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40 見直すべきこと


「全治二ヶ月です」


 医者の言葉を聞いた面々は、深く安堵の息を吐いた。


「馬の暴走に巻き込まれて腕を折る程度ですむとは幸運でしたな。流石は日頃から鍛えている騎士様ということですかな?」

「いや…ステファニーの愛馬が割って入ってくれなければもっと怪我は重かっただろう。讃えられるべきは愛馬にすら慕われるステファニーの人望だ」

「ふぉっふぉっふぉ言いますなぁ」


 添え木された右手を吊ったヨーゼフが、何故か誇らしげに胸を張る。処置をした医者の笑い声を聞きながら、ステファニーは未だ落ち着かない心臓を宥めるために深呼吸を繰り返した。

 暴れ馬。そう…。


 暴れ馬からステファニーを庇い、怪我をしたのはヨーゼフだった。


 連行される犯人が暴れ、それを取り押させる最中、興奮した馬が暴れてステファニー達の方へと向かってきた。

 恐らく、物々しい空気に触発されて気が立っていたのだろう。広々とした方へ、ステファニー達の方へと向かってきたのは本当に偶然だ。

 気付いたステファニーが隣のシュテインを突き飛ばし、身を挺して弟を庇った。その瞬間には暴れ馬が目前まで来ていて、流石のステファニーも死ぬかと思った。

 そこにステファニーの愛馬が横から突撃して暴れ馬の軌道をずらした。同時に駆けつけたヨーゼフが彼女を抱き込み、引き寄せたことで立ち位置が変わってステファニーは無事だった。


 しかしステファニーの代わりに、ヨーゼフの腕に蹄が当たった。

 見るからにおかしな方向に折れ曲がった腕に、大慌てで侯爵家へ戻り医者を呼び、処置を受けての翌日である。

 その日は流石に夜も更けていたので、怪我の処置を終えてすぐヨーゼフには休んで貰った。流石に功労者であるヨーゼフを宿屋に追い立てるなどできない。しかも予約した宿屋は、共犯者エンテの両親が経営している。その宿屋も、今回の事件で閉めることになるだろう。

 それも含め、寝る間を惜しんで後処理に奔走したステファニーとシュテインは、翌日の昼過ぎにやっとヨーゼフの状態を確認に来ることができた。

 そして医者から聞かされたのが、全治二ヶ月の骨折。


(あれぇ…もしかしてこの世界でも厄年って該当する…?)


 ちなみに女性の厄年は十八歳。ステファニーは昨日十九歳になったので後厄だ。

 度重なる厄介事に、もう全部厄年の所為にしてしまいたいが、この世界に陰陽道の概念はない。はずだ。


 遠い目をするステファニーだが、現状とってもヤバかった。

 何故って、今回の事件で最も怪我をしたのがアルガッツ公爵家のヨーゼフ…まあつまり、リスクアール侯爵家の者ではなくお客様だから。


 正確に言えばヨーゼフは騎士だ。公爵家を出て騎士として働いているので、怪我をする機会は多い。今回は緊急事態だったので騎士として助太刀して貰ったが、彼は騎士の任務ではなく休暇中でここにいる。となると、扱いは公爵令息となる。

 公爵令息に怪我をさせた、これだけでもヤバイのに…。


(助けていただいたこと、本当にありがたいわ。でもそれで騎士の右手…利き腕を負傷させることになるなんて)


 この世界に、魔法はない。

 一瞬で怪我が治るような夢物語は、まさしく空想小説の中にしかない。


(全治二ヶ月…それで怪我は治るでしょうけど、剣を今まで通り握れるのかどうかは…)


 …ヨーゼフの腕は素人が見てわかるくらい、あり得ない方向に曲がっていた。

 日常生活は問題なくおくれても、騎士として活動するには後遺症が残るかもしれない。


(ああ、ダメね。疲れて悪い方向に頭が…まだまだ考えることが多いのに、これじゃいけないわ)


