8 知識の必要性
ストック追いつかれた!
文字数少なめになります。次回からも区切りの良いところで短めになります。
それにしたってしつこいはしつこい。
ステファニーは昨夜も遭遇した公爵令息の表情少なく喜ぶ顔を思い出して、小さく嘆息した。
「ステファニーちゃま、お疲れですかぁ?」
困ったものだとため息をつくステファニーの腕に、柔らかな温もりが絡みついた。
横を向くと、くるくるした金の巻き毛が目に入る。まあるい頭が傾いで、緑の目がステファニーを見上げていた。
「お忙しいのは知っていますけど、今日はあたち達のお相手して欲しいですぅ」
「アーシラたんってば積極的ね」
「むふふーっ」
ステファニーの隣に座って腕に絡みつく、金髪巻き毛の幼い顔立ちの少女。
アーシラ・タモズット伯爵夫人。
頭一つ分低い低身長ながらステファニーの一つ年上で、身長のわりにお胸の発育が大変よろしいロリ巨乳だ。
腕に押しつけられた柔らかいそれに思わず笑顔になるのは男だけではない。ステファニーはにっこにこになった。
そんなアーシラの反対側、そっと寄り添う人肌。
「…ステ様を悩ませているのは、例のゴリラ令息ですか」
「ティーちゃんってば怖い物知らずね」
反対隣で優しく寄り添いつつも鋭利に切り込んできた、栗毛を三つ編みにした野暮ったい格好の少女。
ティル・トモクーミ男爵令嬢。
ステファニーと同い年の友人で、瓶底眼鏡が前世の記憶に郷愁の念を抱かせる文学少女だ。
この瓶底眼鏡の下に理知的な飴色の目があるのを知るのは、親しき友人達だけである。
その親しい友人であるアーシラが、ティルの物言いにとっても楽しそうに頬を膨らませた。
「ティルちゃまってばこの場に堅物令息がいないからってお口が悪いですよぅ~」
「アー様も似たようなものではありませんか。その呼び名、ギリギリ悪口にはなりませんが、悪意は感じますよ」
「ん~~だって彼ってば、ステファニーちゃまにべったりだからぁ、あたち達も居心地が悪いんだものぉ」
「同意見です」
頬を膨らませてぷんぷん怒っています表現をするアーシラと、瓶底眼鏡の下から飴色の怜悧な目を煌めかせるティル。
ぴったり肩を寄せ合う友人達からヨーゼフへの不満を感じながら、ステファニーは大変癒されていた。
(私のお友達とっても可愛い~!)
社交の場で顔を合わせれば侍ってくるヨーゼフの影響で、近寄れなかったのは令息だけではない。
令嬢もまた、公爵令息が邪魔でステファニーに近寄れなかった。
身分も外見も強すぎるヨーゼフ。一部令嬢に怯えられているし、気にせず近付いてくる令嬢もいるが、ヨーゼフは空気を読まず傍にいるので、外面でしかおしゃべりできずストレスが溜まっていた。
女には、気心が知れた女同士だけで、騒ぐ時間が必要なのだ。
というわけで、本日はステファニー主催の女による女のための女だらけのお茶会である。
招待したのは仲良しのアーシラ・タモズット伯爵夫人とティル・トモクーミ男爵令嬢だけでない。交流のある令嬢や夫人達。少なくともステファニーの為人を理解している友人達を招待している。
ちなみにウブナにも招待状を送ったのだが、お断りされてしまった。
とても残念。
…あちらはあちらで大変そうだが、その話はまたあとで。
ちなみにヨーゼフストレスにより開催した茶会だが、これが初回ではない。
ステファニーは侯爵令嬢らしく、定期的にお茶会を開いては友人達を招待していた。
侯爵令嬢ステファニーと言えば男漁りの印象を持たれがちだが、あけすけな物言いとさっぱりした態度から、令嬢達にも受け入れられている。
ステファニーが婚約者のいる令息に近付かないのと、一歩引く姿勢を見せる相手を誘惑するような真似はしなかったのが大きな理由だ。
…そして、他の集まりでは忌避されがちな話題の相談ができるのも、理由の一つ。
(学校がないから、保健体育の知識が人によって疎かなのよね~)
前世が義務教育のある国出身のステファニーには信じられないことだが、この国には学校がない。
平民には学ぶ余裕もなく、基本的には労働力として扱われる。
