36 ヒーローは遅れてやって来る
シュテイン視点の終わり。
男達の引きつった悲鳴が暗闇に響く。
鬱蒼と木々が生い茂る森の中。月明かりすら碌に通さない森での光源は、皮肉なことに彼らの持つランタンだった。
街灯のない森の中を抜けるため、足元を照らしながら進んでいた彼らの光源。それは相手に居場所を知らせる目印にもなり、その一つ一つがヨーゼフによって刈り取られていく。
ヨーゼフの髪は夜の色。暗い色の外套を羽織った彼は縦横無尽に走り回って男達の死角に回り込み、的確に意識を刈り取った。ときには正面から殴り込んだり、業と木々を揺らして相手を攪乱したりと忙しい。
どうやら彼は夜目が利くようで、暗闇でも動きに躊躇いがない。シュテインからヨーゼフの動きは全く見えないが、順調に進む蹂躙を断末魔から色々察することができた。
なので、蹂躙が始まってすぐ身を低くして光源から逃れたシュテインは、大人しく猟犬が仕事を終えるのを待つことにした。
(姉様は駄犬と評していたが、仕事はできるのか…いや、そうする物と認識しているならできるんだったか。どこまで大雑把な指示でもできるのか? おかしな自己解釈がなければできる男と聞いていたが…一体どんな教育を受けたんだ。それとも騎士ならば悪人を見逃さず、夜だろうと追い詰め逃がさないと教えられればできる、ということか…?)
予想通りならチート級のハイスペックなのに、上手く自己活用できていないのが残念すぎる。
間違いなく恩人なのだが、シュテインは思わずしょっぱい顔になった。
「イメギ…イメギ、どういうこと? なんで騎士様が暴れているの? 何が起きているの!?」
身を低くしたシュテインの割と近くで、エンテの戸惑った声が響いた。
暗闇の中首を巡らせれば、転がった樽に縋り付く男…恐らくイメギ…に掴み掛かるように縋り付き、問い質しているエンテが見えた。
彼らもランタンを持っていて、樽の影になるようにして隠れているがこの暗闇だ。どうしたって明かりは漏れる。見付かるのは時間の問題だろう。
「確かに今日はいつもと格好が違ったけど、お祭りだからそうしただけだよね? 隊商じゃないとか代表の人の怪我とか騎士様の勘違いでしょ? イメギ達はこれから、ステファニー様と新酒の優先販売の契約がしたいだけで…」
切り裂く音というより殴打の音が響き、エンテは肩を竦めてイメギに縋り付いた。容赦なく端から端まで昏倒させていくつもりなのか、逃げようとした相手から意識を刈り取っている。視界の端で森の中に相応しくない人の山ができていた。
散らばられたら回収が面倒なので一箇所に纏める気持ちはわかるが、暗闇でもわかる人の山がどんどんできあがっていく様子はいっそ恐怖映像だ。エンテにも見えているのか、小さく悲鳴が聞こえた。
頭のおかしい女でも、流石にこれは怖いらしい。
すっかり混乱して怯えたエンテの肩を抱き、イメギは暗闇でもわかる明るい声を出した。
「勿論何かの間違いさ! 俺たちがそんなことをするわけがないだろう?」
とても明るい声だった。
恐らくこの暗闇でも、男の笑顔はエンテに光り輝いて見えただろう。
「そ、そうだよね。だってこの酒だって試飲したいからミバワおじさんから借りてきた酒で、シュテイン様だってちょっと協力して欲しかっただけで…」
(ちょっと協力して欲しくて連れ去るのがおかしい。あとミバワがそう簡単に酒を手放すものか)
彼らがどうやって酒を盗んだのかシュテインは知らないが、ミバワの名前が出たことで彼の身が心配になった。殴っても蹴っても死ななそうな男だが、酒が盗まれたとなればこの世の終わりと騒いでいるかもしれない。
相変わらず身勝手な言動をするエンテだが、イメギはそんな彼女を肯定する。
「そうだよ。俺たちは何も悪いことはしていない」
「だ、だよねだよね!」
