13 魔王、魔王に会いに行く。
「魔王、廃課金者に転職」
その事実が発覚した瞬間、師匠の怒号が家中に響き渡った。
「あんた、ソシャゲに3日で500万使うとか、馬鹿じゃないの!?」
「いいじゃないか!余の金だ!」
「問題はそこじゃないの!アンタがどんどん堕落してることが問題なんだよ!!」
師匠はため息をつきながら、ソファにどかっと腰を下ろした。
「はぁ…初めてウチに来た時はさ、『うわぁ、異世界の魔王と同居だ!』ってワクワクしたのに…なんかもう今、失望しかないよ……渋谷の魔王は働いてるぞ!」
「渋谷の魔王?藤⚪︎晋のことか?まぁ、確かに彼は多くの者を沼らせているからな……かく言う余も……ああ、でも余は感謝しているぞ。むしろ神だと思っておる」
「ち、違うよ!てか、魔王じゃないし!こっちの魔王だよ!」
そう言いながら、師匠はタブレットを手に取り、あるアニメを再生した。
「ほら!『○く魔王様』ってアニメ!これが理想の魔王像だよ!」
魔王は興味深そうに画面を覗き込み、次第に夢中になっていく。
「ほう…このアニメ、なかなか面白いな。異世界の魔王が働く話とは…」
「でしょ!?だから魔王も働いてみたら?」
しかし魔王はふっと顔を背けると、腕を組んで首を振った。
「た、確かに面白いよ……それは認めるよ。でもそれはお話としてであって、実際の魔王はこんなんじゃないからね………だって、魔王は働いちゃいけないんだから!!」
「それはあなたの意見でしょ…?」
暴論を吐き続ける魔王にウンザリ気味の師匠が冷たく窘める。
「いや、これは全宇宙の法則ですからねー!それに異世界に可愛い女勇者とかもいねーから!そもそも、余は金があるし…!」
美人な女勇者がいる世界観は単純に羨ましいだけらしい。
「屁理屈こねてないで、働けー!!」
師匠の叫びもむなしく、魔王はその場から退散することにした。
「ふん…家の空気が重いな。せっかくの快適空間が台無しでは無いか。!それもこれもみんな、あの渋谷のバイトしている魔王のせいだ……うむ…ならば、余は魔王に会いに行くとしよう。あって魔王の何たるかを再教育してやる!!」
魔王は、「魔王による魔王の再教育」という名の「聖地巡礼」のため、渋谷区笹塚へ向かうことを決意した。
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昼間の空を飛ぶのは、師匠から「バレるからやめろ」と言われていたので、電車を使うことにした魔王。しかし、現代文明に慣れていない彼にとって、鉄道網はまさに魔界の迷宮だった。
「スマホを忘れたのが痛いな…」
まず阿佐ヶ谷駅で「笹塚行きがないだと…?」と困惑。
「いや、おかしい…これは何かの暗号か?…まさか、結界…?」
キョロキョロとまわりを確認ていると、急にハッとする。
「み、見ているのか、笹塚の魔王!?」
見ていない。と言うか、路線図をちゃんと見れてない。
しばらく右往左往した後、仕方なく駅員に聞いてみると、「中央線で新宿に行き、そこから京王線に乗る」と教えられた。
「ふむ、試練か……ならば受けて立とう!」
意気込んだものの、中央線の満員電車は魔王の想像を超えていた。
「むむっ!こ、これは拷問ではないか!?この世界の住人は、こんな拷問を毎日仕事という拷問の前にやっているのか!?まだまだこの世界、底が見えんな…。」
満員電車という拷問に耐えつつ、この世界に戦慄していた。
「うわっ、おっさんの頭皮、臭っ!!」
さらに加齢臭で大ダメージ…。
身動きが取れないまま新宿駅へ到着。魔王は、既に対勇者戦の時よりも消耗していたが、ここでさらなる試練が待っていた。
「京王線…どこだ?…どこにある!?駅が、上級ダンジョンのように広すぎる…!そして激流のような人の流れ…!な、流される〜!」
気付くと改札あたりまで流されていた…。
「お、こんなところに電車に乗るゲートがある。よし、ここから乗ろう…。えーっと、笹塚、笹塚……えっ、ば、バカな!み、南阿佐ヶ谷だと!?余が激流に流されている間に、駅が分裂している……。」
そこは丸の内線の改札だった。
慌てて駅員に問いただしたら、「違う路線です。」と言われた…。
「……。」
再び恥をかく魔王。
その後、恥をしのんで、4度も駅員に道を尋ね、ようやく京王線へ。
そして、阿佐ヶ谷を出発してから、2時間以上の時間をかけて、ついに目的地・笹塚へ到着した。
……
聖地巡礼!いやが上にも高まる期待。
「ついに来たぞ…!」
駅前には、そこそこ活気のある商店街があり、感じの良い店が立ち並んでいる。特にボウリングなる球転がしには興味津々だった……しかし魔王の目的はそこにはなかった。
