表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/45

5 求婚の理由


 ステファニーが求婚された直後に弟が意識不明になったので、その日は詳しい話し合いもできずお暇することとなった。


 夜会を騒がせた謝罪もできぬまま、火種だけを残して公爵家から撤退した。誠に遺憾であるが、弟の体調には代えられない。

 その夜侯爵家(我が家)で目覚めたシュテインは「夢だったのか…」ととても安心していたが、次の日に真っ赤な薔薇を携えた黒髪の公爵令息が訪ねてきて再びひっくり返った。

 公爵家にお詫び申し上げないといけないと、ステファニーが父の侯爵と相談している最中の出来事である。


 おい公爵令息。アポなしで来んな。


 文句の一つでも零したいところだが、そもそも先に失礼を働いたのはこちらが先だ。これくらいの無礼は見逃すべきである。

 一昨日来やがれと追い返したい気持ちを笑顔で隠し、リスクアール侯爵家の面々はアルガッツ公爵令息を歓待した。


 しかし先制パンチは向こうの方が早かった。


「本日はご令嬢へ求婚するために参りました」


 ジャブ通り越してストレート打ってくるじゃん。

 素直なおしゃべり(ストレート)しかできんのか。


 今まさに昨夜の話を報告中だったので、求婚の話を知らなかった父はシュテインと一緒にひっくり返りそうになったがなんとか堪えた。流石侯爵。くぐり抜けた修羅場の数が違う。義母は目を丸くして口元を押さえ、一番大人しいリアクションで済ませているが目が乙女のようにキラッキラだ。シュテインは倒れすぎて耐性が付いたのか、胃を押さえている。胃の耐性はなかなか付かない。


「昨夜の騒ぎはなかったことにして、リスクアール令嬢と歓談する機会を頂けませんか」


 ストレートながらも損得絡めた話もできたのね。

 つまり昨日の無礼はステファニーと話す機会を与えることで見逃す、ということだ。


 それでいいのか。


(…まあ、私たちはほぼ巻き込まれただけだし)


 これでいいかも。


 父は少し迷ったようだが、ステファニーを一瞥してから頷いた。義母の目は一等星のように輝いていた。シュテインは何故かステファニーの代わりに薔薇の花束を受け取っていた。そこは使用人に任せなさい。


 そんな経緯で、ステファニーはヨーゼフと二人きりでお茶を飲んでいる。

 勿論、紅茶だ。酒造の国だが、流石に昼間から客人に酒は勧めない。

 侯爵家で一番広い応接室で、特別なお客様にだけお出しする茶葉で、上品な香りに包まれながらお茶をしている。


 お互いがテーブルを挟んだソファに座って向かい合い、本日はお日柄も良くなんて言い出したくなる空気が広がっていた。

 大きな窓からは爽やかな風と軽やかな日が差し込んでいる。差し込んだ日に照らされた対面の男は、本当にいい男だ。


 大柄で鍛えられた身体に怯えるご令嬢もいるだろう。思わずそう考えてしまうくらい立派な身体だが、ステファニーの前世の記憶にはゴリマッチョなるマッチョが存在していたので恐ろしくはない。むしろいい筋肉と感心すらしている。

 ゴリマッチョな身体の上にはゴリラではなく、整った男の顔がある。

 美しく、ではなく男らしく整った顔だ。男前、というべきか。麗しいとは違うが顔がいい。


(うん、いい男)


 いい男だが、ステファニーとは昨夜の夜会が初対面のはず。

 それなのに何故、騒動のあとに求婚してきたのか。

 しかも間をおかず、次の日にアポなし訪問をしてきた理由は。


(絶対逃がさないって圧を感じるわぁ)


 なんでだろう。ステファニーは自由奔放に振る舞う問題児令嬢なのに。

 割りと本気で謎だ。


「それで、ヨーゼフ様は何故私に求婚なさったのですか」


 謎だったので、正直に問いかけることにした。

 ちなみに部屋に入ってすぐ「私は五男で気楽なので、名前で呼んでください」と前もって言われていたステファニーは、抵抗なくヨーゼフを名前で呼んだ。


「ステファニーの魅力に屈したからです。あなたを愛しています」


 そう言われたら「私のことも好きに呼んで下さい」と返すしかないので、ステファニーも名前で呼ばれている。


 名前を呼ばれ、愛を囁かれたが…。


「すごい。真顔過ぎて本気にも冗談にも聞こえるわ」


 キリッと効果音が聞こえてきそうな真顔で愛を告げられたけれど、顔色が変わらなさすぎて本気度がわからない。

 これは酒を飲んでも顔色が変わらないタイプのお人なのでしょうね。ステファニーは遠慮なく呟いて、問いかけた。


「昨夜の酒量は?」

「飲んでいないので酔っていません。酔った勢いで求婚したわけではありませんよ」


 酔った勢いを疑ったが違うらしい。


 酒癖でトラブルが起きやすい国なので、酔ってうっかり勢い余って求婚しちゃう輩もいる。言うつもりはなかったのに、酔ってプロポーズをしてしまった…というのは酒の失敗談として一度は聞く話だ。


