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12 魔王、コンビニを知る

「い、市場じゃ……まるで王都最大の市場ドルーカスが小さな建物の中に押し込められているようだ……否、これは銀河じゃ!夜空に光り輝く無数の商品という名の星々が、所せましと散りばめられているのだ!!」

 コンビニの圧倒的な物量に驚嘆した魔王は、思わず入口で腰を抜かした。


「……」

 その光景を見たやる気のない店員・田嶋は、瞬時にヤバい客が来たことを察知し、店の奥へと静かに消えていった……


「何という絶景だ……国の者たちにもみせてやりたかった……ううっ」

 魔王の目からは一筋の涙が流れていた。


 実は魔王の世界は、大地の大半が何かしらの毒や呪いを帯びているので、物質的にあまり豊かではなく、慢性的な貧困状態で各国の最重要課題は、常に食糧の確保だった。


 また意外なことに魔王は、元の世界では民想いの名君だったので、気前よく部下に褒美をあげたり、難渋している民衆に積極的に食料を施していた。

 このため自身の生活はかなり質素で、贅沢する余裕など一切なく、庶民とあまり変わらない生活をしていた。飢饉の時は、魔王自身でさえ、食事に事欠く時もあった。


 時折「贅沢したいなぁ」なんて思うこともあったが、「質素倹約・質実剛健」が家訓の魔王家に生まれたため、我慢こそが魔王として当然の振る舞いだと、幼いころから言い聞かされてきた。そのため多くの欲望を長い年月、心の奥底に押しとどめていた。


 しかし異世界に転移したことで、魔王として重圧もなくなり、アニメやソシャゲという強烈な刺激が、魔王の脳細胞と精神を著しく麻痺させた。

 その結果、魔王の欲望500年分という名のロケットの封印はすでに解かれ、今や遅しと発射命令を待つのみであった。しかもこのロケットは、軍資金という名の大量の燃料を積んでいるため、どこまでも高く飛ぶことが可能である。

 そして今まさに「課金」という発射スイッチが押されようとしていた。


 ……


 魔王は、悠然と店内を一通り見回した。誰もいないカウンターに立つと、魔王は、「御用がございましたら鳴らしてください」ベルを高速連打した。

 流石に耐えられなくなったやる気のない店員日本代表の田嶋が面倒臭そうに店の奥から出てきた。


「ご用件は何すか?」

 気怠そうに答える店員・田嶋。


「店員よ、課金カードとはどれじゃ?」


 魔王は、一通り見てみたものの、課金カードがどれか分からなかったのだ……


「あ、ハイ。こちらです」

 店員・田嶋が、魔王の真後ろにある陳列棚を指さした。


「うむ、これか……」

 物憂げに課金カードを見つめる魔王。そしてーー。


「全部……」

 魔王はかすれるような小さな声で呟いた。


「はい?」

 聞き直す店員・田嶋。


「この店にある課金カードはぁ、すべて余が買い占めるぅ!!」

 テンションが上がり過ぎて、自分でもビックリする位大きな声が出てしまった魔王。


 この瞬間、魔王の中の欲望という名のロケットの発射スイッチが押されたのである。そしてロケットは、「沼」と呼ばれる銀河の中心にある、大質量ブラックホールへと旅立ったのである……


(あああああああああ……や、ヤバい……!!)

