35 大事な大事な宝物
シュテイン視点続行です。
「な、なんだお前」
「追っ手か…? どうやってここがわかった!」
突然現れた大型な男に、男達がざわつく。
シュテインが改めて見上げると、段差の激しい道を進む男達が見えた。
丸太をレールのように敷いて、樽に傷がつかないように転がして運ぶ。その丸太が動かないように抑える男と転がす男。大所帯だからこそできる運搬方法は、シュテインが思っているより順調だったのか既に森の中腹まで進んでいた。
何故わかるのかと言えば、この森がシュテインにとって、幼き日の遊び場だったからだ。
姉が大人と難しい話をしている中、護衛と一緒に隠れて訓練したのがこの森だ。
なのでおおよその立ち位置を理解できた。迷いの森などと呼ばれている森だが、シュテインは迷ったことはない。
ただしそれは、日が昇っていたら。
領地の街にいたときは夕暮れ時だったが、現在、完全に日が落ちている。
いくら土地勘があっても、暗い夜の森を一人で進むのは自殺行為だ。
(…これは、一人で逃げるのは手子摺るな)
悔しいことに背に庇われた安心感で冷静さが戻ってくる。
人質になってはならないと気持ちだけが高ぶっていたが、流石に一人で動けない。シュテインは大人しく、岩肌に背中を預けた。
騎士が来たので、なんとかなると気が抜けた。
そんなシュテインを背中に庇い、堂々と刃物を持った男達と対峙するヨーゼフは、彼らの疑問に真顔で返していた。
「俺はシュテイン殿を助けに来たのではなく、誰か人が居るなら助けて欲しいと思ってここまで来た」
「待ってください話が変わる」
抜けかけていた気力が気合いで戻ってくる。
シュテインは岩肌から背を離した。
「ステファニーのいる街はどう行けばいい?」
「迷子か!」
こんな時間に森の中で迷子なんて死にたいのか!
安心していたはずのシュテインは猛烈な不安に襲われて思わず叫んだ。
「手紙で許可されたので誕生日を祝いに来たのだが、すっかり日が沈んで機会を逃してしまった。日が昇ってから出直すべきか? 次の日になったら祝福の挨拶は不要と言われないか? もう時間切れだろうか。ステファニーは慈悲をくれると信じたいがどうだろう。しかしここでシュテイン殿を助ければ確実にあってくれると思う」
「下心が一切隠せていない!」
というか取り繕っていない。
さっきから何も取り繕わないこの男はなんなのだ。素直におしゃべりしたら仲良くなれるとでも思っているのか。どうした公爵令息。
頓珍漢なヨーゼフに絶句するシュテインだが、ヨーゼフがシュテインと仲良くなるために、兄達の「仲良しになりたい人には素直になろうね」「嘘は嫌われるぞ」「男だったら正面から正々堂々ぶつかる方が友情を夕日に誓える近道だ」という言葉を実行しているに過ぎなかった。男同士が仲良くなるためには偽りなく正面から正直な言葉をぶつけ合うのが近道なのだ。夕暮れは過ぎたがいけると思った。
ちなみに兄達がこれを言ったのは十代前半の悪ガキ盛りである。恐らく言った側は忘れている。
「どういうことだ。公爵令息が迷子なんて…まさか一人で来たんですか? 騎士とはいえ貴族であるあなたが!?」
「貴族だが騎士だからなんとかなった。王宮勤めでもサバイバル演習は基礎なんだ。それなのにどうしても同じ場所で道を間違える。早急にステファニーに報せたいことがあったのに、もうすっかり日が沈んだので本日の野営を開始しようとしたのだが、シュテイン殿が囲まれているのを崖上から見付けた…明らかに追い詰められていたので、恩を売る機会と判断して飛び降りてきた所だ。ついでに俺のことも助けて欲しい」
「この場面で助けを求められることがあるなんて…」
シュテインは脱力しそうになった。なんとか踏ん張って腹を抱える。胃が痛い。
とんでもない発言を繰り返すヨーゼフだが、騎士らしくシュテインをしっかり背に庇って視線は男達から離れない。右手は柄を握っていて、いつでも抜刀できる体制だ。
無防備にシュテインと雑談しているように聞こえるが、油断なく男達に意識を向けている。
