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偽りの八年

 お兄様は、少し困ったような顔で、感情的になっている美桜様を見ていた。


『もう8年だよ。私が愛しているのは和馬なんだよ!悠真のことも好きだけど、それは愛じゃない。お願い和馬。もう、いいでしょ』


 美桜様は苦しそうな声を出しながら、和馬様の胸元に縋り付いていた。美桜様の言葉から、この裏切りは悠真様と付き合った時から、8年もの長い時間続いていることを悟った。


 和馬様は、そんな美桜様を冷たい目で見下ろしながら、諭すような声で言った。

『俺のためならなんでもするって言ったのは、美桜だよ。忘れたの?別に俺は無理やりさせてるわけじゃないよね』


 美桜様は顔を上げ、和馬様を睨みつけるように訴えた。

『まだ、私の気持ち分かってくれないの?』


 和馬様は、美桜様をそっと抱きしめ、囁いた。

『美桜の気持ちはわかってるよ。8年も俺に尽くしてくれてるんだ。愛してもいない男と付き合い続け、愛をささやく。簡単なことじゃない。そして悠真は、そんな美桜を深く愛してる。本当に最高だよ。俺は、そんな美桜を愛してるよ』


 和馬様は、とても愛おしそうに美桜様を見ていたが、その瞳は、美桜様を通り越し、その後ろにいるであろう悠真様を視ているようでもあった。


『それなら、もう...』

 美桜様がそう言い切る前に、和馬様は言葉を遮った。

『でも、あともう少しで悠真を地獄に落とせる。あと少しだ。美桜も、わかってるだろう?それが分かってるのに止めるっていうのか?』


 和馬様は、笑顔で美桜様に告げた。その言葉に、和馬様の胸元を掴んでいる美桜様の手は、激しく震えていた。


(地獄に落とす……?悠真様を一体、どうするつもりなのですか?どうか、美桜様お止めください!)


 セレネは、和馬様の計画を理解できないまま、悠真様の身に迫る危険に対し、激しい不安と怒りを覚えた。


 セレネは悠真様が心配になった。これから何が起こるのか分からないが、悠真様にとっては辛いことは間違いがなかった。

 この日、セレネは初めて悠真様の姿を想い浮かべ、「月視」を使用した。




 ――光が集中し、映し出される異世界の光景。


 美桜様と和馬様がいたあの冷たい部屋とは違い、周囲は明るかった。悠真様は店の中で、楽しそうに何かを選んでいた。


(よかった……!悠真様はご無事だったのですね)


 セレネは安堵した。さきほどまで視ていた美桜様のほうは夜であったが、悠真様がいる場所は空が明るく朝のようだった。日本とは大きく時差のある、遠い異国なのだろう。


 悠真様は店内で、アクセサリーや小物なとを真剣に選んでいるようだ。どの商品も、いつも悠真様の前で明るく笑っている美桜様に似合う、可愛らしいものだ。日本に帰国するまえに美桜様へのお土産を選んでいるのだろう。じっくり商品を眺めているようだ。


 その時、近くにいた女性が、親しげな声で悠真様に話しかけた。セレネは、その会話が普段美桜様たちが話す言語とは全く違うことに気づいた。しかし、月の女神の愛し子であるセレネには、その言葉が不思議と理解できた。


『あなた、本当に彼女のことが好きなのね』


 悠真様は照れくさそうに笑い、

『もちろん』

 と答えた。


 女性社員は微笑みながら、どこか諦めたような眼差しで悠真様に告げた。

『ニューヨーク支社の美人たちが誘っても一切なびかないんだから、本当に日本の彼女一筋なのね。これほど一途に愛されるなんて、その彼女はどれほど幸せかしら。彼女が羨ましいわ』


(悠真様は、どこにいても美桜様を想っていらっしゃる。悠真様は、何もしらない...)


 悠真様は指輪を長い間眺めており、悩んでいる様子だったが、結局は美桜様へはバッグを、和馬様にはネクタイを選んで購入した。


 ニューヨークの喧騒が広がる通りへ出た悠真様は、まっすぐに車寄せへと向かい、用意されていた車に乗り込んだ。車はマンハッタンの街並みを抜け、空港へと向かう。


 途中、悠真様の姿が車のガラスに映し出された。悠真様は、とても穏やかな笑みを浮かべていた。それは、しばらく会えなかった美桜様の元へ帰れるという気持ちが溢れ出している様だった。


(あと少しで、悠真様は帰国される……)


 美桜様と和馬様は、悠真様に一体何をしようとしているのだろう。これ以上、悠真様の気持ちが踏みにじられることがないように私は祈ることしか出来ない。帰国が近づくことに強い焦燥感を覚えた。これほど純粋な愛が、「地獄」の標的となっていることが許せなかった。


 しばらくすると、悠真様との月視の繋がりが揺らぎ始め、やがて視界は月の薄い光に覆われたように、ゆっくりと途切れた。


(月の女神様、どうが悠真様をお守りください...)


その日、月はもう姿を見せることはなかった。

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