 魔王は、500年間抑圧してきた欲望を解き放ってしまった結果、小刻みに震えながら放心状態になっていた。


「お、お会計は以上で宜しいでしょうか?」

あまりに異様なので、早く帰って欲しい店員・田嶋は、会計を急かす。


「ちょ、ちょっ待てよ!まだ注文終わってないでしょうがよぉ!!」

 店員・田嶋の言葉に店の外まで聞こえるほど大きな声を出してしまう魔王。既に正気の沙汰ではない。


「あ、後ねぇ……アレとぉ……アレとぉ……」

 魔王は、よだれを垂らし、不気味な笑みを浮かべながら、次々と商品を指さしていった……


……


「あれ……?余は一体……!?」

 気がつくと、アパートの前に立っていた。そして両手には、商品でパンパンになったビニール袋を何個も抱えていた。

 正気を失った魔王は、課金カードだけでなく、欲望の赴くままに漫画やスイーツ、ジュースなどを片っ端から買い漁っていた。


「いかんいかん……ポテチを買いそびれておる……」

 意識は戻ったものの、正気は失ったままだった……


「しかし、買い過ぎたなぁ……こんなに買ったことが師匠にバレると小言を言われそうだな……とりあえず……」

 魔王は、とりあえず課金カードとブラックの缶コーヒー1本以外を収納魔法で亜空間にぶち込むと、何事もなかったかのように部屋に戻っていった。


「ただいまー、とりあえず買えたわ。あと師匠の好きなブラックコーヒー買ってやったぞ!気が利くだろ、感謝しろ!!」

 缶コーヒーは勝手にクレカを使ったことへの詫びの印だったらしいが、態度が魔王なので師匠はそのことに気付くことはなかった……


「あ、ありがとう。でも夜だから明日頂くよ」


「えっ?余がわざわざ買ってきてやったんだぞ。ありがたがりながら、今飲めよ。すぐ飲めよ、飲み干せよ……」

 魔王は、傲慢の限りに師匠を詰めてくる。


「ご、ゴメンね。でもコーヒーを夜飲むと寝れなくなっちゃうからね。あと、貰っておいて言うの何だけど、実はブラックコーヒーは別に好きな訳じゃないんだよ……」

 さすが、大人の師匠。波風を立てずにやんわりいなしつつ、自分の趣向をしっかりと伝える。


「え?でも、前、公園で飲んでたじゃん」


「あー、あの時のこと覚えててくれたんだね。でも、あれは君が飲まなかったから飲んだだけだよ……」

「そうなんだ……じゃあ、甘いコーヒーの方が良かったかな?それともコーラかな?」

 そう言いながら、亜空間から激甘コーヒーとコーラを取り出す魔王。


「えっ!?いや、そういう訳じゃなくて……って言うか、コンビニでどんだけ買ったの?」

 師匠は悪い予感がしたので、魔王に問いただした。


「うっ……これだけです……」

 わかりやすく狼狽する魔王。


「本当!?どうせバレるんだから、早く白状した方がいいよ」


「……じ、実は、パンを少々……」

 すぐに誘導尋問に引っかかる魔王。


「少々!?」


「50個ほど……」

 想像を超える数値が出てきた。


「は!?50……な、なんで?」

 師匠は、魔王のバカさ加減に呆れかえる。


「ものが一杯あったので、テンションが上がってしまい、つい端から端まで……こ、これが大人買いってやつかな?」

 苦し紛れに「上手いことを言った」みたいな雰囲気を出そうとする魔王。


「……明日からしばらく3食パンだね」

 師匠は、色々言いたいことはあったが、その全てを飲み込んで、明日以降のやるべきことだけを考えることにした。


「何故だ!?何故朝からパンを食べなければならないのだ!余は、朝は米食と決まっているのだ!!」

 未だに自分が何をやらかしたのかを分かっていない魔王。


「買ってきた本人がそれを言うか……?」

 温厚な師匠の語気が強くなってきている。


「じょ、冗談だよ……でも別に急がなくてもよかろう。1日2個とか?」

 師匠の表情を見たら、ガチ切れモードだったので、焦って意見を引っ込める魔王。


「賞味期限があるんだよ!」


「しょーみきげん??」

 ところどころ単語が分からない魔王。


「……早く食べないとカビるってこと!パンは賞味期限が短いの!!責任持って、沢山食べてもらうからね!!」

 一々話が進まないので、段々イライラしてきた師匠は、魔王を「責任食いの刑」に処した。


「くっ……まあまあ、そんな怒らんでもええやないの、師匠。ささ、牛乳でも飲んで落ち着いて!一杯あるから、いくらでも飲んで良いぞ」

 激怒している師匠を見て、以前テレビで「ストレスには牛乳がいい」と言っていたのを思い出し、魔王は亜空間からパックの牛乳を取り出して師匠に差し出した。


「一杯あるって……ま、まさか牛乳まで……」

 新たな商品の登場に、通販番組の本体商品のおまけに驚く往年のマルチタレントくらい驚く師匠。


「5パックほど……」

 ここにきて、地雷を踏んだことに築いた魔王。実は低脂肪牛乳も3パック買っていたが、さすがに怒られそうなので黙っておくことにした。


「……」

 あまりの魔王のバカさに絶句する師匠。


「何だ、そのー、元の世界では5って数字は縁起がよくて……えーっと……てへっ!」

 言い訳を考えたが、言い訳のしようもなく、言葉に詰まった魔王。何となくバツが悪くなった魔王は、幼少期「ガルナドの宝石」と謳われた持ち前の可愛さを出して誤魔化そうとした。


「てへっ、じゃないよ!」

 190センチを超える大男の魔王の可愛いさは、490年ほど賞味期限が切れていた……


「くっ……課金して、もう寝る!!」

 魔王は、不貞腐れて、自室へ引っ込んでいった……。


 ……


 その後、魔王は眠ることなく、一晩中ガチャを回すことになる。

 そして一晩の課金額が100万円をゆうに超えることになるなど、この時はまだ誰も知らない……


 魔王、初めての大人買い……


 続く…。

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