てっきり追っ手かと思えば迷子と宣言された男達は戸惑っていたが、シュテインと知己のやりとりをしているので敵と判断した。運んでいた樽を置き、全員が武器を取り出す。
敵と判断してからの武力行使まで躊躇いがないことから、彼らが初犯でないことが窺える。人を傷つけること、騙すことに慣れ過ぎていた。
しかしだからこそ、ヨーゼフの相手はしたくないのだろう。武器を構えながら、殴りかかってくる者はいない。
「…ところで俺は日中も同じ森で迷子になったわけだが」
「…まさか一日中、今の今まで彷徨っていたのですか」
「いや、日中は一度引き返した。迷っていると気付いたから引き返そうとして、そのときに森で倒れている男を見付けたんだ。その男は身ぐるみ剥がされて身元のわからない状態だったが、幸い意識が戻って事情の説明ができた」
ヨーゼフの言葉に、何故か男達に動揺が走る。
視線で何かを確認し合う彼らを、ヨーゼフはしっかり確認していた。
「彼は小さな隊商を率いる商人で、侯爵領を中心に商売をしていたらしい。元々は一人で雑貨を売り歩いていたが、その腕を貴族に見込まれて顔が売れたことから隊商の代表に抜擢されたとか。俺は詳しくないが、関所では隊商を率いる男の身分が保障されれば責任者として認められ、他の商人の身分証は必要ないらしいな。信頼と実績を重ねた責任者だからこそとか、作業効率の問題など聞くが、それが今回の事件を引き起こしたなら見直した方がいい」
「…何があったんですか」
「一人の確認で出入りできるなら、一人が本物であれば問題ないと、組織的に男の信頼を利用されたようだ」
代表者一人の身分証で関所が通れるのは、隊商の身分を保証する代表者が、全ての責任を負うからこそ成り立つ。
つまりその代表者を隠れ蓑にすれば、悪人は何度も街を出入りできてしまう。
「偽りの商人が本物の代表を盾に出入りして情報を収集。祭りの時期は人が多く、隊商でいる方が記憶に残りやすい。だからわざとそれぞれ現地入りして無関係を装い、繋がりのないようにみせて組織的に犯罪を行った」
組織的な犯行とわかれば疑われるのは個人の商人より人数の居る隊商。
疑いの目を一つでも減らすため、彼らは無関係を装って街に入った。
用済みの代表者を置いて。
「ことが明るみに出ないよう、代表者の身ぐるみを剥いで身元不明の遺体を作ったつもりだろうが…関所を前に、返り血を恐れたのか? 殴打だけでは、気絶しても打ち所によっては死にはしない。勿論打ち所が悪ければ死んでしまうが、彼は生命力に溢れていたぞ」
言いながら、ヨーゼフは鞘から剣を抜いた。
「強い力で頭部を殴られていたが、命にも記憶にも問題はなかった」
殊更ゆっくり晒された白銀の刀身は、彼らが握るナイフよりも切れ味は勿論のこと…殴打する能力も高そうだ。
「お前達はどうだ? 殴ってばかりのお前達は、頭部を殴られても生きていられるか――試してみるか」
「何故悪役のような言い回しを…?」
間違いなくこれから相手を無慈悲に滅多打ちにする側の言葉である。
が、間違ってはいない。
堂々と迷子と言い放ち一般人のシュテインに助けを求めるような騎士だが、ヨーゼフは王宮の警護を任される騎士の一人だ。その実力は、シュテインの比ではない。
目の前にはステファニーの領地で悪事を働き、シュテインを誘拐して、世話になったはずの代表者を搾取して殺そうとした犯罪者達。
しかも背後に庇ったシュテインは抵抗したあとが残り、殴打痕や破れた衣服。ひび割れた眼鏡など、実は見た目的にも被害者感が強い。
ヨーゼフの愛するステファニーが溺愛する実弟がこのような目にあわされて、悲しむだろう愛しい人を想えばヨーゼフだって苛立ちが募る。
そんな彼らが集まって、薄暗い夜に、何も起こらないはずがなく――…。
蹂躙が始まった。
気が抜けそうになったが無理だった。気を抜いて言い場面でないので間違ってないけど間違った気の張り方。
ヨーゼフは大真面目です。
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