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42 楽しい後処理


「いやじゃあああああ! もうしない! もうしないからぁあああああ!!」


 いい年した大人の泣き喚く声を聞きながら、ステファニーは上機嫌に書類を捌いていた。

 遊び歩いている印象の強いステファニーだが、ちゃんと書類仕事だって熟している。こういうのは溜め込んではいけないと、前世で身に染みている。わかっていても溜め込んじゃうのは人の性だが、今世では真面目な弟がいるので監視付き。溜め込んだことはない。


 ただしその真面目な弟は、現在疲労によりぶっ倒れている。


「ステファニーちゃああああん! わしが悪かったからぁああああ! 二度とせんからぁあああ!! 考え直してぇええ!!」

「ダメよ。決定事項。覆らないわ」

「に゛――――っ!!」


 猫のように威嚇する小さなおじさん。ミバワは、四つん這いで泣き叫びながらステファニーに撤回を求め続けていた。


 そう、ミバワへの罰。

 熟成庫立ち入り禁止令について。


 エンテの罪状に目が行きがちだが、ミバワだって酒に酔って情報漏洩した張本人。

 彼自身が襲われたのは自業自得だが、その所為で酒樽が五つ盗まれその内一つがダメになっている。他四つも、混入の疑いから破棄することが決まっていた。

 勿体ないが、盗まれたときに手を加えられていたら目も当てられない。一度盗まれた酒は売りに出せないので、破棄するしかない。


 ということで、情報漏洩をしたミバワにも罰が必要だった。被害者になることで罰を受けたとも言えるが、同じことを繰り返されてはかなわない。

 となれば罰として妥当なのは降格。

 新酒に関わることを禁止することだ。

 そしてそれが、効果抜群だった。


「ううう、年寄り相手に酷い仕打ちじゃ…この九年間真摯に取り組んできたわしを降任だなんて…若いのが喜んじゃう…仕事がやりやすくなるって喜んじゃう…」

「イイコトじゃない。ミバワおじさんは反省して、一からやり直しね」

「あと一年…あと一年じゃったのにぃいいい…!」


 涙だけでなく鼻水も涎も垂れ流すミバワを、ステファニーは爪先でつついて追い出した。軽くつついただけなのにころんころんと転がるミバワは、きっと魂が抜けている。そのまま使用人に引きずられていった。


(親しくしすぎたのも、油断に繋がったんでしょうね)


 エンテだけではない。ミバワとだって、祖父と孫のような距離感を楽しんでいた。

 多少の無礼は許したし、砕けた言動が心地よかった。領地だし、酒造仲間だしと気軽に考えていたが、距離感は気を付けねばならなかった。


(徐々に、ね。そうすぐには変えられないわ)


 嘆息して、切り替える。書類に署名する万年筆を握り直し、ステファニーはにっこり笑った。

 先程から後処理のため署名を書きまくっている万年筆。それは、ヨーゼフが持って来たステファニーへの誕生日プレゼントだった。


 銀色の優美なペン先。菫色の持ち手にはステファニーの名前が入れられている。キャップのクリップは花の形で、キャップトップには葡萄が一房。

 明らかにオーダーメイドの一点物。

 万年筆を選んだあたりから、なんとしても手紙を続けたいという力強い意志を感じる。


 顔を真っ赤にしながら差し出されたプレゼントを受け取って「同じ人から二つもプレゼントを貰えるなんて嬉しいわ。でもこれを握るたび、あなたに話したいことが溢れて困ってしまいそう」と囁いたら丸まってしまった。

 耳元に囁き易くなったので「硬くて立派で握りやすいわ」「滑りがよくて気持ちいいわね」「どうしてお返事くれないの? 声が聞きたいのに…」「もしかしてもっと、私に(おしゃべり)して欲しいのかしら…?」と愛でていたら疲労困憊のシュテインが駆け込んできて「息をするようにいかがわしい空気にするのをやめろ!」と怒鳴られた。万年筆の感想だったのに、失礼だ。


 あれからまだ数日しか経っていないので、ヨーゼフは侯爵家で療養中だ。詳細は手紙を出したので、勤め先も公爵家も承知している。公爵家からクレームが来たらどうしようかと冷や汗を掻いていたが、今のところ返信は来ていない。

 ステファニーはヨーゼフと婚約してそのままゴールインするつもりだ。その意向も認めたので、てんやわんやの大騒ぎになっている可能性がある。


(まあ、逃がさないけれど)


 新品のペン先を走らせ、何度目かもわからない署名をした。


 ――祭りが終わってすぐ、エンテの両親は宿屋を畳んだ。

 客に偽りを教える娘に事件の直前まで気付かず、娘の過ちにも気付けなかった自分たちを恥じてのことだった。

 自ら職を手放し、私財を慰謝料として差し出した両親は、エンテの手助けをしないことを約束させて放逐した。罪を犯した本人より罪の意識が強い彼らは命まで取らないステファニーの采配に泣いて感謝し、粛々と街を去った。念のため監視は付くが、彼らはどこでもやっていけるだろう。

