛がしていました」と実況をした。


「赤ん坊の泣き声のようなものが聞こえたのですが、動画には声が入っていないかもしれません」


 平静を装ってコメントを入れる。

 震える足で立って、さらに二階の奥へと進んだ。が、この辺りから先ほどとは比べ物にならないほど強く悪い気が漂っているような感じがした。


「この辺はかなり……キツイですね。霊感がない私でも、押し返されるような圧迫感があります」


 まるで、「ここから先へは入ってくるな」と結界を張られているようなのだ。 

 この先に一体何が……。

 進んでいくと、「陣痛室」と「分娩室」が現れた。

 どちらも二部屋ずつあって、「陣痛室1」「陣痛室2」「分娩室1」「分娩室2」が並んでいる。

 まず二つの陣痛室に入る。入院部屋とあまり変わらず、ベッドと机が置かれていた。それと、モニター付きの機械が置かれている。機械からは管が伸びていて、その先にパッドが付いている。おそらく、陣痛の強度を測るものだろう。医療ドラマで目にしたことがあった。

 それ以外は特に変わった様子はなく……陣痛室を後にして、今度は「分娩室1」へと足を踏み入れた。

 分娩台と先ほどと同じモニター付きの機械が置かれているほかは、無機質な部屋だった。

 ここで子どもを産むのか。

 出産経験のない私にとって未知の世界だったが、思った以上に簡素というか、部屋自体そこまで広くもなく、閉塞感があった。だが、変わったところは特にないな、という印象。

 異常な様子は確かにない……でも、だんだんと“異変”が近づいてきているのは感じていた。二階に上がった時に感じたおどろおどろしい空気感。それが、とても近くに存在しているような気がする。

「分娩室1」を後にした私は、最後に「分娩室2」の扉に手をかけた。 

 その刹那、私の首筋から足元まで、ゾワリとした悪寒が駆け抜けた。これまで以上に強い。気を抜くと倒れてしまいそうなほどの邪気を感じながら、扉を開けた。

 ガ、ガ、ガ。

 建て付けが悪く、他の部屋より扉を開けるのに苦労を要した。

 中の様子が視界に飛び込んでくる。「分娩室1」と部屋の造りは変わらない——はずだった。


「あれ……?」


 分娩台と、機械付きモニターが置かれているのは変わらない。部屋の広さも同じだ。だが、部屋の奥にもう一つ扉がある(・・・・・・・・)のに気づいた。

 最初はトイレかと思ったが、違う。恐る恐る近づいてみると、鍵付きの鉄の扉だった。鍵がかかっているかもと危惧したが、ドアノブを握って押してみると、鍵はかかっていなかった。


「扉があります。何があるのでしょう。開いてみます」


 重厚な扉を開けると、扉の向こうからヒューッと冷たい風が吹きつけた。髪の毛が風に揺らされる。とともに、恐ろしいほどの不穏な“気”を感じた。その“気”を真に受けてしまったのか、一瞬全身が痺れるような感覚がした。


「はぁ……今、なんか嫌な予感がしました……。扉の向こうには——下り階段が広がっています」


 そう。懐中電灯で前方を照らすと、そこにあるのは階段だった。

 隠し階段……?

 不気味なほど薄暗く、空気が淀んでいると感じる。

 一体どうして、こんなところに階段が……?

 単に階下へ降りるための階段なら、わざわざ鍵付きの扉の向こうに隠す必要などない。

 それなのになぜ、「分娩室」の中にこんなものが。しかも「分娩室1」にはなかった。ここだけ——「分娩室2」の中にだけ、どうして——。


 ごくりと生唾を飲み込む。

 隠し階段があるからには、それ相応の理由があるのだ。

 足を一歩、暗闇の方へと踏み出す。

 ミシ、ミシ、ミシ……。


 先ほど上ってきた階段よりさらに、軋む音が大きい。

 身体をぐるりと覆い尽くす埃まみれの空気に、吐き気が込み上げた。

 予想していたよりもずっと、階段は長い。


「これは……一階分の階段じゃなさそうです。もしかして、地下まで続いてる……?」

 

 そんな、おかしい。

 清葉病院は二階建ての病院ではなかったのか。

 嫌でも上がっていく心拍数を感じながら下へ下へと降りていく。たどり着いた先にはまた、先ほどと同じように扉があった。今度も鍵付きだが、やはり鍵はかかっておらず、重たい扉を押して、部屋の中へと侵入する。


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