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9 イイ酒とイイ女


 愛らしい友人たちに挟まれたステファニーはご機嫌だった。

 しかし友人達は鬱憤が溜まっていた。


 自慢の谷間にステファニーの腕を挟んだアーシラは、お菓子も食べずにステファニーの二の腕の柔らかさと自分の頬の柔らかさを競いながら会話を続けた。


「ステファニーちゃまを選ぶゴリラ令息の審美眼は認めてもいいですけどぉ、ずーっとステファニーちゃまに付きっきりな態度は減点ですよねぇ」

「同意見です。口説くにも礼節が必要だというのにあの距離感。女性の機微がわからない男はステ様に相応しくありません。早急に切って捨てるべきです」


 お茶を楽しみつつも絶対ステファニーとの間に隙間を空けないティル。くっつくだけでなく、ステファニーの手を押さえるように指が絡んでいる。その無言の自己主張にステファニーは胸がキュンキュンした。


「でもでもタフネスぅー! あのゴリラ、あたち達の厭味に気付いても逃げないから厄介ですぅ」

「同意見です。あれは実直で不器用な男を装う知能犯。わかっていて行動している男です。なのでしつこい男はストーカーとして、あの男の同僚に逮捕されればよいのです」

「訴えたら逮捕できないのぉステファニーちゃまぁ」

「待ち伏せや付き纏いをしているわけじゃないから訴えられないのよねぇ」


 侍っているが、必ずしも夜会で遭遇するわけではない。

 顔を合わせれば寄ってくるだけで、わざわざステファニーの動向を調べているわけではない。待ち伏せされているわけではないので、訴えるには弱いのだ。


「「ちょこざいなっ」」


 この二人、外見も性格も違うがとっても息がぴったりだ。

 ぷりぷりしている二人が可愛くて、ステファニーはとっても笑顔。正直この場にいない男などどうでもいい。


「ですがステファニー様からしてみれば、アルガッツ様はお好みではありませんか?」

「お顔はちょっと怖いですけれど、ステファニー様のお求めの欲求はお強いのでは?」

「夜会でステファニー様を見詰めるあの方の目には、隠し切れない欲が滲んで見えるようですけれど…」


 ヨーゼフに対して棘の強い両隣とは対照的に、集まった令嬢達からさわさわと好意的な…大変興味深そうな、好奇心に満ちた問いかけが飛んできた。

 うら若い乙女たちは頬を染めて、チラチラとステファニーを見ている。

 何が聞きたいのか、ステファニーにはちゃんとわかっていた。


 ぶっちゃけ相手の性欲、許容範囲以内じゃないの? という疑問だ。


 何度もお茶をしている令嬢達なので、ステファニーの好みは熟知している。

 ステファニーはふっと微笑み紅茶の入ったカップを持ち上げた。ちなみにアーシラの谷間に二の腕が埋まっている方の手だ。


「そうね、少し…酔いそうになったわね…」


 少女達は黄色い悲鳴を上げて、アーシラとティルはむすっとジト目でステファニーを見詰めた。


(あーん可愛い。皆可愛い)


 ステファニーは自分がスケベ親父の顔になっていないかだけを心配した。

 可愛いに対して笑み崩れる顔は総じてイヤらしくなるので、可愛い兵器の前に立つときは細心の注意が必要だ。打ち抜かれる。


 盛り上がる令嬢と、お友達に男の影があって心配と嫉妬に悩まされている二人に挟まれながら、ステファニーはカップを置いた。


「でも彼は酔っていなかった…私、お互いに気持ちよく酔える関係が理想だわ。だから彼とは上手く付き合えそうにないと思っているの」

「そうでしょうか…」

「アルガッツ様、まるで強いお酒に当てられたような目でステファニー様をご覧になっていますけれど…」


 それはちょっとわかる。


 ステファニーが密命説に行き当たったのも、ヨーゼフが告白したときより振られてからのほうが情熱的だからだ。振ってからの方が本気度を感じる。


 ということは、告白したときは本気でなかったのでは?


