7 魔王、アニメを作る
魔王は、運命的に出会った究極的に都合のいい男でしかも元アニメーターでもある「坂田時男」を半ば強制的に師匠に迎えることに成功した。
こうして自身を題材にしたアニメ制作は幕を開けたのである。
……
まず最初に、アニメの最も基本である『作画』…つまりお絵かきを始めることにした魔王。
「戦争ばかりしておったから、絵など描いた事はないが、余のことだ。ハリウッドの作画監督も裸足で逃げ出すほどの傑作をお見せしよう!」
根拠のない自信を満々にして筆を取った…
(ハリウッド…?だったらアメリカ行けばいいのに……)
数分後……
魔王は、激しく紙の上で筆を踊らせている。それはまるで舞踏会のダンスのように優雅なものだった……
「よしっ!完成だ!刮目せよ!!」
魔王は、勢いよく師匠に絵を見せつけた。
「えーっと……これは……馬?」
魔王の描いた子供の落書きのような絵を見て困惑する師匠。
「いや鹿だ!どう見ても鹿だろう!目玉付いてんのか、コラ!!」
自信満々で描いた絵を馬鹿にされて大層ご立腹な魔王。
「こんな下手くそな絵で分かるか!」
師匠は、元アニメーターだけあって、作画にはこだわりがあるらしく、割と厳しめに対応する。
「いや!全然違うでしょう!ホラ、このツノ…んっ、あれっ、いや、んー、耳か?…えー…コレは何なのだ、師匠?」
ご立腹な魔王は、絵の説明をしようとしたものの、自分の絵があまりに芸術的過ぎて、自分の理解を超えてしまったため、思わず師匠に説明を求めてしまう……。
「あんたが描いたんだろ!知るか!!」
魔王は、窓の外の景色をしばらく穏やかに眺めた。そしてこう言った。
「…よし、ストーリーでも書こうかな…」
……
気を取り戻して、今度は脚本にチャレンジしてみる魔王。
「余はこの500年間、貴様ら人間如きでは凡そ味わうことの出来ない貴重な経験を数多くしてきた!さらに余は稀代の大戦略家としても名を馳せておったのだ。この余が書く脚本など、書く前から傑作に決まっておろう!!既に賞レース総なめだな!ぬはっはっはっ!!」
魔王は、堂々とフラグを立てた…
……
「何これ?」
師匠の手が小刻みに震えている。
「どうだ、素晴らしいだろ!余の伝記のようなものだ。まぁ、ほんのさわりだがな!さすがの師匠でも面白すぎて言葉もないか!?あはっはっはっ!!権利はやらんぞ!」
フラグの強化に余念のない魔王。
「いや、逆だよ。内容が単純で浅い割に15,000話予定とか長すぎだよ!何年やるつもりなの!?」
「えっ、300年くらいかな。短いか?」
「長過ぎに決まってんでしょ!この世界の人間って大体長くても100年くらいで死ぬのよ…誰もエンディング見れないから!!」
「うわっ、寿命短っ!!」
「ムッ……あとさぁ、基本的なところだけど、深刻なくらい誤字脱字が多いよ。一回くらい自分で確認した?」
不真面目で態度の悪い魔王に師匠は、かなりの苛つきを感じたが、気を取り直して脚本の指摘を行った。
「えっ、するわけないじゃん。面倒くさい…」
少年のような真っ直ぐな瞳でサラリと答える魔王。
「マジで魔王だな…」
呆れて呟く師匠。
「そのとぉーり!」
魔王はニコニコしながら答えた。
(ブチッ)
師匠の何かがキレた。
「一回ぐらい目を通しなさいよ!もう見ないよ、いいの!?」
「うっ…た、確かに…師匠、すんません…」
ペコッと頭を下げると、おもむろに自分の書いた脚本を読み出した…。
…
数行読んだ後、魔王は再び遠くの景色を眺めた……
そして深いため息をついた後、哀愁たっぷりの顔でこう言った。
「ごめん、こんなの読ませて…」
そして少し俯くと、「余って、実は無能じゃね?」と、小さく震える声で呟いた…。
落ち込んだ魔王を気の毒に思った師匠は、運営の仕事を提案する。
