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月視(げっし)の檻から、貴方を見つめることしかできない  作者: 紫陽花


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3/7

兄の影と偽りの幸福



 冷たい塔の窓から見上げる空には、陽の光が増し始めている。しかし、月はまだ空に残り、白くぼんやりと舞っていた。


 私は月に向って美桜様の顔を思い浮かべ「月視」を使った。


 映し出された美桜様の視界は、眩しい光に満ちた朝だったが、「月視」の映像は陽の光を浴びると月の力が弱まるため、どうしても少し霧がかかったように霞んで見えた。


 ちょうど、悠真様と美桜様が車と呼ばれる、奇妙な乗り物に乗り込むところだった。それは、固い金属でできた箱のような外見に、丸い輪が四つついていた。馬も獣も繋がれていないのに、奇妙な音を立てて勝手に動き出す。


 車内は静かであり、悠真様と美桜様は、楽しそうに会話をしていた。美桜様が助手席に座る横で、悠真様はハンドルを握る。二人は他愛のない会話を交わしていたが、しばらくして悠真様が車を停めた。


『兄さん、待たせたな』


 悠真様がそう声をかけると、運転席側の窓に、一人の男性の姿が映り込んだ。


 その男は、悠真様と瓜二つとまではいかないが、どこか面影の残る背の高い姿をしていた。彼は丁寧に仕立てられた異世界の衣類に身を包み、柔和で優しそうな雰囲気を纏っていた。美桜様に向ける笑みも絵に描いたように優しげだった。


 だけど、私には悠真様と同じように切れ長の目の奥が、氷のように冷たく、まったく笑っていないように見えた。


(あの方が、悠真様のお兄様…)


 美桜様の視界が彼を捉えるたび、私の中に言いようのない不安が広がっていく。


 和馬様は後部座席のドアを開け、軽やかに美桜様の真後ろの席に乗り込んだ。お兄様は助手席の美桜様に声をかけた。


『せっかく二人で通勤してるところ、お邪魔してわるいね、美桜ちゃん』

 お兄様はそう爽やかに言ってから、続けた。

『すまないが、昨日話した契約書ができあがっていたら見せてくれないか?移動中に確認しておきたいんだ』


 美桜様は、

『はい、こちらです』

 と小さく答え、助手席から体をひねって、右手に持った薄い契約書を後ろに差し出した。


 兄がそれを丁寧に受け取ろうとした、その瞬間――


 まるで意図的な悪戯のように、兄の小指が美桜様の小指に一瞬、絡みついた。


 美桜様は驚いたように小さく体を震わせたが、すぐに表情を取り繕った。しかし、私はその小さな動きを見逃さなかった。これは、決して偶然ではない。まるで、この親密なやり取りを密かに楽しんでいるかのように行われた、計算された行為に感じられた。


(あの方は、悠真様にとって最も大切なものに、わざと触れたのだわ...)


 悠真様は運転に集中していたため、二人の間の出来事に気づいていないようだった。お兄様は契約書に視線を落としながら、すぐに本題に入った。


『明日からの悠真の海外出張の件だが、期間が延びそうだ。例の海外部門の契約が長引いていてね。予定通り、二週間は戻れないと思ってくれ』


 悠真様は素直に答えたが、その声には微かな落胆が含まれていた。美桜様と離れることを惜しんでいるのが伝わってきた。美桜様が横から心配そうな視線を送る。


『大丈夫だよ、美桜。連絡は毎日するから』

 悠真様は助手席の美桜様へ優しく笑いかける。


 兄はそれを見て、楽しそうに、面白がるような声で笑った。

『頼んだよ、悠真。この二週間は、美桜ちゃんが、早く帰れるように根回ししておくから、ちゃんと連絡してあげてくれよ』


 お兄様は、悠真様と美桜様を応援している様子だった。しかし、直前の指の接触と、彼が弟に対して見せた一瞬の冷たさが、私の脳裏に焼き付いていた。


(お兄様は、悠真様のことをよく思っていないのかしら。それに美桜様への態度も気になるわ。私が見ている悠真様と美桜様の関係は、真実の愛よね...)


 私の心の中で、一瞬よぎった暗い影は消えなかった。この異世界の光景の中に、私が慣れ親しんだ「裏切りの影」が差し込んでいるのではないかと、私は深く疑い始めた。

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