偽りの抱擁
そして、ついにその時が来た。悠真様の帰国だ。
私は震える魔力を集中させ、美桜様の姿を想い浮かべ、「月視」を再度発動した。
――光が集中し、映し出される異世界の光景。
美桜様と悠真様が住む部屋が映し出された。
(美桜様、悠真様のところに戻ってこられたのね。でも...)
そのとき、玄関のドアが開く音がした。
『ただいま』
『お帰りなさい、悠真!』
美桜様はパタパタという足音を立てながら、玄関へ悠真様を迎えにいった。
そこには、久しぶりに見る悠真様の笑顔があった。
『出張お疲れさま。日本食が恋しいと思って、たくさん作っておいたよ!』
美桜様が作った料理がテーブルに所狭しと並んでいる。
『すごい!こんなにたくさん!肉じゃが、みそ汁、サラダ、だしまき卵。小松菜の和え物まである!日本に帰ってきたって感じがする』
悠真様が心の底から喜んでいるのが、私にも痛いほど伝わってきた。
『やっぱり、美桜がいる場所が俺の帰る場所だ』
と優しそうに美桜様を見つめる悠真様の姿は、眩しすぎるほど純粋だった。
夕食後、悠真様は美桜様へバッグを渡した。
『これ人気のバッグだよね!かわいい、ありがとう!』
いつもの、可愛らしく無邪気な美桜様の笑顔。
その笑顔を見て、悠真様は愛しさが溢れ、美桜様を強く抱きしめた。
『本当に二週間、会えなくてつらかった』
しかし、美桜様はすぐに悠真様の腕から抜け出した。
『あ、デザートもあるんだった!楽しみにしていたんだから、忘れるわけないでしょ?』
悠真様は、すぐに腕からすり抜けた美桜様を見て、すこし顔を曇らせた。
『なんだよ、デザートに負けたのか』
美桜様は
『もう!悠真が帰ってくるまで、我慢してたんだから』
と笑ってごまかしたが、私は美桜様の瞳の奥に、一瞬の冷たさを見た気がした。
翌日。私は、昨夜の美桜様の態度に心を痛める悠真様が心配になり、魔力を集中させて悠真様に「月視」を合わせた。
映し出されたのは、仕事場だろうか。窓の外は、空が暗くキラキラ光る夜景が広がっていた。悠真様はお兄様と二人きりで、お土産のネクタイを手渡しているところだった。
『兄さん、お土産。ネクタイ』
『お、ありがとう。悠真はセンスがいいから嬉しいよ』
悠真様は、その時、お兄様が首に締めているネクタイを見つめた。お兄様は、落ち着いたトーンの深い青色のネクタイをしていた。
『兄さんにしては、珍しい色のネクタイだな』
『ああ、これ?これはプレゼントでもらったんだ』
『彼女?』
と悠真様が聞く。
和馬様は余裕のある笑みを浮かべ、少しも悪びれる様子もなく答えた。
『まぁね』
『兄さんにもそんな人がいたんだな。どんな人?俺が知ってる人?』
『ずっと、俺を想い続けてくれてる。いい女だよ』
悠真様が
『兄さんの彼女って会ったことないな。今度会わせてよ』
と言うと、和馬様は悠真様の目を見ながら、笑顔で返事をした。
『まぁ、機会があればな』
(嘘だ、嘘よ!その「いい女」は、美桜様のことでしょう!?)
和馬様があまりに平然と、残酷な嘘を吐く様子を見て、私の体は怒りと恐れで硬直した。
和馬様の悪魔のような台詞を聞いた私は、この時美桜様が何をしているのか、急に気になった。美桜様は、本当に和馬様の計画を続けるつもりなのだろうか?
私は急いで魔力を切り替え、再び美桜様の姿を想い浮かべた。
美桜様は、自室のベッドに座り込んでいた。手には悠真様から贈られたばかりのバッグが握られていた。その表情は、昨日悠真様を迎えた時の可憐な笑顔とは似ても似つかない、憔悴しきったものだった。
『もう、無理...』
美桜様は小さく呻き、涙を流していた。
『悠真、早く気が付いて...』
美桜様は、そう言葉を絞り出した。美桜様は8年にも及ぶ欺瞞と罪悪感の重圧に耐えきれず、裏切りを続ける側の人間としても、すでに限界を迎えているのかもしれない。
しかし、その声は、悠真様には届かない。そして、私にも、この次元を隔てた悲劇を止める術がない。
私はただ、美桜様を、そして悠真様を、この悲しい運命から救いたいと、強く祈ることしかできなかった。




