◾️八月三十日土曜日Ⅲ
「これはなんでしょう……?」
医者が使っていたと思われるデスクの下に散らばる書類を発見した。A4サイズぐらいの紙がざっと二十枚ほど。薄暗い中であまりはっきりとは見えないが、どうやら患者のカルテのようだ。
「カルテを発見しました。前回はなかったような……。見落としていただけかもしれません」
カルテなど見ても何も分かることはないのだが、手の中にあるざらりとした感触のそれがどうしても気になった。少し考えて、カルテを鞄に入れる。患者の個人情報には違いないが、二十五年も前に廃業した病院のものだし、公開しなければ大丈夫だろう——と自分に言い聞かせて、そっとしまいこんだ。
再び診察室をぐるりと見回す。カルテの他に、前回と変わっているところは見当たらない。その後、診察室を通り過ぎて突き当たりの階段までゆっくりと進んだ。またあの白い顔が現れたらどうしよう——そんな不安ばかりが胸中に広がっていて、できるだけ早く二階まで調査して引き返そうと決意した。
「一階はすべて探索しました。前回来た時と比べるとやっぱり少し……ものの位置が変わっていたりカルテが見つかったり、不思議なことが起こっていますね。さて、今日は勇気を出して二階のほうまで進んでみます」
突き当たりの上り階段を見上げる。前回も思ったが、そこにはずんぐりとした暗闇が広がっていた。
まだ昼間なのになんでこんなに暗いんだろう……。
階段へ一歩、足をかけてみる。ミシ、と地面が軋む音が聞こえた。この建物の建築自体、かなり古いものなのだろう。二階へ続く階段など一階以上に使われていない時間が長いからか、今にも崩れて落ちる妄想が頭の中で広がっていく。だめだ、余計なことを考えるのはやめよう。
「階段もかなり年季が入っている感じがしますね。今、踊り場です。ようやく二階が見えてきました」
それほど長い階段ではないはずなのに、上っている最中は永遠のように感じられた。
二階にたどり着くと、一階よりもさらに温度が二度ほど下がっているような気がして、全身が悪寒で震えた。
「寒いですね……。実は前回ここを訪れてから、調べて分かったことがあるんです。清葉病院の院長が、十二年前に病院の屋上から落ちて亡くなっているそうなんです。二階建てですけどね。打ちどころが悪かったんだと思います。ちょうどこの二階の真上が屋上だから、二階が一階よりもさらに嫌な空気に包まれているのかもしれません……」
自分で解説をしながら、ゾッと恐怖が込み上げてきた。
この場所に、院長の魂が彷徨っているのだろうか。
自分で開業した病院で、おそらく自ら命を絶って……。
何があったのかは分からないけれど、開業医である彼が、仕事に対してプライドを持っていないはずがない。ここは彼にとって人生で最も大切な場所だった可能性が高い。だから、この場所で亡くなって、地縛霊になっていたとしても、不思議ではない。
さっきの白い顔の霊が院長ではないにしろ、院長の霊もどこかにいるかもしれない……。
全方位警戒しながら、二階を進んだ。
「201号室」「202号室」などの札がかかった部屋がいくつも並んでいた。
「どうやら二階は入院施設のようですね。産婦人科なので、お産をした女性がここに数日泊まっていたのでしょう」
一つ一つの部屋に入りながら中を確認する。
ベッドと、小さなテーブル、トイレや洗面所が備え付けられている。ビジネスホテルのような造りをしていた。相変わらずベッドもテーブルも煤けていて汚い。が、荒れているような様子はなかった。
「こちらはナースステーションと、新生児室があります。真っ暗で、何も見えませんが……」
新生児室の前は、一面ガラス張りになっていた。ガラスの向こうは暗くて何も見えない。赤ちゃんを寝かせるキャリーベッド——透明なケースのような小さなベッドが並んでいる。名前は確か……そうだ。助産師をしている友達が“コット”と呼んでいたような気がする。
無造作に並んだそのコットを眺めていると、突然、ぎゅーっとお腹がまた痛みだした。
「いっ……」
思わず声を上げて、顔を歪めてしまうほどの痛みに襲われて、その場でうずくまる。
「いった……」
撮影どころではない。身体の内側から、お腹をグーっと外側に押されて、その上でさらに外側から何かに押さえつけられているような感覚だった。内と外からお腹を圧迫されて、皮膚が破裂してしまいそうな衝撃を覚える。
痛みに呻いていると、さらに不可解な気配と声がした。




