45 正直に生きる女
三話目。完結です。
「手っ取り早く、功績はあっても跡継ぎとして不適格って烙印を押されたかったのだけれど…根っこが日本人だから仕事は放っておけないのよねぇ」
自分に責任がある書類がたまっていくのを見るとソワソワするのは、社会人経験のある日本人なら同意してくれると思う。減らさないと! と焦燥感に見舞われるのだ。
生母の墓前でしゃがみ込んでいたステファニーは、過去の決意を思い返しながら立ち上がった。
前世で培った責任感や常識。危機感から放っておけない事柄が多すぎて、いつの間にか烙印ではなく太鼓判を押されている。なんだかんだ問題は目立つが彼女ならやってくれるでしょう。そんな空気で満ちている。
「私だけのいい男を探して三千里もなんだかんだ受け入れられていたし、男を言い訳にしての逃走はもう使えないわね。じゃあどうしようかしら…」
唸って口元の黒子を弄る。
計画を実行したいなら、ヨーゼフを選ばなければよかったのだとわかっている。彼は初手でやらかしているので、選ばなくたって許された。食らいついてくるが、侯爵家を継ぐ気がないなら手を伸ばすべき相手ではなかった。
それでもステファニーはヨーゼフを捕まえた。
だって、どんなに難関でも、決めていることがあったから。
(何があっても、幸せになることは諦めない!)
どれだけ傷ついても。傷つけても。たとえ悲劇の引き金を引くことになっても。
幸せになることを諦めたら、誰も笑顔になれない。
たとえどれだけ泣いても、泣かせても。上を見上げて光を、星を求めることをやめたら、暗闇に落ちていくだけだ。
そりゃあ気弱になるときもあるが、人間だもの。立ち止まることくらいは許して欲しい。
――ステファニーは、自己犠牲してまで生母の名誉を守るつもりはない。侯爵位を弟に譲るのは、ステファニーにとって犠牲ではなかった。
(ぶっちゃけ…私よりシュテインの方が向いているのよね。侯爵)
長子じゃなくて長男が継ぐシステムだったら何の問題もなかったのに。
(…ヨーゼフ様、公爵家としてそっちの伝手ないかしら。法の改定がされるなら万々歳なんだけれど)
他力本願な事を考えるが、それも一つのアプローチ。跡継ぎ問題はどこの家でもどんな法律になっても問題だろうから、根回ししていきたい所だ。
「というわけで…まだまだ問題は解決していないけれど、これからも諦めず足掻いていくわ。あなたの産んだ子は罪の証かもしれないけれど、誰になんと言われても幸せになってみせるから」
一人で抱え、一人で嘆き、一人で絶望して死んでいった生母に、ステファニーは力強く笑って見せた。
「精々見守っていてくださいな、お母様」
背筋を伸ばして堂々と。
力強く踵を返したステファニーの金髪が空気をはらんで泳ぐ。振り返らず進むステファニーの背後で、供えられた花の花びらが風もないのに小さく揺れていた。
霊廟を出て墓守が鍵を閉めるのを見守っていたステファニーは、顔を上げて見知った顔が増えているのに驚いた。
「あらまあ、シュテイン。ヨーゼフ様も。二人とも身体はいいの?」
増えていたのは疲労で倒れていた弟と、利き手を骨折して大人しくするしかないヨーゼフだった。
「たくさん休ませていただきましたので、流石にもう大丈夫です」
そう言って新調した眼鏡の位置を直すシュテイン。確かに顔色もよくて、動きにおかしい所はない。
弟は姉が生みの親の墓参りに一人で行くのを気遣って、待っていてくれたのだろう。付いてきてもよいのに、墓前で一人になる機会をくれる弟は本当にいい男だ。霊廟を出た所で待っているのもいい男ポイントだ。
その隣に並ぶヨーゼフも、墓参りをするステファニーを気遣って来たのだろう。
もしかしたらシュテインが誘ったのかもしれないが、彼は怪我人だ。動き回って大丈夫だろうか。
「ステファニーの仕事を手伝うことはできないが…付き添うことはできると思って、シュテイン殿に頼んで連れてきて貰った」
「まあ…ヨーゼフ様は重症ですのに動いてよろしいの?」
「俺も怪我は腕だからな。じっとしている必要もない」
「いえじっとなさっていて?」
確かに怪我は腕だが、だからって歩き回られても困る。騎士だが公爵令息だ。侯爵家の対応が追いつかない。
アー困りますお客様じっとなさってくださいお客様。
控える護衛達の顔色がちょっと悪いのは、お客様がお客様していない所為だろう。実家じゃないんだぞ。
「…ヨーゼフ様ったら気が早いですわ。実家のようにお寛ぎくださいとは言いましたが、まさか本当に我が家のように思ってくださるなんて…」
「えっ」
「用意が間に合わず客室をご利用いただいておりますが、早急にヨーゼフ様のお部屋を作るべきですわね…」
いいながら、スススと左側に身を寄せる。滅多に着ない白いドレスは露出が少ない。けれど真夏なので生地が薄い。汗で首筋に貼り付く髪を退けながら、身体をヨーゼフに押しつけた。
「お好みはあります? 私、ヨーゼフ様のために、お好みに寄せますわ」
いいながら、上目遣いで顔を覗き込む。
ヨーゼフは顔を真っ赤に染め上げ、拳を強く握った。おいそっちは折れてるからやめろ。
「ありのままのあなたが、俺の好みだ…!」
「お部屋の話ですわ」
「わかっていて誤解を与える言動はやめてください」
怒られた。何故だ。部屋の話しかしていないぞ。
不満に思いながらヨーゼフの手を握り、反対の手でシュテインの手を握った。筋肉に挟まれるのは暑いが、この暑さが夏の醍醐味である。
「迎えに来てくれた二人には、たくさんお礼をしなくちゃね。外出で疲れたから一緒にお昼寝は如何? 私、二人に挟まれて眠りたいわ」
「はさ…!? 流石にそれは良くないと思うがありなのか!?」
「なしですやめてください違います健全なお昼寝です。そして瞬時にあられもない想像をする男とお昼寝はできません。諦めてください姉様」
秒で却下されてしまった。
本当に川の字でお昼寝したかっただけなのに、ヨーゼフの中であられもない想像が溢れてしまったようだ。
これは仕方がない。直前まで煽っていたステファニーが悪い。
(誕生日プレゼントはたくさん貰えたのだし、これ以上の我が儘はダメね)
右手にヨーゼフを。左手に似たブレスレットをしたシュテインを絡めたステファニーは無邪気に笑う。
これから責められても傷つけても、強欲なステファニーは絶対この手を放さない。
欲望に、正直に。
ステファニーは大事なものを両手で握りしめ続けた。
「よくないと思うからよくないの。よくして差し上げるから、挟んでみましょう?」
「当たり前のようにいかがわしい空気にするんじゃない!」
正直って大変だ。
これにて完結です。
ぶっちゃけ初期のパーティー部分が書きたくてはじめたお話なので、ここまではステファニーの背景を描くためだけに進めていた…。予定より文字数が…。
最終手段の正規ルートは正直に侯爵になれる気がしないからシュテインに爵位を譲りたいとお父様とお話すること。
視野に入れているし、どう交渉したら頷いて貰えるか考え中。その場合もしかしたら、嫁に行くかもしれない。ヨーゼフのことは押し倒す気満々だが、よしと言われた犬の勢いは飼い主を吹き飛ばす。さてどうなる…。
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