 そのエンテは情報漏洩と教唆罪。犯罪グループの共犯として罰せられ、辺境の地で強制労働が決まった。

 エンテが貴族なら修道院へ送られたかもしれないが、庶民のエンテにやり直しの機会は訪れない。死ぬまで未開の地を耕すことになる。


 そしてエンテが首ったけだった犯罪グループのイメギは下っ端で、情報源のエンテを繋ぎ止めることしかできない穀潰しとまで言われていた。逃走時に森に火を放つような破滅的な行動をとったのは、捕まるなら全員燃やしてしまえと卑屈が振り切れた結果だったらしい。


 彼らの罪は計り知れない。


 隊商になるため商人を騙した詐称。用済みだからと始末しようとした殺人未遂。その後侯爵領で騒ぎを起こし令嬢の誘拐未遂。発表前の酒を盗む窃盗。ついでとばかりに令息を誘拐するなど、役満。罪状が多すぎてお腹がいっぱいだ。


 ひとまず彼らは纏めて末代(概念)にした。


 素直にお話してくれなかったので、指や足を折る前に最初からクライマックス。プチッとした。これは判決ではない。素直にお話して貰うための手段である。

 おかげさまで、その後素直におしゃべりしてくれた。


(まぁおかげで平常時なら絶対に吐かない、情報源までしっかり教えてくれたからよかったわ)


 リスクアール侯爵家の隠された新酒情報は、真しやかに噂されていた。それに確信を抱き盗みに入ったのは、新酒を盗んできたら高額で買い取ると約束した貴族がいたからだった。


(顧客がいて尚、私を脅迫してより安く酒を手に入れて、酒の転売販路を広げようとしていたなんて…万死に値するわね)


 そしてその顧客が、少し前に気持ち悪い迫り方をしてきたショウコク伯爵家。


(弟が捕まった腹いせ? いい度胸だわ。その喧嘩買ってあげる)


 というわけで王都にいる父に詳細を伝え、大人の権力でプチッとして貰うことにした。

 だって正直、直接関わり合いになりたくない。絶対気持ち悪い目で見られる。

 なにより、貴族相手なら令嬢ではなく侯爵が出向いた方が確実だ。別に自らの手で鉄槌を下してやるなどこだわりはない。


 伯爵家への制裁は侯爵に任せ、息子を失い娘になった男達の処理はステファニーがした。

 エンテと違い、罪状が多すぎるので強制労働では割に合わない。


 彼らの首には縄がある。


 ステファニーは、縄をかけるための書類にヨーゼフから貰った万年筆で署名した。

 権力があるって、しんどい。

 万年筆を置いて、伸びをする。肩からいかれた音がしたが、痛気持ちいいくらいだ。


「これはストレスがたまるってもんよね…癒されに行こうかしら」


 今まではシュテインを構うことで癒されたが、今はヨーゼフがいる。

 愛を込めてよーしよしよしとあんな所やこんな所を撫でても許されるヨーゼフがいる。

 目に見えて喜んでいるのに「まだだ…まだ侯爵()の許可を得ていない…! まだダメだ…!」と堪えるヨーゼフが可愛くてとっても癒される。


「んー…癒やしは後回しにして、やること全部やっちゃいましょう」


 口元の黒子を一撫でして、ステファニーは席を立った。

 執務用の部屋から見える空は夏らしく快晴で、入道雲の青と白のコントラストが爽やかだ。太陽は真上にあり、強い日差しにちょっと負けそうになる。

 しかし前世の年々猛暑日を更新していた頃の暑さとは全然違う。外出が耐えられない暑さではない。

 そう、外出だ。


「花を用意して。お母様の墓参りに行くわ」


 ステファニーは今日、事件により後回しにされていた、生母の墓参りに行く。



流れるように自然に行われたプチッ。

首に縄がかかっているならいらなかったのでは?

いいえ、断罪ではなく話を聞き出す手段なので必要な痛みです。

ちなみにあと2話くらいで終わる予定です。


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なんちゃってドワーフおじさんへの罰で若い職人の活躍の場ができちゃった…だと… あれ、結果的に良かったのでは?頑固職人がいつまでも現役で活躍してるせいで、若い職人が経験積めないのは後継者育成的にもよくな…
さすがステファニー様! やると言ったことは完遂する女! 推せる! ミバワおじさん…ひょっとして職場で軽く老害化しちゃってた? なんにせよ泣いて謝って許されるレベルを通り越した被害を出してるので妥当な判…
「もうしない」ではなく「もうできない」です。
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