「うん! 信じてくれるよね愛しのエンテ」
「勿論よイメギ! 私あなたを信じているわ!」
「ありがとう!」
嫌な予感がした。
支離滅裂なやりとりやエンテの精神状況よりも、仲間の悲鳴を聞きながら明るく会話する男が何を考えているのか――嫌な予感が強くなる。
「だから」
エンテの肩を抱いていた手が、彼女をくるっと反転させる。
「俺を助けてね」
そう言って、向かってくるヨーゼフにエンテを突き飛ばした。
「えっ」
きょとんとした顔のまま、放り出されたエンテはヨーゼフの正面に飛び出す。
剣を振り上げていたヨーゼフは、無防備な顔で向かってきたエンテをその場から飛び退いて避けた。投げ出されたエンテは受け身もとれず、その場に転がる。傾斜だったのか、そのまま地面を転がった。
憐れな悲鳴が短く響き、シュテインと同じようにどこかに引っかかって止まった。
ヨーゼフがエンテを受け止めないのは仕方がない。何故ならエンテはヨーゼフにとって犯人の一人でしかないから。犯罪組織の一員だから何か隠し持っている可能性を警戒され、抱き留めることはなかった。多分飛び出して来た位置が悪くて回避したのだろう。場合によっては切り伏せられていた。
「い、イメギ? なんで、」
どこかぶつけて痛めたのか、エンテの声は弱々しい。
聞こえているだろうに応えずに、イメギは縋っていた樽を開けて蹴飛ばした。中身が地面にぶちまけられる。
強い酒の香りがその場に満ちた。
地面に染み込む酒に、姉の作った酒を無駄にされた事実に、シュテインの眉間に皺が寄る。
盗んだ酒を台無しにする暴挙に、何が目的だとイメギを見上げ…彼がランタンを振り上げたのを見てぎょっとした。
「お前ら全員、焼けちまえ――!」
強いアルコール成分の酒。
それが染み込む草木の近くに立つヨーゼフとエンテ。
何よりここは森の中。
夏の生い茂る草木は、青々とした葉を夜風に揺らしている。
そこにランタンなど叩き付けられたら――間違いなく引火する!
侯爵領の、ステファニーの、シュテインの育った森が燃えてしまう!
「やめろ――――!」
シュテインが叫び、ヨーゼフが駆けるより早く。
ランタンはイメギの手を離れ。
「ハラショ――――ッ!!!!」
「げべらぁっ!!」
横から飛び出して来た黒い巨体に跳ね飛ばされた。
衝撃で吹き飛んだイメギは回転して木の枝まで吹き飛び、木の枝を軸に何度か回転して落下し回転して引っかかりを繰り返し、ヨーゼフに殴打された男達の山頂に落下した。
ランタンはイメギの手を離れるも、衝撃で下ではなく上に飛び、駆け出したヨーゼフが空中で受け止めるのに成功した。
そしてイメギだけでなく、深刻な空気すら跳ね飛ばしたのは。
「シュテイン! ああシュテイン! 私の可愛い弟は無事!?」
「姉様…!」
顔を上げたシュテインは、ヨーゼフの持つランタンが照らすその人を見上げた。
その人は金の豪奢な髪を振り乱し、美しいかんばせを強張らせた女性。玉の汗を流しながら肩で息をするその人は、白い肌を赤く染めて黒馬を操っていた。
スカートのまま、馬に跨がって。
堂々と曝け出された白い太ももは、ヨーゼフが持つランタンの高さだった。
黒く引き締まった馬の背を力強く挟む腰つきに、ヨーゼフの目が吸い寄せられる。釘付けだった。
シュテインは先程より大きな声で叫んだ。
「なんて格好をしているんですか!!」
怒鳴りすぎて吐血するかと思った。
その内、叫びながら吐血するかもしれないシュテイン。
ヨーゼフは目が点になりながら、突然現れた太ももを凝視している。多分この瞬間太もものことしか頭にない。これがハニトラ。
次回、帰ってきたステファニー視点は月曜日の更新です。
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