38 好きな人
「す、ステファニー様」
侯爵家の護衛が追いつき、犯人達が縛り上げられている中、弱々しい声がステファニーを呼んだ。
馬に乗って爆走したステファニーを追って来た護衛達も馬できた。違うのはきっちり光源を確保してきたこと。おかげさまで彼らの合流で、周囲はとても明るい。
馬車は通れぬ道なので、山となった犯人達は縛って歩かせるしかない。馬に乗せて運ぶには人数が多すぎた。なので、彼らが乗ってきた馬に乗ってステファニー達は早々に侯爵家へ戻ることになった。
しかしそんなステファニーを呼び止めたのは、拘束されたエンテだった。
受け身もとれず転んで傾斜を転がり落ち、岩場にぶつかり全身を打ち付けたエンテは立ち上がれないほど弱っていた。無理矢理引きずられている。
「ステファニー様、ステファニー様助けてください。違うんです。イメギはきっと騙されているんです。こんなことをする、できる人じゃないんです。彼は本当に優しくて、仕事に一生懸命で…だからちょっと行き過ぎちゃっただけなんです。イメギは悪くないんです」
引きずられながら必死に訴えるエンテ。ステファニーは彼女をじっと見詰めた。
「お願いです助けてくださいステファニー様。イメギは一生懸命なだけなんです。悪いことなんて何もしてないんです」
「…あなた、彼が好きなのね」
切々とした訴えにステファニーが反応して、エンテは明るい表情で顔を上げた。ステファニーの隣に居たシュテインが咎めるような目でステファニーを見ているけれど、ステファニーはエンテに向き合った。
「はい、はい! イメギは私の好きな人で、結婚の約束をしている人です!」
「だから今回お手伝いしたの? 宿の客に嘘を教えて?」
「嘘じゃないです。合図で祭りが始まるんです。これはお祭りでしたから。ステファニー様をもてなすためのお祭りです」
「あらぁもてなされていたの。私を連れていこうとしたのももてなしの一環だったの?」
「はい! 商談のために、話し合う機会が欲しくて、そのためにお連れする必要があってっ!」
「じゃあシュテインを攫ったのは何故? シュテインは商談に関係あったのかしら」
「それは私も不思議だったのですが、イメギが、ステファニー様がシュテイン様を大事にしているからって」
「そうなの。私が大事にしているから…そもそも商談に私を連れていくって何故かしら。まるで私に主導権があるかのようね」
「だってステファニー様が新酒製造の主導者だから…」
「つまりそれを、彼に教えたのはあなたなのね」
「えっ?」
エンテの顔が、きょとんと固まった。
「ミバワが新酒の管理をしているのは、彼自身が触れ回ったから知られているのは仕方がないわ。でも私を狙うのは何故? 侯爵家は確かに領地の酒造全ての後ろ盾だけれど、決定権は私ではなく侯爵である父にあると考えるはずよ。その父に対して人質として、私を狙うならわかるわ。でも彼は私と商談がしたくて、私をもてなそうと考えていたのよね?」
ステファニーの指先が、口元の黒子を這う。
口角は上がっているが、ステファニーの赤い目は笑っていなかった。
「私に、商談できるだけの権限があると、情報を漏らしたのはあなたね」
「…だ、だって、イメギが、困っていたから…」
「好きな人の気を引くために、好きな人が欲しがっている情報をあげたのね」
「喜んでくれたから、色々教えて欲しいってお願いされたから、私…」
「私が誕生日に屋敷じゃなくて祭りに出ることとか、護衛の人数とかを教えたのね。でも合図の前に連れていかれるのを嫌がっていたのは何故かしら」
「だってイメギが迎えに来てくれなかったから…」
「ああ、あれは彼じゃなかったのね」
そう言って周囲を見渡したステファニーだが、誰がイメギなのかわからなかった。ステファニーは自分が吹き飛ばした男の顔もまともに見ていないし、それがイメギだったことも知らない。
ちなみにイメギはその衝撃で、犯人達の山頂で伸びていたので一番に縛り上げられている。
「あなたは好きな人に、彼が知りたがっていることを進んで教えて感謝されて、もっともっとと望まれたから情報提供をしたのね。喜んでくれるから。笑顔を見せてくれるから。好きだと言ってくれたのはその頃からかしら。もしかしてキスもくれたかしら。好きな人がそうやって褒めてくれるから、街の皆が秘密にしていたことも、両親が真摯に向き合っていた客にも欺くことができたのね」
「欺くなんて、そんな大袈裟な…私はただ、イメギのために…」
「大袈裟? 街の人達が一致団結して隠していた秘密を暴くことが? 両親が真面目に働いて得た信頼に泥を塗ることが大袈裟なの? それは、好きな人の気を引くためにして良いことだとでも?」
ここに来てようやく、エンテは自分が責められていると気付いたらしい。
戸惑いながら視線を彷徨わせて後退するが、引っ立てられているのでどこにも行けない。どうして怒られているのかわからない子供の顔で、エンテは呟いた。
「だって、好きな人のためなら何でもできるって、悪いことじゃないでしょう…?」
「悪いに、決まっているでしょう!」
ステファニーの平手が、エンテに炸裂した。
すっぱーんっ!!!
次回、一方的なキャットファイト。
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