11 魔王、路頭に迷う
魔王は、「転サキュ」の第2期2クール目のエンディングを口ずさみながらアパートの階段を降りながら、かつてない昂ぶりをみせていた。
「いやぁ~、ワクワクが止まりませんなぁ~」
独り言も止まらない魔王。
「余のこれまでの500年間でもこれほど気持ちが昂ぶったのは、初めてロジータちゃんに心を奪われて以来だ!」
魔王は、夜空に向かって感慨深く語りかけている。
「かつてたった1人で10万のサイクロプスの大軍と対峙した時や魔界を統一した時でさえ、ここまでの昂ぶりはなかったぞ!これは余にとって人生最大級のビッグイベントだ。待っておれ、課金カードよ!!」
昂ぶるポイントが、もはや理解不能なレベルでズレている魔王。彼はこれから念願の課金カードを買いにコンビニに行くのだ。
(数分前……)
「そんなに課金したいなら、すぐそこのコンビニとかで課金カード買えばいいじゃん」
後に魔王が語るところによると「人生で一番重要なアドバイス」だったらしい。
「か、課金カード……その魔道具があれば、クレカが無くても、余は課金が出来るのか!?」
魔王は、いつになく真剣な面持ちで、格好良い感じて尋ねてきた。
「ただのプリペイドカードだけど。魔道具って……まあ、そういうことになるね」
師匠のこの一言が、魔王の重たい腰を動かしたのだった。
魔王は、勢いよく立ち上がり、拳を突き上げた。
「時は来た。ぷりっ……か、課金カードを手に入れるため、余は旅立つ。それだけだ!」
格好良く旅立とうとしたが、「プリペイドカード」とうまく言えず、死ぬほど恥ずかしい思いをした魔王は、それ以降、二度とその言葉を口にすることはなかった。
「して、コンビニとは何ぞや?課金カードの専門店か?」
そして師匠の方を向くと、基本的なことを尋ねた。
この世界に来てから日の浅い魔王にとって、コンビニは未知の存在であるため、コンビニが食べ物なのかお店なのかすら分からなかった。
「えっ?そこからかよ……小さいスーパーみたいなお店だよ。アパートのすぐ近くにあるし、課金カード以外の品揃えも豊富で、すごく便利だよ!あ、色々売っているからって、買い過ぎてはダメだよ」
「なんと、課金カード以外も……品揃えが豊富で便利か…それは実に興味深い……して、スーパーとはなんだ?」
「……それも分かんないのね……」
(そして再び数分後……)
師匠曰く、最寄りのコンビニは、歩いて2分位のところにあるらしい。
魔王は、寝癖頭にジャージに便所サンダルという生粋のニートスタイルで部屋を出た。
しかしこの旅は魔王にとって、決して楽なものではなかった……
なぜなら魔王は、この家に来てからスマホを買いに行く時まで、一歩も外へ出ておらず、今日が初めてのお使いなのである。
しかもスマホを買いに行った時は、師匠が同伴だった上、移動中は自動追跡魔法を使い、師匠の後を自動でついていっただけである。またその間漫画をずっと読んでいたので、街の景色すらほとんど目に入っておらず、土地勘はゼロである。
しかもこの冒険の難易度を上げているのは、魔王のバカさ加減だけではない。それを理解するためには、人類文明の歴史とこの杉並区という地域の特殊性を語らなければならない。
あまり知られていないが、かつて日本には、縄文時代と令和の間、大航海時代の少し後に昭和という時代があった。
その頃の文明水準は極めて低く、スマホは疎か、まだ車にカーナビにすら付いていなかった。そのため人々は移動するのにリンゴのマークの入った石版のように巨大な地図本で行き先を探さなければならなかった。方位を知るために、コンパスを使う人が結構いた。
そんな時代、この杉並は、迷路のように複雑に入り組んだ道路の密集地帯であることから、冒険者(タクシー運転手)から「道の魔境」と恐れられていた。コンパスがない時は、ガチで太陽や月の位置から方位を導き出すことさえあった。
そんな「道の魔境」、しかも夜道に飛び出してしまった魔王。果たして魔王はこの魔境を抜け、無事コンビニに辿り着けるのだろうか!?
そして案の定、魔王はいきなり困難に直面する。
「あれぇ?どっちだっけ……」
なんと魔王は、「道の魔境」とかいう、それ以前の問題で、アパートの敷地と道路の接地面で悩んでいた…
(敷地を出てから右か左か……確か師匠は「右に曲がる」と言っていたような気がしないでもない……)
そもそも魔王はちゃんと話を聞いていなかった……
「よし、右に行くか」
魔王は、自らの脅威的な直感力を信じ、右折しようとした。だがその瞬間、左側に煌々と照らされたものが、目に入った。
(確か師匠は「安心して!とにかく明るいから」って言ってたっけ……)
「お、こっちか!待っておれ、課金カードよ!!」
そう言ってそそくさと近づくと……
……
「課金カードなんて売ってなかったぞ、騙したな師匠!」
部屋に戻った魔王は、師匠に食ってかかる。
「え?売り切れてたのかぁ?そんなことあるかなぁ」
首を傾げる師匠。
「売り切れてたも何も、あれは店じゃなかった!ジュースしかなかったぞ!!」
それは自販機だった……
「はっ、何言ってんの??……ルートの確認なんだけどさぁ……ウチを出て、右にまっすぐ行って、二つ目の交差点を左に行ったら……」
「あ……」
師匠がルートの説明を始めた瞬間、魔王は自らの過ちに気付いた。
……
気を取り直して、魔王はコンビニに向かった。
「おっ、あそこか……なんだ、こんな近くにあったのか。それにしても確かにスゲー光ってんな」
今度はしっかりルートを聞いていたため、すんなり辿り着くことができた。
「よし、コンビニとやらがどの程度の店か、余が確かめてやろう。覚悟しろ、コンビニ!」
なんかすごく明るくて、外から見ても分かるくらい物が一杯あるので、魔王はワクワクしていた。
「いざ、尋常に参る!!」
魔王は、意気揚々とコンビニの扉を押し開けた。
「な、なんと……この店は豊作なのか!?」
光り輝く店内には、所狭しと商品が陳列されており、魔王はその圧倒的な物量と品揃えに度肝を抜かれた。
魔王、家から徒歩2分のコンビニに入るだけで1話を使う……
続く…。