余裕があったとしても家庭教師を雇う程度。教会で文字の読み書きを教えている地方もあるらしいが、本を数時間で読み解くレベルの教育は施されていない。
貴族は家庭教師を雇って教育を施すが、家の意向が大きく反映される。
爵位によって学ぶレベルも異なるし、長子かそうでないかでも教育方針が変わる。
皆同じく平等な教育は夢の話で、そうなれば性の知識だって認識のズレが起こる。
平民の方が人と人の距離が近く、集団で過ごすので家庭だけでなくご近所から漏れ聞こえる事情を把握しやすかった。子沢山の家庭も多く、幼いながらに子作りも子育てもなんとなく理解していた。
母親だけでなく地域一帯となって生活するので、下世話な話題とも距離が近かった。
それは必要な知識で、彼らは危険に対して声を掛け合うこともできる。見守る目も多い。
しかし貴族は閉鎖的で、乳母や家庭教師からしか学ぶ機会がない。
貴族は閨教育が一般常識に組み込まれているが、令嬢の場合最悪「旦那様に全てお任せすればよろしい」で終わる。
そうなると、悲劇だ。
何も知らない令嬢は、性行為と暴力の違いがわからない。
社交に出てからその事実にステファニーが気付いたのは必然だった。
令息達と積極的に交流するステファニーをはしたないと言いながら、はしたない行為をふわっとしか理解できていない令嬢が多いこと多いこと。
――何も知らない令嬢を騙して、甘い汁を啜る男の多いこと多いこと。
ウブナに泥棒猫と罵られた夜会でステファニーが言った、おかしな男に騙されて傷つくよりもステファニーの所でお勉強する方がとっても健全というのは、嘘ではない。
ステファニーは令息達と交流しながら、知識の乏しい箱入り娘達にも必要な知識を伝授していた。
招待された令嬢達は真っ昼間からとっても健全に、女性達だけの集まりで性の知識や男性の危険信号の見分け方などを中心に語らっている。
はじめはおどおどしていても、性に興味津々なのは男性だけではない。主催のステファニーが率先して語るので、皆興味津々で話し合っている。
(だからウブナ・ヨレナディーノ令嬢にも来て欲しかったのだけれど、まあすぐには無理よね)
お名前通り初心なご令嬢だったし婚約者もクズだったので、気を付ける場所とか時間とか人とか色々お話したかったが仕方がない。箱入りで初心なご令嬢ほど、ステファニーは敬遠されてしまうので、なかなか捕まえられないのだ。
何もわかっていない令嬢にはステファニーの色を滲ませる言動を怖じ気づかれるし、潔癖な少女には忌避されてしまう。
うん、その危機管理は正しい。
だからこそ参加して欲しい。
はしたないことを知ることは、悪いことではない。身に降りかかる危険を回避するのに必要な知識だ。
ステファニーがはしたないのは間違いでもないが、無差別につまみ食いしないので逃げないで欲しい。
おいでおいで。食べないよ本当だよ。
言葉を交わして交流し、仲良くなってから食べる怪異ではないから安心して。
その証拠に、仲良くなったお友達とは肩を寄せ合い相手に頬を擦り付けたり頭でぐりぐりしたり零距離で会話する程度のスキンシップしかしていない。
肩を抱くのも腰を抱くのも友人として当然の動作なので、何もはしたなくない。
くっつくのが当たり前なので基本的に椅子は個別ではなく長椅子。コーナーソファーと呼ばれるコの字型を使用しているので、くっついてもお尻が痛くない。
ステファニー以外のご令嬢達もとっても距離が近い(秘密の話題が多い)ので、このお茶会を遠目に覗いた令息達には「白百合の戯れ」などと呼ばれている。
シュテインはステファニーが同性も誑かしていると歯噛みしていた。
失礼な。友情だよ。
綺麗な花同士の戯れを邪推するなんて、これだから男ははしたないことしか考えていないと怒られるのだ。
よくわかる。ステファニーも怒られるので。
(正直、この立ち位置最高だなって思っているもの)
極上の酒に囲まれて、美酒の香りだけで酔えそうだ。
友情と主張しますがそれはそれとしてお友達可愛い。
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