目的はただ一つ。働いている魔王を確認する事である。そして「魔王のくせに労働するな!」と説教するためだった…。
(ついでにサインも欲しいなぁ…)
所詮ミーハーな底辺魔王は、興奮しながら周囲を見回した。アニメに登場した場所が目の前に広がる。しかし…
「…あれ?マ⚪︎クがない?は、働いている魔王は何処に…」
アニメで魔王が働いていた某ファストフード店がない。
○ッテリアがあったので、「ひょっとしてコッチの方かな…?原作改変はいかんよ〜。もしそうだったら、余の業火で炎上させるぞぉ〜。」と入ってみたが、やはり働いている魔王はいなかった…。
「何だよ、魔王のくせに…少しは働けよ…。」
誰が誰にものを言っているんだ、とツッコミたくなるような発言をするクズニート魔王。
そしてファーストフードの⚪︎ックの代わりに見つけたのは、同じ名前の洋食店だった。
「ハンバーグ食べたいなぁ。」
美味しそうな感じがしたが、営業時間外だった…。笹塚に来るまでに2時間以上掛かったのが痛かった……。
…結局、この日、働かない魔王は、働く魔王を見つけることができなかった…。
「これはどういうことだ…?ここは余が知っている笹塚ではない……。働く魔王がいない笹塚なんて存在する意味がないな……」
笹塚のことを何も知らないくせに…。
未だにアニメと現実の区別がつかない魔王は、安易に今日知ったばかりの住みたい街ランキングの上位に名を連ねるこの街の存在価値を全否定した。
しかし、この時魔王は、まだ幡ヶ谷駅の存在を知らなかった……。
「…ふむ、まぁ仕方あるまい……。」
あまりの落胆に、魔王はこの世界に来て初めて、飲みたい気分になった。
そこで一人でも入りやすそうな居酒屋へ入ることにした。
……
「さて、ここが人間界の酒場か…!」
メニューを見渡す魔王。だが、彼には一つの問題があった…。
「うむ…飲みたい気分だと言ってはみたものの……酒は嫌いじゃないけど、強くはない…だがコレも経験。せっかくだしな……」
とは言っても、この世界の酒は、何がどんな味なのかさっぱり分からない。仕方なく周囲を観察してみると、客が皆「とりあえずビール」と言っていた。
(そうか、この世界では『とりあえずビール』なるものを頼むのだな…よし!)
覚悟を決めた魔王は、店員を呼び、こう叫んだ。
「とりあえずビール!」
しばらくすると泡の出る黄色い飲み物がきた。
(これが『とりあえずビール』なるものか…パイナップルジュースのお酒なのかなぁ……なんか美味そうだな。)
「では、いただくぞ…」
ごくっ…。
「…ぐぇっ!な、なんだこの苦味は!?『とりあえずビール』って苦いのか!?」
魔王、ビール撃沈。実は魔王は甘党で、苦いものが苦手なお子ちゃま舌なのである。
「くっ…安易に定番のものを頼んだのが失敗だったか…!」
そこで、次に目についたのが午後7時まで値下げされている「レモンサワー」。魔王は生粋のケチである……
「ふむ…柑橘系か。まぁ、甘いものではないが…これなら飲めるかもしれん。」
レモンサワーが届くと、おそるおそる口をつける。
「…!?な、なんだこのシュワシュワは!?炭酸の刺激と、爽やかな酸味…意外と悪くない…!」
魔王、レモンサワーをお気に召した模様。お腹も空いていたので、何か注文することにした。
(果たして、何を注文すべきか?)
再び、魔王はジロジロと周りの席を見渡した。すると隣の席の客が、コロコロとした小さい揚げ物を美味しそうに食べていた。
「隣の席の揚げたコロコロしたやつを頂こう。あとあっちの席のやつもだ。」
なんだかよく分からなかったが、周りの客が美味しそうに食べている料理を適当に指を差して注文した。
最初に来たのは、「軟骨の唐揚げ」。
「…うむ、中々、スパイシーでコリコリしてて美味い。だがちょっと塩っぱいなぁ。」
そう言って、レモンサワーを口にした。その瞬間、レモンサワーの酸味と炭酸が口の中をまろやかにかつサッパリとさせた。
「な、なんなだ、この組み合わせは!レモンサワーと軟骨唐揚げ……これは奇跡のマリアージュではないか!!」
魔王、初めての居酒屋グルメに感動。
「余は、今ここに、新たな喜びを知った...!笹塚に魔王はいなかったが、レモンサワーと軟骨の唐揚げがいた!!」
すっかり上機嫌になり、楽しく飲んでいたその時だった。
「おい!なにしやがる!!」
店の奥から怒号が聞こえた。
魔王は目を細め、興味深げに声の方へ目を向ける。
「…ふむ、どうやら騒ぎが起こっているようだな。」
魔王、魔王に出会えなかったが、レモンサワーに出会う…。
続く。