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月視(げっし)の檻から、貴方を見つめることしかできない  作者: 紫陽花


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月が繋ぐ、二つの世界

 私の世界は、光と静寂が支配する「ルナの孤城」、アルゲンタスにあるこの塔の中だ。


 夜空に浮かぶ月は、この高い塔から手を伸ばせば届きそうなほど近く、とても大きく見える。この白銀の光を放つ月こそが、私をこの塔に閉じ込める運命の「檻」であり、同時に外界と繋がる「唯一の窓」だった。



 私は月の女神の「愛し子」セレネとして生まれた。その証として、右胸には三日月の黄色い痣がある。けれど、愛し子として私に与えられた能力「月視げっし」は、私の運命を呪いに変えた。


「月視」とは、想い浮かべた人物の視界を、直接月面に映し出し覗き見ることができる力だ。ただし、顔を知る人物にしか使えず、月が消えている間は能力が使えないという制限もある。


(この力が、私を家族からも世界からも遠ざけてしまった。忌み嫌われる穢れた力だというのなら、なぜ月の女神は、私にこの力を与えたのでしょう)


「愛し子」であるがゆえ、私を殺せば月の女神の呪いを受けるとされている。呪いを恐れ、命は奪われることはなかったが、私は家族によって、この冷たい塔に封じ込めらることになった。


 あれは、私が十四歳の時だった。「月視」の力に目覚めてから、私が目にしたのは、見なければよかったと思うような光景ばかりだった。


 私に優しく接していたはずの父と母。彼らは、お互いに愛人がおり、その愛の裏にある醜い真実を、私は「月視」を通して知ってしまった。彼らが私に向けていた優しさは、「愛し子」としての私の力を見極めるまでの、計算された偽りの愛にすぎなかったのだ。そして、父や母が私にだけ優しくする姿を見ていた兄は、その行為を私への贔屓だと誤解し、私をひどく恨んでいた。


(この家に、愛などどこにもなかった)


 それでも、私の心の奥底には、どこかにあるはずの愛を探し求める渇望が残っていた。

 私は毎晩、月面を唯一の希望として覗き込み、そこにあるはずの愛の光を必死で探した。しかし、映し出されるのはいつも、人間の欲望と裏切りにまみれた、目を背けたくなる醜い欺瞞ばかりだった。その絶望的な真実を目にし続けた結果、私の心は完全に凍りつき、もう疲弊しきっていた。


 そして、「月視」で視た光景は、私の記憶に深く焼き付いた。私は次第に、まるでその場にいたかのように、私が知り得ないはずの些細な出来事や秘密を、ふとした瞬間に当てるようになった。


 家族は私を気味悪がり、私のもとを離れていった。彼らは「愛し子の力だとしても、勝手に頭の中を覗かれている」と騒ぎ立て、私を穢れた怪物として扱った。

 彼らは私を世界から断絶し、この冷たい塔に閉じ込めることにしたのだ。


(この孤独は、この穢れた力を持つ私に、世界が課した運命なのでしょう。この塔の中で、私は世界から忘れ去られてゆく...)



 これ以上、人の醜い本性を見ることに耐えられず、私は長い間、誰のことも想い浮かべようとしなかった。

 

 そして、ここに来てから、とうとう六年という月日が流れた。私の一生はここで終えるのだろうか。

 私はただ月面を見上げ、その孤独な銀色の光の隅で、小さく光る星をじっと見つめていた。


(あの星のように遠い場所まで逃げることができれば...)


 この運命から解き放たれた、幸福な私を強く、切実に想像した。


 その瞬間。


 巨大な月面に、運命の扉が開くように鮮明な映像が映し出された。そこに映し出されたのは、一人の女性の顔だった。


 私は息を呑んだ。

 月面に、私の顔が映っているのだ。


 その顔は心から楽しそうに微笑み、耳元にアクセサリーをつけようとしている。しかし、私の目元にあるはずの小さなホクロが、そこにはなかった。


(違う。これは私ではない...)


 その瞬間、すべてを悟った。それは、私と同じ顔を持つ別の女性の視界であり、彼女が鏡と向かいあっていたためにその姿が月面に映し出されていたのだ。


(同じ顔なのに、どうしてこんなに幸せそうに笑えるの)


 その女性の笑顔は、私の知らない世界を予感させた。孤独な塔に閉じ込められた私に、自分と同じ顔の女性が、光に満ちた人生を生きているという事実が突きつけられたのだ。


 すると、その視界の端、鏡越しの奥に、一人の男性の姿がはっきりと映り込んだ。彼はその女性を後ろから優しく見つめ、幸せそうな笑みを浮かべていた。


 その時、二人の会話が月面から響いてきた。


『美桜、そろそろ行かないと遅れるぞ』

『待って、悠真、あとネックレスだけつけるから』


 彼女たちの会話は、私の知らない言葉だった。しかし、月の女神の力によるものだろうか、その言葉の意味は不思議なほど理解できた。


(知らない言葉、そして見たことのない風景……ここは別の星?)


 その衝撃と、あの幸せそうな光景が、私のすべてを貫く強烈な羨望となり、心を捉えて離さなかった。

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