「アニメって、直接作るだけが仕事じゃないからね。進行や営業とかもあるし、とっても大事な仕事だよ!ど、どうかな??」
何とか励まそうとする師匠に、魔王は深いため息をつきながら首を振る。
「ふぅ~、分かってないなぁ、師匠。冷静に考えたら余って、魔王じゃん。当然、魔王が労働するとかプライドが許さないんだよねぇ〜。だからそもそも無理だったわ。無理、無理。仕方ないなぁ……何か良い案ない?」
師匠は、一瞬怒りがこみ上げてきたが、すぐさま深い虚無を感じ、一言こう言った。
「……終わった…」
…
沈黙の中、重苦しい空気が部屋を漂っている。
その時——テレビが突然ついた。
「ん?」
ちょうど土曜の夕方だった。視聴予約していた『ヒ○アカ』が始まった。
「と、とりあえず観るか…」
早速、現実逃避する魔王。
「…そだね……っていうか、続きからだけど大丈夫なの?」
「問題ないっ!余を舐めてもらっては困るぞ、師匠。すでに漫喫で最新話まで一気見しておるわ」
「魔王って、作る才能は無いけど、見る才能はあるんだね……」
師匠は、呆れた顔で魔王を皮肉った。
「お褒めに預かり光栄だ!さすが余の師匠だけのことはある。余の良いところをしっかりと見てくれている。」
満面の笑みで感謝しており、自分がディスられていることには全く気付いていない様子。
そしてそのままコ○ンも観る。コ○ンは初見だったが、既に灰○哀を脳内にお気に入りに登録した模様で、禍々しいオーラを発しながら、存分に楽しんでいる。そしてAパートの扉が閉まった後、魔王は、勇者と対峙した時よりも真剣な表情で師匠に問いかけた。
「師匠よ……余は、貴殿に問う」
「(ゴクリ)な、なんだい……?」
あまりの真剣な面持ちに師匠にも緊張が走る。
「コ○ンは、どれくらい話数があるのだ。これはどハマりだぞ!余はコ○ンの全てが知りたい!!」
初見のAパートだけでここまでどハマりできるのだから、見る才能があるとしか思えない魔王。
「コ○ンの一気見は、余のこれまでの人生における最大のチャレンジになるかも知れん……」
随分中身の薄い500年間を過ごしてきたらしい……。
「確かに……これはエベレストに登るのと同じようなことだからね…全力で応援するよ!」
後日、魔王は、その超高性能な頭脳を最大限駆使し、アニメ界の2大名峰であるコ○ンとワ○ピースのノンストップ同時一気視聴という空前絶後の偉業に挑むことになるが、この時の魔王はまだ知らない……というか、まだワンピースの存在を知らない。
そしてコ○ンを見終わった頃には、魔王のアニメ制作への情熱も、失敗の落ち込みも、すっかり消えていた。そこには、巨大でドス黒いアニメの視聴への愛だけが残っていた。
「今期、土曜日夜熱いんだよねぇ〜9時までに全部の用事を終わらせておかないと!」
そして追い打ちをかける師匠。
「なんと……既に余は、熱すぎで血液が沸騰しておるぞ……」
どういう原理かは魔王自身も分かっていないが、興奮しすぎて、本当に血液が沸騰しており、身体中から蒸気が噴き上がっている。
「だ、大丈夫……?」
あまりの異様な光景に師匠は狼狽する。
「……大丈夫も何も……アニメを見るまで死ねるわけないだろう!アニメを見るってことは、いつだって命懸けだ!!」
さらにテンションを上がったのか、既に身体が発火し始めている。
(普通はそんなことはないだけどね……普通は……)
エ○デヴァーみたいに全身から炎が出ている魔王を見て、師匠は、早々に魔王を家に招き入れたことを後悔し始めていた。
こうして魔王のこの世界での方向性を決定付けた一日の夜が更けていったのである。
……
——そして、一週間後。
そこには、かつて魔王と呼ばれた物体が、怠惰で禍々しいオーラを放ちながらポテチを小脇に抱えて、ソファに横たわっていた……
魔王、ニートになる。
続く…。