 まさか公爵家の五男がそんな失敗を…? と心配になったステファニーだったが、ヨーゼフは素面だった。とっても冷静に否定される。


「なら余計にわからないわね。私のどこを見初めたのですか」

「ステファニーはどこから見ても魅力的だと思うのですが」

「あらまあうふふほぉーん?」


 真顔で続く褒め言葉に、ステファニーは面倒になって猫を放り投げた。

 これはちゃんと、ステファニーの問題児っぷりをわかって貰った方がいい。


「自分で言うのもなんだけれど、私はうっかり泥棒猫と勘違いされちゃう系のご令嬢よ? つまみ食いはしても盗み食いはしない…つまり、つまみ食いならいくらでもするご令嬢。公爵家の令息に見初められるような、貞淑な淑女でなくってよ?」


 敬語をかなぐり捨ててとっても気易く話しかけた。


「距離が近いとは聞くが、それは本命を探してのことだろう? 結婚相手を探していると聞いた」

「あらぁ、調査済み」


 気易く喋っても態度は変わらず、ステファニーが普段する言動も知られているようだ。


 しかし相手が素直に恋に落ちたとは思えず、ステファニーは首を傾げた。

 首を傾げて、指に緩く巻いた髪を絡める。

 公爵令息と対面するため、ステファニーは夜会ほどではないが着飾っている。首まで詰まった葡萄色のワンピースを着て、金の髪は緩く巻いてサイドに束ねた。指を絡めているのは反対側の後れ毛だ。


 絡めて、解いて、絡めて。

 繰り返す指先を、ヨーゼフはじっと見ていた。


「別に隠してはいないし、知られているのは構わないのだけれど…あなたとは初めましてだったと思うの。一体どこで私を見初めたの?」

「歓楽街です」

「流れ変わったな」


 ステファニーは驚いて目を丸くした。後れ毛を弄るのをやめて正面に座るヨーゼフを凝視する。

 キリッとした擬音の似合うヨーゼフは、そんなところに足を向けるようには見えない。性欲など鍛錬で発散だ! と思っていそうな硬派の波動を感じる。

 しかしさらっと歓楽街でステファニーを見初めたなどと告げるなら、彼もまたそこに通っていたということ。

 見た目がどうであれ男は狼なのだ。先入観で見誤るところだった。


「どこで会ったのかしら。私もそう多く通っていたわけじゃないの」

「知っています。男と近い距離で酒を飲みに来るのに決して二階に上がらない上客として有名でしたから」

「あらぁ、私ってば有名人ね」


 そう、ステファニーは今までお付き合いをしてきた誰とも【二階に上がった】ことがない。

 二階に上がる、とは歓楽街では情事をほのめかす言葉だ。

 あの場所の酒場は一階が酒を楽しむ所。二階が情事を楽しむ所として区切られている。いい感じに酔った男女が、二階に上がって楽しむのが主流だ。

 それは貴族も変わらない。貴族が利用する上等な酒場でも同じ形となっており、ステファニーは何度かそういった酒場を利用した。


 しかし繰り返すが【二階に上がった】ことはない。


「あなたからあからさまに誘惑してくるのに袖にされる男が多く、そんなあなたを振り向かせたいと頭を悩ませる男がひしめいている場所でした。例の偽名男もその話しを聞いて、自分ならばいけると傲っていたのでしょう。しかしあなたは男の目的も看破して相手にしませんでした。撃沈する男を、あなたは歯牙にもかけていなかった…とても慎重に、結婚相手を探していましたね」

