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7 名推理、迷推理?


 公爵令息のヨーゼフから求婚を受けたステファニーだったが、すっぱりきっぱりお断りした。

 理由は単純に、ステファニーが求める条件を満たしていないから。


 求婚お断りの結果を聞いた父は安堵と不満が入り混じった顔をしていた。義母はとても残念がっていたが、無理に勧めては来なかった。

 娘に淑女であれと求めていた義母だが、ステファニーが出すこの条件は既に膝をつき合わせて説得済みだ。諦めて貰っている。


 リスクアール家としては正式に申し込まれる前にお断りしたので、この求婚話はもう終わったと考えていた。家同士で正式に申し込まれた話でもないし、かなり無礼な振舞でお断りしたし、むしろなかったことにしたい案件。


 ヨーゼフが文句一つなく帰宅したのが奇跡レベルの不敬。


 詳細を知らない侯爵ですら、冷や汗を拭って一安心の顔だった。父も父で、ステファニーの言動を悪い意味で信用しすぎである。

 しかしお断りを目撃したシュテインだけが「まだだ! まだ終わっていない!」と切羽詰まった顔だった。


(ちゃんと手酷いお断りを見ていたはずなのに、不思議な子ね)


 しかしステファニーの疑問が解決したのは、すぐのこと。

 手酷く振ったはずのヨーゼフが、社交の場で顔を合わせるたびに、ステファニーに侍るようになったのだ。


(流石にちょっとタフすぎない?)


 この男、めげない。しょげない。懲りる気配がない。


(対応間違えたかなー?)


 ステファニーは侍ってくるヨーゼフに笑顔で対応しながら、心の中で舌打ちを繰り返していた。

 だってとっても邪魔。他の男が寄ってこない。


 ヨーゼフがステファニーへあからさまに秋波を送っているので、ステファニーと仲良く(意味深)なりたい令息は近寄ってこない。

 五男とはいえ、ヨーゼフは公爵令息。公爵家に刃向かってまでステファニーとお近付きになりたい令息はいないということだ。


(仕方がないわ。逆の立場なら私だって近付かないもの)


 だって公爵家。王家と繋がる貴族の最高位だ。

 目を付けられるとわかっていて、関わろうとは思わない。

 ちなみに「まだだ!」と気を張っていたシュテインだが、手酷く振られたのに正面からアピールを続けるヨーゼフの根性にドン引きだった。しかしステファニーにヨーゼフが侍るだけで男避けになるので、複雑怪奇な顔をしている。

 シュテインはシュテインで、ステファニーがこれ以上被害を拡大させないのは喜ばしいので。


 なんにせよ、新しい出会いを邪魔されているステファニーからすれば現在の状況は誠に遺憾である。


(おっかしいなぁ。男の矜持をへし折った気がするのだけれど)


 求婚をお断りする際の、ステファニーの言動はわざとだった。


 あそこまでぼろくそ言われて好意的でいられる男はいないだろうし、内容が内容なので暴言が流出することもないと判断していた。

 不敬と無礼のタップダンスにシュテインは真っ青だったが、とてもデリケートな話題なので誰もが口を噤む。何せ相手は公爵令息だから、そんな彼の悪いイメージはそう簡単に流出しないだろう。政敵でもあるまいし。


(そう、政敵でもあるまいし)


 そう思っていたのだが。


(もしかして他に原因があるのかしら)


 求婚をお断りしてからも繰り返されるアピール。特定の令嬢への接触は一歩間違えれば付き纏いになる顰蹙もの。夢中になっている傾倒しているといわれても、それをよく思わない人間は必ず出てくる。高位貴族として世渡りは気を遣っているはずなのに、まるで周囲の認識から塗り固めるあからさまなアピールは考えさせられる。

 そう、まるで外堀を埋めているかのよう。


(というか埋めているわねぇ)


 ステファニーのあしらい方が玄人過ぎて順調ではないが、いずれステファニーの相手として周囲が認識してしまう。


(こんな性急に求められたら困っちゃうわ…なんて冗談を言っている場合でもないのかしら?)


 振った相手なのに勢いが強すぎて、公爵家はステファニーが求婚をお断りした事実をなかったことにしている気がした。そう、侯爵家がヨーゼフの求婚をお断りしたのではなく、そもそもまだ、求婚の話が出ていないのだと情報操作している。


(デリケートな話題でお断りしたらお断り文句も流出しないわよねなんて思っていたら、そんなデリケートな話題でお断りしたんだから求婚された事実も言いふらさないよねって上手く無礼な振舞を盾にとられた気分だわ)


 ぶっちゃけ不利になるのは無礼で不敬なノンデリステファニーなのだが、追及しない代わりに求婚失敗がなかったことになっている。これからテイクツーに挑む実績を積んでいるとしか思えない。


(となると、テイクツーで終わるとも思えないわ)


 オッケーが出るまで繰り返される気がしてならない。映画撮影じゃないんだぞ。


(そうまでしてヨーゼフ様は…いいえ、アルガッツ公爵家は私と婚約がしたいの? 何故…といいたい所だけど心当たりがあるわ)


 そう、たとえば、ヨーゼフがステファニーをたとえた「特別な酒」とか。


 現在リスクアール侯爵家のみが抱えている蒸留酒の製造方法。

 樽で熟成させ、十年の歳月を待って公開される予定の国を巻き込む新しい酒。

 秘匿しつつも宣伝と後ろ盾のために五年熟成させた蒸留酒を王家に献上して三年。特別な賓客への持て成しに提供されていた「特別な酒」は、水面下でどこまで知られているのか。


(たとえたのだから、ヨーゼフ様は飲んだことがおありよねぇ)


 何せ公爵家だ。王家と繋がりのある家だから、ステファニーが思っているより情報が共有されているかもしれない。

 そう、その「特別な酒」がどこで作られているのだとか、誰が発案したのか、とか。


(もしかしなくても、公爵家が王家の命令で酒造革命を起こした私を囲おうとしているとか、ある?)


