◾️八月二十六日火曜日
「山吹先生、おはようございます」
「藤島先生、おはようございます。あれ、それ、なんですか?」
翌日、出勤して早々に私が持っている紙袋に気づいた山吹先生が首を傾げる。私は、指摘されたそれを彼に「はい」と渡した。
「家に貯まっていたお酒です。ちょっと事情があって当分飲まないので、山吹先生、良かったらどうぞ」
「お酒……?」
朝から職場で「お酒」などという不良ワードが私の口から出てくるとは思っていなかったのか、山吹先生は自然と声を潜めて問い返してきた。
「はい、お酒です。もちろん他の先生には言わないでくださいね。こっそり、お譲りします」
「はあ。嬉しいですけどいいんですか? こんなにたくさん」
紙袋の中には、ビールが五缶、日本酒の瓶が二本、その他チューハイが三缶入っている。昨晩冷蔵庫の中をあさってみると、思っていた以上にストックがあった。正直言ってかなり重たい。
「もちろんです。ご家族と飲んでもらえたら」
「家族……そ、そうですね」
一瞬彼は目を泳がせてから、頬をぽりぽりと掻いた。何か、都合の悪いことでも言ってしまっただろうか。自分が失言をしてしまったかと軽く後悔したが、そもそもお酒を勤務先に、それも小学校に持ってくるなんて規則違反だろう。後悔したところで遅い。せめて他のひとにバレないように持ち帰ってほしいと願った。
山吹先生とこそこそ話をしていたのを不思議に思ったのか、少し離れたところから視線を感じた。酒井先生だろうか、と彼の席のほうを見やったが、席を外していた。その刹那、背中にゾクリとした悪寒のようなものを覚えた。
今の視線は一体なに……?
気のせいかもしれない。けれど、確かに“誰かに見られている”という感覚に陥っていたのだ。どういうことだろうか、と真相を深く考える前に、職員室の扉がガラガラと開かれて、身体がぎゅっと固くなった。
「お、おはようございます。酒井先生」
やってきたのは他でもない酒井先生だった。
彼は、どぎまぎと挨拶をする私を怪訝そうに見つめ、それから私と山吹先生の席のちょうど中間に置かれている紙袋に早速視線を落とした。
「なんだその大荷物は」
「これはその……お土産、です。土日に遠出をしたので……」
「土産? それにしては大きいな?」
「まあ、その、大きいだけで高価なものではないです」
「ふうん」
酒井先生は納得していない様子だったがこれ以上話しても無駄だと思ったのか、「今日も手え抜くなよ」と釘を刺して自分の席のほうへと歩いていった。
山吹先生と目を合わせて、「良かった」と二人でほっと息を吐く。さすがに、彼に紙袋の中身を見られるのは具合が悪い。きっと恰好の“叱りネタ”にされてしまう。自分から猛獣に餌を差し出すなんて、あってはならないことだ。
その後、山吹先生は自分のデスクの下の奥の方に紙袋を置いて、袋の上からタオルをかけていた。そこまでしてくれるならとてもありがたい。山吹先生が私を見てにっこりと微笑む。その目が、「これで大丈夫」と安心させてくれるように優しく揺れた。




