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4 仲裁の公爵令息


 威嚇するウブナにときめくステファニーに、シュテインは頭と腹を押さえた。

 相変わらず弟の両手はあちこち押さえて忙しそうだ。


「これはもう、泥棒猫と罵られて当然の言動だと思いませんか姉様…!」

「いいえ思わないわ。この際だから言っておきますけど、私は婚約者のいる殿方には一切手を出していないのよ」

「う、嘘よ!」


 ステファニーの言葉に、威嚇していたウブナが否定の声を上げる。


「わたくし見ましたもの! ウワロ様とご一緒だったじゃない!」

「そうは言われましても、私はそのウーキヤ子爵令息を知りませんわ。いつのお話です?」

「二週間前の、コゴウン伯爵の夜会会場でですわ!」

「コゴウン伯爵の夜会でご一緒したのはワンバンテ令息とバンツーテ令息とテバンスリー令息と…」

「あいつらそこからか…!」


 つらつら出される名前にシュテインの身体がくの字になる。可哀想な弟のことなど気にせず名前を並べるステファニーに、それだけの令息を引っかけているのかと周囲はドン引きだった。


 しかしちゃんと聞けば、どれも婚約者のいない令息ばかり。

 見事なまでに、婚約者のいる令息や既婚者を避けていた。

 当然のことだが、奔放と有名なステファニーにその手の倫理観があったことに驚きが広がる。


「私はつまみ食いはしても盗み食いはしない女。婚約者持ちのウワロ・ウーキヤ子爵令息など知りませんわ」


 Q 同じ意味では?

 A いいえ、つまみ食いは味見。盗み食いは人様の皿に手を出す野蛮行為。同じ意味ではありません。


「そ、そんなはずは…」

「ではこの顔に見覚えはありませんか?」


 あまりにも堂々と言い放つので、ウブナの勢いがしぼむ。

 もしや本当にウブナの勘違いだったのでは、と周囲が思い始めたところに、第三者の声が響いた。

 一斉に声のした方向を見れば、そこには一人の男が立っていた。


 背の高い男だった。

 華美な礼服の上からでも窺えるがっしりした身体付きで、明らかに鍛えられている。刈り上げられた黒髪に、同じ色の目は肉食獣を思わせる程鋭い。引き結ばれた薄い口元と乏しい表情から、真面目な男なのだろうと窺えた。太い首をしっかり覆う詰め襟からも生真面目さが窺える。


(あら、いい男)


 状況も忘れ、ステファニーは赤い目を輝かせた。

 美麗というより漢らしい。太い腕で男を一人引きずっているのもまた、力強さを訴えている。


 …男を一人引きずって…?


「ウワロ様!」


 ウブナが悲鳴を上げた。

 一瞬このいい男がウワロかと思ったが、ウブナの視線は引きずられている男にある。

 引きずられているこの男がそうなのかと視線を向けたステファニーは、おや、と目を瞬かせた。


「まあ、イトワンナ様」

「…ご存じなのですが姉様」

「二週間前の夜会でお会いした方よ。ラネイ・イトワンナ子爵令息。といっても、少しお話した程度でお出かけしたことはありませんわ」


 なにせ、あからさまにステファニーの胸を凝視していた男なので。

 男の下世話な視線はわかりやすい。なので、ステファニーは男の目的もすぐわかった。

 その男はステファニーを一夜の夢を見せる娼婦としか見ていなかった。


 一応本当に結婚相手を探していたステファニーは、あからさまに身体目当ての男も忌避していた。そういう男はトラブルを抱えているので、賢明な判断だった。

 というかトラブルを抱えている男だったからこうなっている。やはり相手にしなくて賢明だった。

 結局、巻き込まれているけれど。


「ですがこの方がウワロ・ウーキヤ令息? ラネイ・イトワンナ令息ではありませんの? そのように紹介されましたけれど」

「リスクアール令嬢が婚約者のいる令息とは遊ばないと知っていた彼が、友人の手を借りて名を騙りあなたに近付いたのですよ。本物のラネイ・イトワンナ令息は地方貴族で滅多に王都には現れません」