 実際のところはわからないが、どちらでも構わない。

 ステファニーの中ではお断りした案件なので、気にしていない。

 だからこそ、ステファニーは微笑んだ。


「相手が酔っているからって、自分も酔う必要はなくてよ」


 浮足立っていた令嬢たちがハッとしてステファニーを見た。


「私はお互いに酔いたいと思っているけれど、無理に酔いたいわけではないわ。無理に酔わせるのも違う。お付き合いで、酔っているふりをするのも違うわね…酔いたい気分にしてくれない相手と無理に酔っても、悪酔いするだけで気持ちよくはなれないわ」


 いつの間にか真剣に、少女たちはステファニーの言葉に耳を澄ませていた。他の席の令嬢達も、そっと聞き耳を立てている。


「酔わされるより…相手を酔わせる女になるの」


 首を傾げると、アーシラの丸い頭と側頭部がぶつかった。ティルに押さえられていた手の平をひっくり返してお互いに指を絡め合う。

 アーシラは満足げに微笑んで、ティルは微かに頬を染めた。


「主導権を渡してはダメよ。心と身体を渡しても、芯を委ねてはダメ。愛していても、流されてはダメ。私たちは酒に酔うのではなく、相手を酔わせる酒になるの…」


 赤い目を細めて令嬢達を見れば、皆がぽうっとステファニーを見ていた。開いた扇子で顔を隠しながら、チラッチラと覗き見ている令嬢もいる。


 完全に、なんだか見てはいけないものを見た若者の反応。

 健全な友情スキンシップだからガン見でいいのよ?


 彼女たちの動作が面白くて、ステファニーは思わず喉でククッと笑った。ちょっと掠れた音が出て、対面に座っていた令嬢に被弾する。

 彼女は心の中で(耳から孕まされる!!)と叫んでいた。心の声なので誰にも届かないが、何人か同じ言葉を叫んだ。


「ここは酒造の国。イイ酒と同じくらい求められるイイ女を目指すなら、自らを極上のワインだと思って気高くありなさい! 狙った男を泥酔させて、自分なしではいられない身体にするのよ!」

「「はいお姉様!」」


 友人を両脇に侍らせたステファニーが声高に宣言した言葉を、令嬢達はうっとりした目で受け入れた。

 こんな言動だが、一応ちゃんと、保健体育の時間である。


 残念ながら突っ込みはいない。


「それはそうとステファニー様。コゴウン伯爵の夜会で良き相手と巡り会えましたか?」

「婿に行きたい令息複数と巡り会えたけれど、私の求める水準に達する令息はやはりいなかったわね」

「もう、理想がお高いんですから~」


 ぽうっとしていたのも数秒で、令嬢達の話題はすぐに切り替わる。

 同席していた令嬢が、ワクワクを隠し切れない顔でステファニーへ話しかけた。


「ワンバンテ令息は三人の姉を持つ末っ子でしたので、弟を二人持つ長女のキューメンバ令嬢といい関係が築けそうだったわ。バンツーテ令息は長子に対して劣等感が強めでしたので、母性強めのハンバーチメ令嬢と地方経営に力を入れた方が上手く回りそう…テバンスリー令息はちょっと特殊性癖の波動を感じたので、希望者がいたら声を掛けてみて? 大丈夫。ちょっと束縛をするのもされるのも好きなだけだから」

「性癖を暴露される令息くん可哀想~」

「いいえ私が表面上さらっと見ただけで、違うものを隠し持っている可能性だってあるわ…私はテイスティングの資格を持っていないから間違っている可能性もある。油断してはダメよ」

