4 魔王、身バレする
目が覚めると、魔王ヴァルナクスは見知らぬ天井を見つめていた。
どこか薄暗く、狭い空間。古びた柱や壁はあるものの、部屋の掃除は行き届いており、どことなく落ち着く雰囲気がある。お世辞にも新しい部屋とは言いがたいが、この世界に来てから不眠不休だった魔王の肉体には、十分に快適な空間だった。
(確か……)
魔王はぼんやりと眠る前の出来事を思い出そうとする。
(余は……何をやっていたのだ?)
額を押さえながら起き上がろうとすると、隣の部屋から聞き覚えのある男の声がした。
「お、やっと起きたかい?」
魔王が声の方を向くと、そこにはあの男――コミケで出会い、幾度となく助けてもらった男が立っていた。どうやらこの古びた部屋は彼の部屋らしい。
魔王は安堵と困惑を感じながら、彼の方を向き、感謝を述べた。
「見ず知らずの余を、一度ならず三度も救ってくれたこと、実に天晴れである。何か褒美を与えよう。何なりと申せ。」
男は魔王の言葉に首を傾げた。
「褒美って……別にいいよ。何かあのままだと、君、捕まっちゃいそうな気がしたし……それに聞きたいこともあったし。とにかく元気になって良かったよ。公園で寝ちゃった時は正直焦ったよ!甲冑着ている人をここまで運んでくるのはとっても大変だったよ!ははっ」
男は、口では「大変だ」というものの、その口ぶりはどこか穏やかで楽しんでいるように感じられた。
「な、何!? 余が外で居眠りをしただと? そんなバカな……いや、んーーーー……」
魔王にとって、人前で居眠りすることなど、あってはならない醜態である。魔王は、大いに困惑したが、まずは、転移させられてから今までの出来事を思い返してみることにした…。
思えば、勇者アルデンとの対決中に巨大なワームホールに飲み込まれ、この世界に転移してから、激闘の傷も癒えぬまま、不眠不休でアニメを観て、挙げ句興奮してアニメの制作会社に突っ込んでいった……。
「そうか…確か 1週間ほど、食事も睡眠もとっていなかったからな……その状況であれば、あり得るかもしれん……いやむしろ良くやった方か……さすが余だな!」
思い返すと随分ハードなスケジュールだった魔王は、うんうんと頷き、時に自分を褒めながら、勝手に納得した様子である。
「まあ、とにかく貴殿の協力に感謝する! して、褒美は何が良い?」
「……まぁ、確かに……なんかよく分かんないけど、大変だったんだね…褒美とか、そんなに畏まらなくてもいいから、もう少しゆっくりしてなよ。」
男は少し驚いた後、魔王を労うように微笑んだ。しかしーー
「……貴様……この魔王ヴァルナクスが、ありがたくも二度、貴様に褒美をやろうといっているのに、無視するとは何事だ! 灰燼に帰してやろうか!!」
魔王は、質問に答えない奴が大嫌いなのである。男は、事もあろうに2度も魔王の問いを無視した。これは心の狭い魔王にとって最大級の侮辱であり、激昂した魔王は、身体から漆黒のオーラを溢れ出させ、臨戦態勢をとる。
オワッオワッ!!
そして鳴り響く緊急地震速報のアラート…。
「えっ! 何々!? ちょっ、ちょっと待ってよ! ひょっとして、これ君の力!?」
男は、魔王の豹変ぶりに度肝を抜かれている様子。
「無論だ…手負いとはいえ、この魔王ヴァルナクスの力、侮ってくれるなよ!!」
魔王の周囲にさらに黒紫のオーラが立ち上る。空間が震え、床がきしむほどの魔力が渦巻く。
その光景を見た男は……
「す、すごい!! マジかよ!!! 君って、まさか本物の魔王なの!?」
と、興奮しながら魔王の手を掴み、目を輝かせて食いついてきた。魔王は、ついに身バレした……別に隠して無かったけど……。
「え、まあ、そうだな……えーっと、よ、余は魔王ヴァルナクス。ガルナド随一の魔法戦士にして…魔族を統べるアドアルスの王である……。」
あまりの男の食いつきように引き気味な魔王。得意の名乗りもしどろもどろになってしまった。
「つまり、異世界人ってことだよね? ねえ、どうやってこの世界に来たの?」
「えーっと、勇者と戦ってたら、いきなりワームホールが出来て……。」
「うわぁ~、凄い!ねぇねぇ、それって異世界転移ってやつだよね!? いやぁ~、変だと思ったんだよぉ〜、初めて会った時から『こんな奴いるか』って!! うわぁ〜、マジであるんだ異世界転移……ううっ……生きててよかった。ありがとう……」
そして、まさかの大号泣…。
思ったのと違うリアクションをされて、魔王は目を丸くする。
「あぁ、お礼だよね。本物の異世界転移者が僕の家にいるなんて、それだけで最高のご褒美だよ。もう十分過ぎるよ…ありがとう……」
「……え? そんなんでいいのか…?」
この世界に来てから世話になりっぱなしなので、何か申し訳ない気になってしまう魔王。
「こっち『いい』って言ってんだから、もういいでしょ!!」
むしろ逆ギレ気味に断られる魔王。
「えっ、すまん……でもぉ……」
男の勢いに押され、なんとなく謝ってしまう魔王。すでに立場は逆転している模様。
「君もしつこいね!知ってる?しつこいと女性にモテないよ!いい加減にしないと怒るよ!!」
男は、いつまでも食い下がる魔王に少しイラついたのか、男子なら誰もが怯むパワーワード「女性にモテない」をぶち込んできた。
「えっ!?そうなの…?ご、ごめんなさい…もう言いいません……」
世話になったので「褒美をあげる」と言ったら、「いらない」と逆ギレされて、挙げ句「モテない」と言われてしまい、すっかり意気消沈な魔王。
そして案外モテたいらしい500歳独身、職業元魔王……。
魔王、身バレするもあっさり受け入れられる……
続く…。