 事件の後処理や、捕まえた犯人達の罪状確認などやることはたくさんある。

 全員牢屋にぶち込んで話を聞いているが、どんどん追加情報が出てきて正直頭が追いつかない。

 やることは多いが、その前に…。


 ステファニーは包帯まみれの自分の腕を興味深そうに見下ろすヨーゼフの前に立ち、淑女として深く頭を下げた。


「ヨーゼフ・アルガッツ様。一度ならず二度までも、助けていただきありがとうございます」

「私からも感謝を。助かりました」

「助けていただいたのに、そのような怪我を負わせてしまい…申し訳ありません」


 ヨーゼフと一緒に手当を受けたシュテインもステファニーに並んで頭を下げる。

 彼は彼で姉に庇われ、姉の危機を救われ、心中穏やかではなかったが、感謝の気持ちを忘れてはいなかった。

 姉弟に頭を下げられたヨーゼフは軽く目を見張り、自分の腕を見て、少し困った顔をする。


「顔を上げてくれ二人とも。俺は騎士として、囲まれた一般人とか弱き婦女子を守り通しただけだ」

「ですが侯爵家の者が不甲斐ないばかりに、事件とは関係のない所で怪我を…」

「馬は繊細な生き物だ。こういうこともあるだろう…が、鍛え直すべきとは思うな」

「お恥ずかしい限りですわ」


 それはステファニーも思う所がある。ちょっと護衛にもテコ入れをして鍛え直さないといけなさそうだ。

 それにあわせ、ステファニー達も行動を見直さなければならない。


(流石に自由に歩き回りすぎたわ)


 領地だからと安心できないと、見せつけられてしまった。

 犯人グループは他所者だが、協力者のエンテは領民。ミバワの楽観的な部分も個性と受け入れるだけでなく、もっと重く受け止める部分だった。


「昨日の今日だが、彼らはどうしている?」

「全員小分けにして牢に入れてあります。それなりの人数でしたが、押し込みましたわ。リーダー格の男から中心にお話しております」

「…大丈夫そうか?」

「情けない所ばかりお目にかけてご心配をお掛けしておりますが…お話するのは得意分野ですの。お手を煩わせはしませんわ」


 鬱憤もたまっているので、盛大にやってくれるだろう。

 ちなみにエンテは昨夜言っていたとおり、好きな人のためなら何をしても許されると思ったなどと供述している。

 頭を下げに来た両親にそんなわけがあるかと怒鳴られ、張り飛ばされ、娘一人まともに育てられなかった不徳を認め自ら首を差し出す両親に、やっと自分の行動がどれ程重いのかを理解したらしい。今は謝罪と助命を願い泣いている。


 しかし両親はその手を取らない。ステファニーも振り返らない。

 恐らく罪状が決まるまで。いいや決まってからも、後悔で泣き暮らすことになるだろう。


(好きなら何をしても許されるなんて、どうして思ってしまうのかしら)


 呆れてしまうが、前世のステファニーも愛しているなら応えてくれるはずだと性欲で相手を追い詰めた前科があるため、何度も糾弾するのは憚られた。


 好きだから、どこまでも応えてくれると思っていた。


 ――愛しているならどこまでも、愛欲に溺れて堕ちていける気がしたのだ。


(私も信じすぎたのね)


 大丈夫かと、疑うことを…確認することをやめてしまえば、相手を思い遣る心を忘れれば、一方的な押しつけになってしまう。

 エンテも、前世のステファニーも、忘れてしまったのだ。


(…そう、忘れてはダメ。疑う気持ち。信じたいなら、徹底的に)


 ステファニーはゆっくり深呼吸をして、顔を上げてヨーゼフを見た。



実は前世で恋人に逃げられたのがトラウマ。

どこまで許されるのか、どうしても試しちゃう。

もし受け入れてくれるなら…。


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