第六話 二人の気持ち
昼休み。
逃げた先で鉢合わせ――そういう未来が見えるのが嫌だ。
「逃走経路が最適化されているほど、待ち伏せの確率も上がる。」
……とか言っても、ランチメイト症候群(便所メシ)からは卒業したい。
図書館は飲食禁止。しかも桃田は本好きだから、普通にいそうだ。
教室に残るのも気まずい。
だから今日も、静かな場所を探して歩く。
――転校初日なのに、誰も案内してくれない。
運が悪いっていうか、俺がそういうタイプっていうか。
そう思いながら、人気のない階段の踊り場にたどり着いた。
壁の影になってて、ちょうど死角。ここなら――
「…ここなら誰も来ない、か」
座った瞬間、今日の出来事の多さに、ふっと気が遠くなった。
「……一日目で、色んな事があったな。これからの学園生活、心配でしかない」
と小さく呟いて、息を吐く。
母さんはしばらく仕事が安定するらしい。
少なくとも卒業まで転校はないって約束もした。
だから今度こそ、ここで出会う人を大事にしたい。
一度でもいいから、青春ってやつを味わってみたい。
「にしても……桃田のあの甘い匂いはなんだろう?」
実家が和菓子屋だって言ってた。
甘い匂いって、そういうことなのか。
そう考えた瞬間、午前のことまで一緒に思い出してしまう。
あいつ、間違いなく周りに優しい。
俺に「うるさい」って言われたあと、自分から距離を取った。
鈴宮さんが初めて話しかけてきたときも、俺に嫌われないように助言までした。
謝るときは苦笑いで気まずさを隠そうとして――時々、意味深なことも言う。
それに、俺があいつの哲学っぽい質問に答えてるときの顔とか――
……って、おい。
なんで俺、あいつのことここまで考えてんだよ。
人生で初めて、あんな目に遭ったのはあいつのせいだろ。
いや、でも。
俺だって人に「うるさい」なんて言ったし、昼休みは無視して逃げた。
桃田が俺と飯を食べたいかどうかも分からないのに、
勝手に自意識だけが膨らんでる。
なんか……自分らしくない。
「でもさすがに……ちょっと悪いよな。午後の授業で謝っとくか」
そう決めた瞬間――
トコ、トコ。
……え。
こんな場所に、人が来る?
「今日も部室誰もいないね、いつものことだけど」
「黒木くん、どこ行ったんだろ。……一緒にご飯食べるついでに、文芸部も紹介したかったのに」
……桃田!? それと、鈴宮さん?
階段のさらに上。扉が軋む音。
近くに、部室っぽい場所がある――そんな気配がした。
ああ、そうだ。文芸部、廃部危機だって話だった。
部室の看板も貼り紙もないのは、そのせいか。
いや、待って。
だからか? だから俺に話しかけて、いい面まで見せて…
「ハルちんさ、普段そんなに人のこと気にするっけ?
なんとなく、みんなと仲良しやってるイメージだけど。
私とお兄さん以外に、自分から近づくの……これ、初めてじゃない?」
「そうかな。……でも、あの人はなんとなく違う雰囲気しててさ。
その感覚、うまく言えないんだけど……何というか――」
桃田はいったん言葉を止めた。
ほんの少し迷ってから、ぽつりと続ける。
「……顔が、わかりやすいんだよね
人がいっぱいいるのに、なんか孤独そうっていうか
ああいう顔、放っておけないんだよ
……それに、俺のふざけた質問とかボケにも、ちゃんと付き合ってくれて」
そう言う桃田は、自分でも気づいていないみたいに、口元が少しだけゆるんでいて、頬が赤くなった。
「ハルちん…」
「ん?」
「自分の気持ちに素直になれば? 仲直りしたいんでしょ。
さっきだって探してたじゃん。トイレとか倉庫とかも見逃さずに」
そのとき、階段の奥から小さな咳が漏れた。
「……っ、ゴホ」
「……え? 今、誰かいた?」
桃田と鈴宮は角の先まで回ってみたけど、誰もいない。
また廊下のほうへ戻っていく。
(……危ねえ。心臓が先に見つかったかと思った。
ていうか、トイレと倉庫まで探しに行ったって……やっぱあいつ失礼すぎないか?)
廊下に戻った桃田は少し失望した口調で
「……まあ、そうだよな。人のせいであんな経験したら、誰だって引くよな……午後の授業で、ちゃんと謝っとくか」
「でもなんとなくハルちんは避けられてるじゃん?」
「……彼にとって避けるのって、悪いことじゃないと思う。
今までそうしないとやっていけなかったなら、なおさらだ。
でも……一回だけでいいから、ちゃんと話したいなって思った」
二人の足音が遠ざかって、やがて文芸部の部室の扉が閉まる音がした。
それ以上の会話は、もう聞こえない。
……今までと違う。
あいつは、同情で話しかけてたんじゃない。
ちゃんと、俺のことを気にしてたんだ。
そう思った瞬間、胸の奥の硬いものが、ほんの少しだけゆるむ。
気づけば俺は、口元がわずかにゆるんでいた。
頬が熱いのは、たぶん階段の空気が悪いせい――そういうことにしておく。
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