18 魔王、元の世界を語る(その2)
「昔はマジで凄かったんだね、魔王。」
そろそろ師匠に悪意を感じ始めている魔王。しかし、めげずに自慢話を続ける。
「そうだとも! それまでの魔王は、武力一辺倒の王ばかりだったから、中々統一できなかった。歴代最強とうたわれた先王ですら、統一に1500年もかかったんだ。だがしかし!」
魔王は、興が乗ってきたのか、遠くを見つめながら拳を振り上げた。
「余は、その先王を凌ぐ実力を持ちながらも、無闇に武力に訴えることなく、飴と鞭を巧みに使った外交により、魔界の統一を図ったのだ。それによって戦争は大幅に減り、人心を掌握し、国力も温存することができた。その結果、わずか300年という短期間で再統一を成し遂げたのだ! 他にも余の功績は数えきれんぞ!」
感極まったのか、道端で天を仰ぎながら大声で叫ぶ魔王。
「今とのギャップがありすぎて、にわかに信じられないけど……ほんとに名君だったんだね。声のボリュームが調整できたら、なお良かったんだけどね。」
「おうおう、そうかそうか! 師匠もやっと余の偉大さが分かったか! はっはっはっはっ!!」
都合の悪いことは聞き流して、自信満々に高笑いする魔王に、ちょっとイラッとする師匠。
「でもほんとかなぁ〜? にわかに信じがたいよ……少し盛ってない??」
師匠は魔王が調子に乗っているので、少し嫌味な質問をした。
「えっ!!」
やはり盛っていたらしい。魔王は分かりやすく狼狽している。
「ここで言った方が楽になるよ……さぁ。」
ベテラン刑事のように自然に自白を促す師匠。
「し、師匠には敵わんな……」
もう少し粘ったらカツ丼が出てきたであろうに……まだまだ日本文化に対する見識が甘い魔王。
「じ、実は統一にかかった期間は……302年と24日でした……盛ってすみませんでした!」
「……細かっ! そんなの盛った内に入らないよ、ハハハ!」
魔王らしいと言えば魔王らしい盛り方に、思わず笑ってしまう師匠。
「で、でもこの世界のアイドルが、歳を2年くらい誤魔化しただけで大炎上するじゃん……」
意外と芸能ニュースをチェックしている魔王。
「確かに……」
案外鋭い指摘を受けて、妙に納得してしまう師匠。
「まあ、僕はあんまりそういうの気にしないからね。もちろん魔王のことについてもね!」
「なっ……なんと心の広いこと……さすが我が師匠! まさに賢者! その器量、山よりも大きいやも知れぬ……」
魔王の師匠への尊敬心が一段と高まった。
アイドルの年齢サバ読みに寛容なだけで、勝手に賢者扱いされてしまう。
「いや、賢者なんて……僕はそんな大層なもんじゃないよ。」
「な、なんということだ……け、謙虚すぎる……古の大賢者ガウロに勝るとも劣らぬ大器じゃ……」
どんどん評価が上がってしまう師匠。多分今なら「いちご」とか言っても称賛されそうである。
師匠は、神様にされる前に話題を変えることにした。
「と、ところで、魔王は魔王やってて何が一番大変だったの?」
「大変だったことかぁ……武力で屈服させず、講和や同盟などの話し合いで魔族をまとめたもんだから、みんな中々いうことを聞かなくてね……。気を遣いすぎて、胃潰瘍になって666回も倒れたほどだぞ。」
「あ、悪魔の数字……さすが魔王。でもそんなに倒れて大丈夫なの?」
「ふふふっ。実は余、魔法の発明家としても有名でな。ストレス性の胃痛に効く回復魔法を開発して、世界中の王族から賞賛されたこともあるんだ。胃がスゥーッとして気持ちいいってね。」
自慢げに語る魔王。
「どこの世界もストレスフルなんだね……それにしても666回はヤバいね。」
「うん……実は余、この世界に来るまで、その魔法の依存症だったんだよね。スゥーッってのが病みつきで……日に少なくとも30回はやっていたわ……辛い……グスッ。」