 ないと言いきれないのが酒造の国の怖い所。

 この国では、酒の善し悪しが派閥の影響力となる。


(蒸留酒が生まれて十年…私が二十歳になる年に特別な酒の存在は公表される。水面下でまことしやかに新しい酒の情報は流れているでしょうけれど、この発表で混乱は避けられないわ)


 勿論大人達は懸念を抱えている。それでもどっしり構えているのはまず王家を味方に巻き込んだことと、派閥仲間にはこっそり熟成樽を贈呈しているので秘密の連帯感があるからだ。

 酒の国は、酒の場でした約束は忘れがちだが酒の出来についてなら煩い奴らばかりだ。いい酒の歴史的瞬間に立ち会っている高揚感で仲間意識はとても高い。いい酒の贈呈なんて、政略結婚よりいい関係が続けられるのではと思うくらいテンションが上がる。


(政略結婚…うん、発表される二十歳になっても私が未婚だったら、侯爵家に取り入ろうと婿志望者は今の比じゃないくらい溢れかえるでしょうね。シュテインのお嫁さん候補もパンクするほど来るでしょうし…そんな混乱を起こさないため、事情を知っている王家によってヨーゼフ様が婿相手に選ばれたのだとしたら?)


 それならば、夜会で騒ぎを起こしたステファニー達の所に令息のヨーゼフが仲介に来た理由もわかる。

 王家からの密命で、ステファニーとの出会いの切っ掛けを探していたのだ。


(歓楽街の酒場で見初めたなんて言っていたけれど、それにしたって内容が素行調査の結果を読み上げるみたいだったし…実際に私を調査して、相性が良さそうな男を宛がわれたのだと思う方が自然な気がするわ)


 公爵家のご兄弟をよく知らないが、ステファニーの嗜好を知っていればヨーゼフが選ばれるだろう。

 性欲強めの男希望のステファニーだ。公爵家出身現役騎士のヨーゼフが宛がわれたのはとっても自然な流れに感じる。

 そう、体力と性欲は混同されがちなので。


(ヨーゼフ様はとっても惜しかったわ。あの人、体力がありすぎて気持ちよくなるまでに時間が掛かる可哀想なタイプだったから…同じ感覚で女性を相手にするから、自分より先に相手が果ててしまって満足できなかっただけなのよね)


 それは本当に可哀想。


(ある意味私と相性はいいでしょうけど、そうじゃないのよ。求めるのは行為の長さじゃなくて欲の合致)


 本当に性欲が強いヤツは、相手だけでなく自分が気持ちよくなる術を知っている。

 欲を発散するために研究するので、そう…酔い方を知っている。自分が一番気持ちよく感じる感覚を知っている。

 それは必ずしも、性行為ではない。


(こちらではあまり繋げていないけれど、前世ではよくあったわよね。ええ、意外と多かったと思うわ。性行為じゃない、性行為に匹敵する快感を知る人)


 芸術。運動。賭け事。それこそ酒だってそうだ。

 別物だが、匹敵するほどの絶頂感。

 知ってしまえば、嵌まってしまえば抜け出せない。その人の人生と読んでも過言ではない。

 全員が全員ではないが、そういった欲望が強い人間こそ気持ちよくなる方法を知っている。その瞬間があるからこそ続けていられるのだ。


 ヨーゼフからは、そんな執着も感じられなかった。


 たとえ体力勝負でとっても濃厚な睦み合いができたとしても、それはステファニーの求める伴侶との関係ではない。


(私は旦那様とイチャイチャしたいわ。ええ、イチャイチャしたいの!)


 そのイチャイチャは健全な青少年にはちょっとお見せできない内容が含まれているが、愛し合う男女ならば誰しもが通る道なのでドン引かないで欲しい。シュテインは引いている。


 しかしステファニーの前世はともかく、今世は貴族令嬢。


 政略結婚も出会いの一つなので否定するつもりはない。お見合い結婚と似たようなもので、上手くいくかいかないかは年月を共にしないとわからない。上手く合致する男女もいるし、離婚状や慰謝料を請求し合う男女もいる。こればっかりは出会いの方法関係なく全ての男女がそうなので、お付き合いのある方々は油断せず尊重し合って欲しい。


 否定するつもりはないが、思惑を隠して愛を語り合うのはなしだ。

 幻滅する。


 ヨーゼフに密命が下されているか知らないし決まったわけでもないが、一度邪推してしまうとその疑念は延々とついて回る。


(…うん、一度しっかりお断りしているし、これからもそれは変わらないわ。私がぶれなければテイク10あたりで諦めも付くでしょう!)


 ヨーゼフは今のところ、懲りない。しょげない。めげない男。

 ならばこちらは曲げない。ぶれない。屈しないを信条に、お断りの姿勢を貫くと決めたステファニーだった。



一応ちゃんと考えてのことでしたが独特な思考回路なので常識人ほど付いてこられない。

シュテインに説明してもしなくても怒られる。まず不敬すんな。

そしてヨーゼフは一体どういうつもりで求婚して、いまもアピールを続けているのか…。


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新たな扉を開いたタイミングで王家から打診がきてこれ幸いと外堀埋めにきてる可能性もなくはないのが…たまにそうはならんだろって奇跡のピタゴラスイッチ起こるから読めない…
こういう、断られても粘着するタイプの男性ってすごいですよね 仕事かな?と思うと少し許容できる気持ちになりますが 万が一好きだからという好意で相手に付き纏ってるとしたら女性心理を理解してないにも程がある…
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