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第七話 仲直り

午後のチャイムが鳴って、教室の空気が沈む。

俺は席に座ってるのに、落ち着かない。


……原因は分かってる。


俺はずっと、「放っておいてほしい顔」を作る訓練だけはしてきた。

なのに、あいつが俺のことを「放っておけない顔」って言ったのが、やけに気になる。


隣の桃田は、静かにノートを開いている。

こっちを見ない。


……っち。あんなこと言っといて。


イラついたせいか、謝ると決めたのに言葉は喉の奥で固まったままだ。


先生が教室に入ってくる。歴史か。

暗記で殴れる科目は助かる。愛がなくても回る。


昼飯のせいか、午前中の情報量のせいか。

瞼が重い。


……ちょっとだけ、目を閉じたら――


「……くん! 黒木くん!」


耳元で、誰かが声を落として呼ぶ。

……え。桃田?


やばい。俺、寝てたのか。


「では、黒木くん。このページを読んでもらおうか」


最悪だ。どこだよ。


その瞬間、隣から小さな声が飛んできた。


「……62ページ。上から二行目。“鎌倉時代では”のところ」


「あ、わかりました。えーと……鎌倉時代では、人々の生活は主に――」


読み終えると、先生は淡々と頷いた。


「はい、ありがとうございます。今度は気をつけてください」

「はい、すみません」


――俺が謝ったあと、隣に小さく言った。


「……ありがとうな」


桃田は返事をせず、にっこり笑った。


チャイムが鳴って休み時間になったのに、二人の間だけ妙に静かだ。

このまま自然消滅するのも、なんかもったいない気がする。


せっかく俺のことを、あんなふうに思ってくれたのに。

ここで言わないと。


そう思って口を開こうとした、その瞬間――

桃田も同じタイミングでこっちを向いた。


「あの」

「あの」


同時に声が出て、二人とも一瞬固まった。

目が合って、頬が熱くなって、気まずくて――同じタイミングで視線をそらす。

そして、ゆっくりまた向き直った。


「……いや、なんでもない。ごめん」

「よくない。……俺が言う」


気を整えてから、俺は言った。


「午前中は、その……ごめん。うるさいとか言って」

「僕もごめん。初対面って分かってたのに、ちょっとムキになっちゃっだ」


……沈黙。


(え、こういうとき陽キャって、何か話題で空気ゆるめるんだよな?

よし、俺も学習してる。社会適応のための模倣行動――)


俺は、やけに大きい声を出した。


「アハハ! いやマジでヤバイって! 昼休み、急に腹痛くなってさ! 消えて悪かった!」


……沈黙。


「おい、なんか言えよ」


桃田は困ったように笑って言った。


「黒木くん、そういう性格じゃないの分かってるから。無理しなくていいよ」


(ぐっ……刺さった)


「しかも、棒読みってすぐバレるし」


(追撃やめろ)


「あと、僕、一応トイレも探しに行ったんだけど……黒木くん、いなかったんよね」


「は、ははは……」

(追撃どころか連射じゃん。

研究によれば、人の呆れが限界を超えると、怒る代わりに笑ってしまうらしい。……今の俺がそれだ)


「てか、なんで俺がトイレにいるって決めつけるんだよ。

まさか俺が、そんなとこで飯食うと思ったのか?」


「え? 何それ。普通に探しに行っただけだよ。……心配だったし」


……やばい。俺、今の言い方、自爆じゃない?

なんとか回避しないと。


「いや、だからその……脳って基本、ブドウ糖しかまともに使えないだろ?

糖分不足=パフォーマンス低下。だから飴は合理的だ。

授業中に舐めたら怒られるから、リスク回避で……トイレで糖分補給してるだけだ!」


「あ、そうなんだ! よかった。僕、便所メシかと思ってちょっと心配した。

さすがにあんなとこでご飯は食べないよね?」


……こいつ、天然なのか。わざとなのか。


「……うん。そうだな。その話もういい」


そのとき、桃田のノートが目に入った。


「あれ。何書いてるんだ?」


桃田は俺の視線をたどって、


「あ、これ? 僕、文芸部だからさ。短文とか小説とか。自分用にも、部員募集用にも書いてるんだ」


「へー、すごいじゃん。俺、作文どころか国語自体だめでさ。

こうやって思ったことを言葉にして、他人に伝えられるの、普通にすごい」


「いや、べ……別に、そんなすごいことじゃないよ」


「ねえ、その中に何書いてるの」


「やだ。ぜっったい見せない!」


「ったく。こっちもそんな興味ねーよ。論文の方が、俺にとってよほど面白い」


「ふーん。今日の国語で黒木くん、壁画描くみたいに板書を“え・が・い・て”たから、ノート貸そうかなって思ったけど。

論文が読めるなら、いらなさそうだね」


……こいつ、人の心読めんのか?


「……いや、ごめん。それは……欲しいです」


桃田は、急に得意げな顔になった。


「へへ。そういうときは素直になればいいのに」


くそ。やられた。

……でも、数学で反撃するのは、こっちの品まで下がる。今日はやめとく。


「次は美術だよ? 二人とも早く準備しな?」


振り向くと、鈴宮さんがいつの間にか後ろに立っていた。


「鈴宮さん、幽霊かよ……いつも急に現れないで」


「はいはい。で、美術室どこ? 黒木、迷子でしょ」


「……大丈夫。僕が案内するよ。学校一日目なのに、色々あって回る時間なかったもんね」


(他人事みたいに言うな。誰のせいだと思ってるんだよ)


「うるさい。案内するんだろ。さっさと行け」

「えへへ。じゃ、行こうか」



_________________________________________________________________________




二人が廊下へ出ていく背中を見送りながら、鈴宮小春は小さく息を吐いた。


(……本人たち、気づいてないよね。距離がちょっと近くなってること)

(ん? ていうかハルちん、私のこと置いてくなよ。普通に一人になるじゃん!)


一方その頃――廊下を歩きながら、俺は別の種類の不安を抱えていた。


(国語は……まあ苦手で済む。

でも美術は違う。苦手とかいう次元じゃない。

もはや“第五の芸術”だ。醜さの極限が美になるタイプの……いや、ならないけど)


それでも隣に桃田がいるだけで、妙に安心してしまうのが腹立つ。


(ああいう優しいやつが一緒なら……今日の美術は、たぶん安全に終わる。……終わってほしい)


黒木がそんなことを考えているなんて知らずに、桃田春臣もまた、内心で必死だった。


(……僕の美術は、もう言葉じゃ説明できない。

強いて言うなら、クトゥルフ神話の「名状しがたい何か」みたいなやつ)


でも。


(黒木くん、板書を壁画みたいに真剣に描いてた。

あれだけ集中できるなら、きっと絵も上手い。

……黒木くんがいれば、僕も“取り返せる”気がする)


そうして俺たちは、同じタイミングでちらりと相手を見て、

なぜか意味深に笑ってしまった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


自分は文章の投稿などすべてはほぼ初めてで、

まだまだ勉強中です。気になるところがあれば、

そっと教えていただけるととても助かります。

感想や指摘など一言でも

反応をいただけると、ものすごく励みになります。

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