「うふふ。私の目的をちゃんと理解してくれている男性は久しぶりね」


 ステファニーは思わずにっこり笑った。

 そう、本当に、ステファニーは結婚相手を探していたのだ。


 結婚するなら、末永く一緒になるなら、自分が好んだ男がいい。譲れない条件があり、ステファニーはその条件を満たす男を捜していた。

 そう、ステファニーの性欲を受け止められるだけの技量のある男を捜していた。


 しかしなかなか見付からず、あちこちの男に粉をかけるような事態に陥っていた。

 ステファニーとしてもさっさと相手を見付けて、家族を安心させてあげたいのは山々だ。しかし見付からないのだからしょうがない。


「…もしかして、あなたは私の出す条件を知っていて、自分ならば相応しいと立候補してきたのかしら」

「ええ、酒場の店員が教えてくれました。あなたが求める第一条件を」


 その言葉で、ヨーゼフがどの酒場に通っていたのか理解する。

 ステファニーと親しく話す店員がいるのは一つだけ。その店員と仲良く話せるのなら、彼もまた上客なのだろう。


 そんな彼が、ステファニーの望む条件を満たすという。

 ステファニーは前のめりになった。


「つまりあなたは…性欲が強すぎて娼館を出禁になった経験が!?」

「三つの娼館から出禁になりました」

「なんて魅力的!」


 普通ならドン引く所である。

 真顔で言うことではないし、大喜びで受け止める台詞でもない。


「私は、性欲が、強いのよ!」


 淑女が主張してはならない内容を声高に主張して、ステファニーは立ち上がった。


「性の知識にはとっても興味があるし、体力にも身体付きにも自信があるわ!」


 宣言しながら胸を張り、両手をデコルテにあてる。見上げたヨーゼフは真顔で頷いた。お気に召して頂けたらしい。


「なのに貴族令嬢は貞淑であれだなんて、誰も望んでいないことばかり口にして!」

「望まれていないのですか」

「望んでいないわ貞淑な妻なんて。夫以外に貞淑なのは当然なことよ。ええ、当然よね。だけど男性は自分に対して貞淑な妻なんて求めないでしょう。自分に対してだけ情熱的な奥さんとか大歓迎でしょう?」

「なるほど」


 そう、夫以外の男に貞淑であるのは当たり前のことだ。

 そんな当たり前のことを求めすぎて、いざ夫にも貞淑であればつまらない女だとか言い出す。

 酒の席で愚痴る男の言い分に、ぶっ潰してお前を貞淑な夫にしてやろうかと何度思ったことか。しないが。いらないし。奥さんも困るだろうし。

 ステファニーに貞淑な貴族令嬢になってほしいと望んだ義母には悪いが、成長したステファニーは自分の主張を貫き通す構えだ。


 だいたい、女にだって性欲がある。それを押さえ付けて貞淑であれと求めるから、令嬢が淫らな自分と向き合ったときに齟齬が生まれるのだ。


 受け入れろ。淫らで何が悪い。淫らに絡み合って命を繋ぐのだ。

 性欲は立派な生存本能。淫らとは命に刻まれた予定調和の一つである。

 しかし性欲が強すぎても問題がある。


「私が夫に求めるのは、私を満足させる性欲の強さ…!」


 何度も言うが、夫以外の男に貞淑であるのは当たり前のこと。

 しかし性欲が強ければ、夫と夜の営みに対する熱量に差があれば、性欲を持て余して魔が差してしまうかもしれない。


 前世でよく見た「奥さん欲求不満だろ?」「旦那が相手をしてくれなくて可哀想に」のやりとりだ。

 エッチな作品にありふれた流れ。トラックに轢かれて異世界転生が王道と呼ばれるくらい、宅配員と家に一人な奥さんのあれやこれやは王道だった。

 転トラが宅配トラックだとしたら、王道が渋滞している。運送が夢を運ぶ仕事だからって宅配員に夢を押しつけすぎだ。


 とにかく、そうなれば浮気だ。不倫だ。犯罪だ。

 ステファニーは性欲が強い。

 しかし、だからって節操なく食い荒らしたいわけではない。

 裸で向き合うなら伴侶がいい。


「後ろめたい思いをせず、たった一人で満足するためにも、私は私に見合った(性欲の)男とゴールインしたいわ」

「よくわかります」

「わかってくれるのね」

「はい。私も似たような思いです。何せ娼館を出禁になるほどなので」

「こりゃ期待値が上がる」


 普通のご令嬢なら逃げる所だが、ステファニーはワクワクした。

 お上品なゴリマッチョがまさかそんなに性欲を持て余しているなんて思わなかった。


「では、私の求婚を受けて頂けますか」

「うふふふふ…」


 思わなかったがしかし。

 ――ステファニーは慎重だった。


 何せ前世で性欲が強すぎて恋人に逃げられた女。

 無自覚で恋人を追い詰めて、愛と死相の狭間で悩ませてしまった記憶は死んでも消えなかった。


 だから、自己申告だけでいい男だからと伴侶に決めてはいけない。

 そう、自己申告だけではダメだ。


 ステファニーはテーブルを迂回してヨーゼフの隣に腰掛けた。座ってすぐにがっしりした身体にしなだれかかり…。


「まずは、つまみ食いさせて♡」

「えっ」


 確かめることにした。




 ~~ただいま大変乱れております。暫くお待ちください~~



~ただいま映像が乱れております。少々お待ちください~


面白いと思ったら評価かスタンプをぽちっとなよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
カメラ止めろー!! *しばらくおまちくださいのテロップ*
性欲姐さんが自重しなさすぎてまさかの放送事故…!なろうじゃなく潔くお月様に転生した方が良かったんじゃ…? あと3件出禁は性豪以外にやべー性癖持ちの可能性もなくはないから安易にルパンダイブで飛び付いたら…
今すぐサーバー復旧してください!肝心なとこでぐるぐるフリーズするなんて!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