魔王は元の世界の苦労を思い出したのか、目が潤み、真っ赤に充血している。
「辛かったんだね……可哀想に……グスッ」
魔王の表情を見たら、師匠まで涙腺が熱くなってきた。
「い、嫌だなぁ〜、そんなことないよ……」
師匠の優しさに感激しつつも、魔王の身体は禁断の快楽を思い出し始めていた。
「で、でもやらないと手が震えてくるんだよね……あー、参ったなぁ……話してたら、久しぶりにやってみたくなってきたなぁ……ほら、こんな感じに震えてくんのよ……」
魔王は、瞳孔が完全に開き切った目で、震える右手を見せてくる。
「ちょっ、ちょっとだけなら大丈夫だよな?」
「うわぁ……」
師匠がドン引きしているのを見て、魔王は笑い出す。
「はははっ、冗談だよ。まあ、この世界に来て、師匠と出会って、すっかり魔法依存から脱却することができたけどね。師匠には本当に感謝しているよ。そして何より、ロジータちゃんのおかげだよ……今の発作だって、転サキュの第1期11話のBパートでロジータちゃんが『薬物は絶対ダメ』って言ってたのを思い出して、なんとか耐えられているんだ……」
「確かに! ロジータちゃんには、感謝だ……感謝しかないね!」
信者の二人は、澄んだ瞳で見つめ合い、穏やかに頷いた。
「でも実際、穏やかに生きているのは魔王自身だから、魔王が頑張ったってことじゃない?」
「それな! 確かにそうだな……さすが余だ! やっぱり余は偉大だな。」
(んっ? こいつ何か頑張ってるか……?)
褒めてはみたものの、すぐに調子に乗る魔王を見て、どこか釈然としない師匠。
「それで、魔族ってどんな感じなの? やっぱり荒くれ者ばかりなの?」
「みんなそう言うんだよね。でも魔族って悪者扱いされてるけど、まあ実際はそんなことない。話してみると案外いいやつが多いぞ。ただ、人間から見たら悪者っぽく見えるだけ……いや、平気で人殺したりする奴もたまにいるし……いや、結構いるし……いや、ほとんどか……ぶっちゃけ、魔族はかなり悪い奴らばかりだったわ……」
「そこ認めるんだ? 魔王なのに……」
「今まで当たり前に接してきたから、あまり考えていなかったけど、あいつらマジでヤバいよ……こっちが優しくすると、弱いと思われて気軽に殺しにくるし、厳しくするとキレて反乱を起こすんだ。そして普通にしてると『面白くない奴』とか言って、勇者に味方して殺しにくる……」
「どう転んでも殺しにかかってるんだね……」
師匠の冷静なツッコミに、魔王は「まあ……その結果が胃潰瘍666回ということだよ……」と苦笑いする。
「で、勇者って? いるんでしょ、勇者。この世界に転移されたのも、勇者と戦ってた時だって言ってたし。」
「ああ、もちろんいるよ。というか沢山いるんだ。」
「沢山?」
「そう。実はあいつらは『勇者』っていう種族なんだ。人類が対魔族用に作った人型兵器みたいなもんで、スペックは魔人族に近いけど、寿命は500年くらいで凄く短い。」
「種族としての勇者ってこと?」
「そう。だから割といっぱいいるよ。老若男女含めたら、3,000人くらいいるはずだよ。そんでもって、勇者たちは成人すると、とにかく魔族を襲ってくるんだ。あれは趣味感覚だよ……マジでヒャッハーな奴らで、本当に迷惑だったよ……」
「それって、つまり勇者は、魔族と対立するように設計されてるってこと?」
「まあ、そうなるね……」
「めちゃくちゃ業が深い設定だね……」
魔王は師匠のリアクションを見て、「確かに……連中も大変なのかも知れんな……よく知らんが、ノルマがあるらしく、魔族を倒さないと人権がないって聞いたことあるな……」としみじみ思った。
魔王、過去をベラベラ喋る(その2)
続く…。