 答えたのはグッタリ運ばれている令息ではなく、彼を引きずってきた男性だった。


「申し遅れました。私はヨーゼフ・アルガッツ。公爵家の五男です」

「あら、主催の…お騒がせして大変申し訳ありません」

「いえ、他人事でもないのでお気になさらず」


 この夜会はアルガッツ公爵家主催。

 現れたのは夜会主催の公爵様のご子息だった。

 ステファニーも含めてその場の人間が慌てて謝罪する。彼はそれを、片手を上げて制した。


 ちなみにアルガッツ公爵家の方々は大変仲睦まじく、子供が八人いる。

 確か三つ子と双子と年子が三人。そのうち一人がヨーゼフ・アルガッツ。五男が何番目か知らないが、五男ならば公爵家とはいえ親の爵位も期待できない微妙な立場だ。

 が、素人が見てもわかるほど鍛えられているので、恐らく騎士だろう。親の爵位を継げない令息が選ぶ職業は騎士か官吏の二択が主流だ。年齢もステファニーより年上に見えるし、とっくの昔に独り立ちしていそうだ。


「それで、彼が名を騙っていたとはどういうことでしょう」


 そんな彼が騒ぎを聞きつけて仲介しに来たのは、万が一でも暴力沙汰にならないようにだろうか。単純に引きずられている男に関係しているのだろうか。

 というか他人事ではないってどういうことだ。


「言葉のままですね。ウワロ・ウーキヤ子爵令息としてでは婚約者がいると知られているので、リスクアール令嬢には避けられる。それならば別人の名を騙れば遊べるだろうと考えた、男の浅慮な暴走です」

「詳細をご存じな理由を伺っても?」

「私がこちらの騒ぎに気付いたときに、渦中のウーキヤ子息がこの騒ぎから逃げ出そうとしているのを見付けました。捕まえて問い質したところ、正直に吐きました。全てはこの男が婚約者を裏切り別の女性と親密になろうとしてついた嘘が発端です」


 正直に話したにしてはグッタリしている、引きずられている男。

 もうこの対応でお察しだ。絶対往生際悪く抗って畳まれたのだろう。外傷は見当たらないが草臥れて見えるので間違いない。


「そ、そんな、ウワロ様…!」


 真っ赤だったウブナが蒼白になって震え出す。

 偽名まで使ってステファニーに近付いたとなれば、ステファニーに誘惑されたなどとは言えなくなる。悪いのは女ではなく、計画的に浮気しようとした男だ。

 ウブナの様子からして誤解があるかと思ったが、男側の過失だった。


 取り敢えずステファニーはこの偽名を名乗った男とも遊んだ記憶はないので無関係。未遂だし濡れ衣である。

 しかし偽名を使ってまで婚約者に隠れて遊ぼうとした男が何もしていないとは考えにくいので、余罪の追及が必要。

 幸いなことにウブナの親類が夜会に参加していたようなので、二人の今後は男含めて彼らに任せることにする。

 公爵家の夜会を騒がせたお詫びは後日するということで、彼らは慌ただしく去って行った。

 余罪の追及もだが、取り乱すウブナを落ち着かせなくてはならない。お友達も一緒に帰ったので、日常的に支えてくれる人達はいそうで一安心だ。

 浮気男? やっぱり引きずられていた。


(でも二人の今後は両家の采配だけでは収まらないわね)


 何せ公爵家の夜会を妨害したのだ。仲裁に公爵家の令息が関わってしまったので、二人の今後は公爵家にも伝えなければならない。もし身内可愛さに甘い罰を与えようものなら、両家の今後が危ぶまれる。

 そしてそれは、ステファニー達にも言えること。


「――夜会を騒がせたこと、公爵様にお詫び申し上げたいのですが」

「ええ、一番騒がせたのは姉様ですし。大変申し訳ございません。公爵様はどちらに…」

「ここは人目も多いので、こちらへどうぞ」


 できれば公の場でしっかり謝罪して許しを得たかったが、別室へ通されてしまった。

 ヨーゼフの誘導に、姉弟は視線を交わし隠れて舌打ちをした。

 騒ぎを目撃していた貴族が多かったので、主催の公爵に謝罪する姿をしっかり見せておきたかったのだが…騒ぎを起こした以上、公爵家の意向に逆らうのは得策ではない。無理に言い募らず、従った方がいいだろう。

 ステファニーとシュテインは大人しくヨーゼフについて別室へと向かった。


 のだが。


「ステファニー・リスクアール侯爵令嬢。私と婚約してください」


 別室に通されてすぐ、案内していたヨーゼフ・アルガッツ公爵令息に、跪いて求婚された。


(うーん急展開)


 そして求婚されたステファニーではなく、隣に居たシュテインが気絶した。

 なんでよ。



いい男を探している所にいい男がやって来たが果たしてー!!


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シュテインの健康が心配ですね(笑)血圧の乱高下による失神かな?可哀想に(/_;)きっと胃腸はもう四十代…
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