第二話 防御本能MAXの日和
このときの俺は、
まさか自分の青春が「観察」なんて言葉で片づけられなくなることを、
まだ知らなかった。
そう思う間もなく、隣から声が飛んできた。
「あ、僕、桃田春臣っていうんだ。さっき廊下で走ってたやつ、黒木くんとすれ違ってたよね?」
「そ、そうかな? ごめん、その時は下向いてたから」
「そっか。やっぱり一人だけ前に出て自己紹介するなんて恥ずかしいよね? さっき、すごく緊張してるように見えたから、つい声かけちゃって……」
だからそれは俺が「恥ずかしかった」というより、生物学的には──
いや、ここは素直に礼を言うべきだ。
「まあ、さっきはありがとう。転校なんて、もう慣れてるはずなのに――」
「じゃあ、その話はもうおしまい! そういえば、引っ越してきたの? どこから?」
……って、人の話の途中で話題を切り替えるな。
「別に。そんなに遠いところでもないけど、ただ――」
「へぇ、そうなんだ。じゃあさ、ここの制服、前の学校と比べてどう? この学校、制服が可愛いって有名なんだよ?」
だから話の途中に割り込むなって!
「そうかな? 俺そういうの、あまり気にしないから、でも確かに前の――」
「じゃあ、黒木くんって、どの教科が得意なの? 理科とか数学っぽいイメージあるけど」
……
って今の、外見で判断してるの?!
「得意っていうほどでもないけど、嫌いでも――」
「趣味とかある? ゲームとか、本とか」
「……本は、まあ。少し、ネットの記事とか、調べものを読むのは好き」
本という単語を聞いた途端、桃田の瞳がきらめいた。
「あ、僕も読書好きだよ。ネットでも読めるけど、紙っていいよね。めくる音とか匂いとか……図書館とか本屋の空気も落ち着くし」
「……へえ」
桃田はどんどん言葉を並べる。
俺の方は、うなずくタイミングだけを探している。
なんだよ、いきなり情報量が多い。
しかも、まだ加速してる。息継ぎは大丈夫か、この人。
でも、嫌じゃない。
だけど今まで経験によると、
こういうタイプの人間は、最初から距離を詰めて来て、そして急に飽きて離れることが多い。
「漫画化とかアニメ化とかも好きなんだけどさ、原作って本体って感じしない? 作者さんの温度は、そこにある気がして」
「……そ、そうなんだ」
この会話、今どこに向かってるんだ?
初対面で踏み込みすぎじゃないか?
「あと、僕の実家、和菓子屋なんだ。だから苦いコーヒーはちょっと苦手でさ。本格的な喫茶店には憧れるんだよね」
「へえ、和菓子屋なんだね」
桃田は桃田の世界を喋ってる。
俺はそこに、ただ置いていかれないようにしている。
――と思った瞬間。
桃田がふいに顔を上げた。
「ねえ黒木くん。宇宙人って、いると思う?」
「……は?」
何でいきなりその話になるんだ?
「うっ……あ、えっと。その宇宙人の『人』の定義はともかくとして、生命体そのものなら存在する可能性は――」
気づいたら、俺も真面目に返していた。
「極端な説だと、生命の誕生確率は十の四万乗分の一、とか言う人もいるけどさ。
でも銀河系だけでも恒星は二千億個くらいって話だし――いや、宇宙全体だと銀河が一〜二兆個とか。そうすると、ざっくり掛け合わせれば……ゼロ、とは言い切れないだろ」
……と、そこまで言ったところで。
ふと違和感に気づいた。
教室が、やけに静かだ。
さっきまで聞こえていた雑談が、いつの間にか消えている。
今、この空間に響いているのは――俺と桃田の声だけ。
ゆっくり周りを見ると、前の席も後ろの席も、みんなこっちを見ていた。
うわ、まずい、話しが夢中になって、時間を忘れてた!
「おい、そこ! いつまで話すつもりだ! 授業が始まって五分だぞ?」
あっ、これはやばい。頭が熱くなって、完全に話しすぎた……!
って、ちょっと待て。全員、ガッツリこっち見てるじゃん。
ああ、もう関係ないか。転校初日からこれかよ……。
「へえ、黒木くん、詳しいね。その話、後でゆっくり聞かせてよ」
隣で、桃田だけが、なぜか楽しそうに笑っていた。
……いや、笑ってる場合じゃないだろ。
この状況を作り出した主な原因は、八割くらいお前で、残りの二割は宇宙人の話題に食いついた俺のせいだ。
だから文句は半分くらいでしか言えないのが、余計にイラッとする。
「あのな、さっきから少し……う、うるさいよ」
「えっ……あ、ごめん」
桃田が、一瞬だけ苦笑いし、いつもの顔に戻った。
しまった。
言ったそばから、罪悪感が胃のあたりに沈んでいく。
……言い方、もう少し何とかならなかったか。
小さく息を吸い込んで、桃田はまたこちらを見た。
「黒木くんがちゃんと答えてくれるから、つい楽しくなっちゃって。……もう少し静かにするから、嫌じゃなかったら、また話してもいい?」
真正面からそう言われると、
「嫌だ」と言い切れるほど、俺の性格ははっきりしていない。
そもそも別に、間違ったことは言ってない。……はずだ。たぶん。
俺は桃田の視線を避けて、沈黙することにした。
「……そっか」
桃田はそれ以上何も言わず、ノートを開いて前を向いた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
自分は文章の投稿などすべてはほぼ初めてで、
まだまだ勉強中です。気になるところがあれば、
そっと教えていただけるととても助かります。
感想や指摘など一言でも
反応をいただけると、ものすごく励みになります。




