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8 魔王、リッチになる

 魔王ヴァルナクスがこの部屋に来て、一週間が経った。


 魔王はすっかりニートが板につき、ジャージ姿でゴロゴロとアニメを観る日々を送っていた。師匠――すなわち坂田時男から支給されたジャージの着心地があまりにも良すぎて、風呂に入る時以外、ほぼ脱ぐことはなかった。


「このジャージというものは、実に素晴らしい……元の世界の貴族たちにも着せたいくらいだ」

 などと真顔で呟きながら、リモコン片手に深夜アニメを楽しむ魔王。OP・EDの曲もすぐに覚え、気づけば一緒に口ずさんでいる。そんな時、CMでやたらと派手なエフェクトがかかるスマホゲームの広告が流れた。


「貴様らが創り出した魔法……これはなかなか興味深い……!」


 スマホゲームのガチャ演出に完全に魅了された魔王。特に「今なら100連無料!」の文字を見てしまった以上、これは試さねばなるまいと、スマホの購入を決意する。

 だが、問題があった。


 服がない。


 いや、ジャージはある。しかし、師匠に「このまま出るな」と釘を刺されていた。


「君なぁ……魔王の威厳が泣くぞ。せめてもう少しマシな格好をしろ」


「いや、しかしこのジャージこそ至高……! 異世界に伝えたい……」


「ダメだ。せめてTシャツにジーパンとかにしろ」

 意外と服装に細かい師匠。割と良いところの出らしい。


「ない」


「買え」


「金がない。そうだ、お前の服を着てやる。よこせ、師匠。服がないと外に出られない。服を着ろと言ったのは、師匠だ。だから服を貸せ!」


「くっ、分かったよ。服は貸すよ。貸すだけだよ!」

 痛い所を突かれて折れる師匠。


「服も貸せるなら、金も貸せるだろう、なっ?っていうか、このスーパーイケメンの魔王様がわざわざちんちくりんの師匠の服を着てやるんだ。謝礼を受け取ってやる。だから金を出せ!」

 調子に乗る魔王は、トンデモ理論を展開しだした。


「はぁ!?もう服貸さないよ?裸で行きなよ!」

 魔王のあまりの悪態に怒る師匠。


「えっ…いや、今の冗談だって…ごめん、ごめんよ…謝るからさぁ……だから普通にお金頂戴!!」



 ……



 そんなやり取りを繰り返した挙句、最終的に魔王は「金をくれ」と直球で要求した。


 当然ながら、師匠の説教が始まる。


「君ねぇ、いい加減にしてよ! 居候させてやってるだけでもありがたいと思いなよ! 大体なんで、朝仕事に出て行った時と夕方仕事から帰ってきた時と、全く同じ体勢で居続けられるんだよ! 少しは働け!っていうか、動け!!」


「嫌だ。働かぬ。いや働けぬ。働いたら死ぬ。」


「じゃあ、家賃払え」


「金がない」


「じゃあ働け」


「不可能だ」


 堂々巡り。


 やれやれと師匠がため息をついた時、魔王は「金かねは無いが、金きんならある」とポケットの中から金貨を数枚取り出した。


 カチャン


 テーブルの上に並べられた大量の金貨は、異世界で使われていた本物の金貨だ。


「……いや、多すぎるだろ!」

 師匠がツッコミを入れた。しかし、そもそも金貨が本物の金でできているなら、単純に金の価値だけでも相当な額になる。だが、問題は売る方法だった。


「そのままじゃ売れないからね。異世界のコインなんて怪しまれるに決まってる……」


「では、どうすれば?」


 師匠は少し考え、ポツリと呟いた。


「魔法で純金のインゴットに変えられたら、高く売れるんじゃないか?多分違法だけど……」


「ナイスアイディア!パーフェクトだ、師匠!!」

 魔王は感動したようで、師匠をキラキラした瞳で見つめた。そして違法の部分は聞かなかったことにしている魔王。


 ここ最近、すっかり「師匠」としての信頼を確立してしまった師匠だったが、まさかこんなに魔王にキュンキュンされるとは思っていなかった。


 何ならたまに無意識にBL臭を醸し出してくることに辟易としている。


「いや、別に褒められるようなことじゃないからね……」


 ともかく、魔王は金貨を魔法でインゴットに変換することに成功し、試しに質屋へ向かうこととなった。



……



 魔王と師匠は、街中の質屋を訪れた。店員がインゴットを目にすると、露骨に目を輝かせた。


「これは……本物の純金ですね。50グラムなので……」

 鑑定を終え、提示された額は想像以上のものだった。魔王は満足げに頷く。


 スマホどころか、アニメグッズも、ゲームも、フィギュアも、そして当面の生活費まで余裕で賄える額だった。


(なんだ、この世界。ハードモードなのかと思ったけど、案外チョロいかも……えっ!?)


 魔王はあることに気付く。


(余は今、50グラムの金貨648枚に1キロの延べ棒を50本も持ってる……あっ……これって……イージーモードじゃん……いや、しかしこれは軍資金だ……さ、さすがに使えぬ……。)

 冷静になって考えると、いくら魔王でも個人的な欲望のために軍資金に手をつけるのはマズいと感じ、土壇場で躊躇し始めた。


 その時、師匠が何気なく、かつ魔王の運命を決める決定的な一言を放った。


「しかし、これで魔王も立派なこの世界の住人だね。この世界でスマホ無しは、存在していないのと同然だからね。」


「えっ!? マジか??」


(……元の世界に帰る手段も見当たらない今、この世界でまともに活動できなければ、帰るどころか、生き残ることすらままならないということか……。それはマズい。つまり……軍事的にも意味がある……。)


「ふふふっ。」


(つ、つまりスマホの性能や機能を熟知することも軍事的に意味があるということだ!!)

 この瞬間、魔王ヴァルナクスは、超えてはいけない一線を越えてしまった……


 吹っ切れてしまった魔王の行動は早かった。


「師匠よ! これでスマホを買えるな! 推して参るぞ!!」

 そう叫ぶと、夕陽に向かって走り出した……


 そして50メートルほど走ったところで、行き先が分からないことに気付いて、唖然として元の場所から一歩も動いていない師匠のところに戻る。少し恥ずかしそうだった。


「恥ずかしいから、街中でいきなり走ったり、大きな声を出さないでよ……行き先も分からないくせに……」


「さーせんした……」



 ……



 こうして魔王はついにスマホを手に入れたのである。


 帰宅後、魔王はニヤニヤしながら師匠に告げた。


「師匠よ、余はこの世界の富を得た。だが、家賃は払えぬ。」


「は?」


「これは余からの褒美じゃ! 礼はいらんぞ。ありがたく受け取っておけ。」

 そう言うと、少し照れくさそうにしながら、2万円を師匠に渡した。


(……ウザい……。でも何か嬉しい。)

 師匠は苦笑しながらも、


「まぁ、魔王のお金の心配がなくなっただけ少しはマシか……」

 師匠も照れくさそうにしながら、2万円を受け取った。



 魔王、ついに軍資金を溶かす……



 続く…。

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