「嗜好型ではなく分析型なので、充分信頼に値する気がしますが」


 主観で善し悪しを判断する嗜好型と、品質向上のための分析型に分かれるテイスティング。

 ティルはステファニーを分析型と称したが、ステファニーは男のことなど自分に合うか合わないかでしか判断できないので嗜好型だと思っている。

 どう合うか合わないか判断が付いているので分析型とティルは言っているのだが、微妙に通じていない。


「キューメンバ令嬢とハンバーチメ令嬢は興味がおありならセッティングするから言って頂戴。他に気になる令息や、目を付けている方がいるなら申し訳ないわ」

「イエイエ是非お願い致します!」

「ステファニー様がそう仰るなら、一度はお話してみたいですわ」


 話を振られた他の席にいたキューメンバ令嬢が食い気味に、ハンバーチメ令嬢がのんびり手を上げた。

 従順とも言える態度の二人に、ステファニーはつい心配になって眉を下げて二人を見た。


「合わないと思ったらすぐに言うのよ? 気になったことがあったらすぐ相談してね。大丈夫。私に恥ずかしがる必要などないのだから、何でも言って頂戴」

「んぐぅ誑されるぅ…!」

「この色香を知っていたらそう簡単に流されなくなる気がしますわ」


 顔を覆うキューメンバ令嬢とゆったり視線を逸らしたハンバーチメ令嬢。二人の言葉に、周囲の令嬢達も小さく頷いた。

 ステファニーが肉食令嬢なのに令嬢達に受け入れられているのは、こうやって自分が会った令息と他の令嬢を結びつけるお見合いおばさん…ゲホングフン仲介人をしているからだ。


 長子は基本的に親が婚約者を選定するが、二子からは手が回らない場合が多い。貴族も基本的に子供が複数いるので、あぶれる子はどうしてもあぶれる。

 ステファニーは保健体育をしながら、令息達の方もつまみ食いして放置はせず、ちゃんとアフターケアも考えて行動していた。


 保健体育の教師(?)であるステファニーが目を通した男は、だいたいは彼女が分析した通りの男。

 相性ばかりは実際に顔を合わせなければ確信が持てないが、今のところ円満に話し合ってお別れはあっても刃傷沙汰は起きていない。


 となればたくさんの男を分析して貰おうと、令嬢達はステファニーの婿捜しに協力的になり、たくさんの令息情報を教えてくれる。


「コゴウン伯爵と同じ趣の夜会が近いうちにありましたわよね?」

「ショウコク伯爵のことかしら? お母様が、あの伯爵に近寄ってはならないと仰ってましたわ」

「お母様の忠告には従うべきね。少し時期が遠いけれど、地方から将軍閣下の子息が王都に叙爵の件で訪れると聞きましたわ」

「まあ。ですがその方、跡取りでしょう? ステファニー様の婿になってくださるかしら?」


 こんな感じで色々教えてくれる。

 その日は取り敢えず、官吏の伯爵家三男を紹介して貰うことで話が付いた。

 ということで。


「じゃあ最後に…本日もはじめましょうか」


 いつの間にか席替えがされていて、ステファニーの前には三人の令嬢が座っていた。

 両隣にいたアーシラとティルも移動しており、現在ステファニーの隣に人はいない。周囲の令嬢はステファニー達を遠巻きで見守っており、異様な空気が広がっている。


 これだけ若い令嬢が居て、彼女たちは婚約者を求めている。

 条件の良いまともな令息…そう考えたとき。


「第三十七回…私の義妹になるのは誰だ選手権!」

「「きゃー!」」


 義妹という名の、シュテインのお嫁さん探し。

 弟のシュテインが、放っておかれるわけがなかった。


三十七回という数字がヤバい。


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シュテイン君の明日はどっちだ。地獄かな?
三十七回も開催されてるシュテインの嫁探し。 義妹になれるのが一番のセールスポイントみたいになってるの普通に可哀想。本人が知ったらキレ気味にツッコミそうだが、たしかに苦労人とツッコミしか弟の長所が浮かば…
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