ある雨の朝
ようやく書けました。
スマホのアラームで目が覚め、スヌーズを止めようとタップしたら『今日の日付』の上には『にわか雨 10℃』と表示されていた。
「えっ?! 昨日、あんなに晴れていたのに……」とカーテンを開けてみたら陽の光は無く空は濃い雨いろに染まっていた。
「結構降ってる!」
軽くため息をついて天気予報を検索したら……午後は晴れるが気温はさほど上がらないらしい。
「着るものどうしよう?傘は??」
これは悩むところだ。
もう一度、窓の外を見ると雨は少し弱まった様だ。
私はクローゼットの前で暫し腕組みし、結論に達した。
今日のコーデは、黒のスキニーデニムにグレーのオーバーサイズスウェットシャツ。
靴は雨対策としてサイドゴアブーツにする。上に羽織るものはダークグリーンのプロックテックコート。でもこのプロックテックコートのフードだけでは首筋が心もとない……昨日、サロンでカットし過ぎたのが悔やまれるが……そこは薄手の紺のカシミアマフラーでカバーしよう!
そして折り畳み傘は持っている中で一番長いグレーグリーンのユニセックスタイプの物をチョイスした。
元々が背は高いのに凹凸には乏しい私の体だ……多分、後ろからは“男の子として”しか見られないだろう。ひょっとしたら前からもかもだが……
私って、顔薄いからなあ~ 髪も……これから冬へ向かうと言うのに半ば発作的にマッシュショートのボブウルフにしてしまったし……
後悔先に立たずというヤツだ! もう笑うしかないね。
◇◇◇◇◇◇
三連休明けの駅のホームはいつもよりごった返している様に思える。
スーツ姿の男性陣は……駅までクルマで送って貰ったのか、はたまた折り畳み傘をカバンにしまったのか、手に傘を持っていない人が殆どだった。
そんな中で長い傘を手に持っていたのは明らかに観光地のお土産と分かる紙袋をもう片方の手に提げている男性だった。その横で三人たむろしてあどけない話に興じているJKさん達と余りにも対照的なので、私は心の中で肩を竦める。
きっと色々と大変なのだろう。
こんな心持で電車へ乗り込んだ時は、私もまだ余裕があったのだが……駅でドアが開く度に車内の人数は嵩増しし……ついに私は反対側のドアへ押し付けられた。
私はドアに左肘を付き、人圧を何とか押し返そうとしたのだが、左後方から物凄く強烈な口臭が捻じ込まれて、瞬間的な呼吸困難に陥り、腕の力が失われた。
そのタイミングで電車はカーブを切り、ドドドドド!! と更なる人波が襲い掛かる!
「ヤバい!!」
でも私の両頬近くを掠めて、ドアへドン! と手が置かれた。
そして私の背中に掛かる圧力は明らかに減少する。
「えっ?! これはどういう事??」
付かれた両腕はそのままの姿勢でずっと耐えているので……何らかの意図があって“私に触れない様にしている“のに違いない。
もちろん私はそんな事は思わないのだが、『満員電車の中で男性がわざと両手で吊り革に掴まる』みたいな『痴漢の冤罪』対策なのだろうか?
いや、それ以前に今日の私のなりでは……女性と見られているかも怪しい。
では一体なぜ??
私は観察を試みる。
スーツの裾から覗く若めな柄のワイシャツ。手の甲もツルン! とした感じだ。
しかし左手薬指の結婚指輪は少しくすんでいるので新婚ではなさそうだ。
電車が大きく揺れたりカーブを曲がった時には腕を震わせて私に荷重を掛けない様にしているこの人は……一体どんな人なのだろう?
と、電車はゴーッ! とトンネルへ突入した。
鏡となったドアに映ったのは……ごく普通の青年だった。
そう! 見た目は……
でも……そのささやかな優しさは決して普通では無い。
だから私は……彼の奥さんやお子さんの事をちょっぴり羨ましく思った。
今、私は……“社食”で遅い昼食を摂りながらこれを書いている。
窓の外からは雨上がりの陽射しが差し、私の目の前でチラチラと遊んでいる。
<了>




