34 盗品の行方
シュテイン視点。
ちょっと長くなります。
シュテインは自分で自分が嵩張ると思っている。
同年代より背丈が高く、筋肉質で横幅もある。姉と並んだときなど横にも縦にも差がありすぎて戸惑うほどだ。領地では遭遇する機会の少ない幼子が駆け回るのを見て蹴飛ばさないか戦々恐々しながら歩いている。
シュテインは鍛えているので、重量がある。
筋肉の付きやすい体質らしく、鍛えれば鍛えるほど筋肉が逞しくなっていく。ふと背中が痒くなって腕を上げたら背中に手が届かないほど肩に筋肉が付いたことに気付き、柔軟性に欠けると過度な訓練は控えるようになった。が、それでも筋肉はすぐに衰えたりしなかった。姉の作った孫の手が活躍している。
とにかくでかくて幅をとって重たいと自認しているシュテインは、現在軽々と転がされていた。
ワイン樽に詰められて、ゴロゴロと。
(なんでだ…)
劣悪な道で樽が傷つかないように丸太を敷いて、丸太をレールのように扱いながら樽を転がしている。複数人で協力しながら、整備されていない道を通っていた。
シュテインは目にしていないが、周囲のかけ声や音から状況はだいたい把握できた。詳しい人数や場所はわからないが、現在地が街を離れた森の中で、自分が誘拐されているのはわかる。
(――どうしてこうなった)
そもそもの始まりは、姉が誘拐されかけたと報せを受けたこと。
侯爵家の人間が狙われたのか、姉だから狙われたのか不明だが、シュテインも早急に侯爵家へ戻ることになった。
その道中で、シュテインはやけに周囲を見渡しているエンテを発見した。誰かを探しているのか、忙しなく首を巡らせている。
(…行方知れずと書いてあった気がするが、普通にいるじゃないか)
ステファニー誘拐未遂と一緒に、姿を消したエンテの情報も持って居たシュテインは、危機感なく歩き回っているエンテを見て顔を顰めた。
このとき不幸だったのは、シュテインが完全にエンテを無害な領民だと思っていたこと。
だからシュテインは相手を怯えさせないよう、護衛に待っているよう伝えてエンテの傍に向かった。厄介な相手に絡まれたのだから、早く家に帰るよう忠告するつもりで。姉も心配していたので、さっさと安全な場所へ戻れという気持ちだった。
もう一つ不幸だったのは、シュテインがなんの下心もなく行動できる男だったこと。
女性を気遣い、危険だから戻れと忠告する。それを当然と考えて、迷う暇もなく実行する。だからエンテを発見して考えるのではなく、エンテを発見して即行動に移していた。ノータイムで行動するので、護衛達への情報共有が足りなかった。
まさか、エンテが共犯者…今回の騒動側に立つ人物だと、思っても見なかったので。
(侯爵家の男がこの体たらく…情けない…)
声を掛けたシュテインは完全に油断していて、あっという間に殴られ引きずられ詰め込まれた。
エンテではなく、エンテの傍にいた男達に。
勿論抵抗したが、鍛えていても実戦経験のない丸腰のシュテインでは人数差を埋めることができなかった。お行儀よく過ごしていたので、喧嘩慣れしている男達には敵わない。
あちこち殴られて意識が朦朧としている所をワイン樽にギッチギチに詰め込まれ、身動きが一切とれない状態で転がされている。
(そもそもなんで私を…こんな図体のでかい男を攫った所で、邪魔だろうに…)
侯爵令息としての誇りは勿論ある。しかしシュテインは跡取りではない。
何かあったときは斬り捨てられる存在で、彼らの望む身代金や有利な交渉など夢のまた夢だというのに。
ごろりと転がされた拍子に腕に巻かれたブレスレットが上下に揺れた。薄暗くて見えないが、金と赤の色合いの安っぽいブレスレットがまだ腕に付いたままだった。
(…いや、姉様なら動いてしまう。私を攫って姉様に何か要求する気か? あの人なら交渉の席には座るかもしれないが、いろんな物を絞り尽くされて終わるぞ…)
言い分がハチャメチャなくせに迫力があるので逆らいにくい。理に適っているようでいて突飛な言動ばかりな人だ。だというのに相手は勝手に納得して勝手に負けた気持ちになる。それを爽快に感じてさえする。
意味が分らない。
「イメギ…ねえ、本当にこのままシュテイン様を連れていっちゃうの?」
劣悪な運搬方法に舌を噛まないよう、グッと歯を食いしばっていたシュテインは樽の外から戸惑った声を聞き取り、耳を澄ませた。
戸惑いに満ちた女、エンテの言葉に、傍にいる男が笑いかける。
「大丈夫だエンテ。ちょっと重いがそれだけこの男の価値は計り知れない。君も言っていただろ? ステファニー嬢は弟が大好きで将来婿にするつもりに違いないって」
「言ったけど、勿論冗談よ。ステファニー様はシュテイン様が大好きって言うのはその通りだけど…」
「ならそのシュテイン様をつれていって、ステファニー嬢に協力して貰うしかないさ。勧誘が失敗してしまったから、今度は確実に決めないとだろ?」
「そうだけど…やり方がちょっと乱暴じゃない?」
(ちょっと!? これがか!?)
ちょっと乱暴の域を超えている。それとも庶民にとってこの程度は冗談で済まされる悪戯なのか。
ゴロゴロ転がされるシュテインは侯爵領の領民の常識に引いた。
「乱暴じゃなくて強気さ。相手はお貴族様だから、俺たちは必死に優位に立とうとしているのさ。対等な立場? 貴族と庶民じゃ庶民が搾取されて終わりさ! だから俺たちは搾取される前に立ち上がる。相手より上にね。それを初手で思い知らせないと、遅れを取る形になってしまうのさ。そうだろエンテ」
「うーん、確かに態度が大きい客もステファニー様のお名前を出せば大人しくなるけど…ステファニー様は相手が庶民だからって上から目線で押さえ付けてきたりしないわ。今なら謝れば許してくれると思うし、もう一回お願いしに行ってもいいんじゃない?」
(…この娘、姉様に対してやけに親しげだと思ったら、姉様を貴族令嬢じゃなくて保護者と勘違いしていないか?)
謝って許して貰えると思っているなんて、感覚がおかしい。
恐らく誘拐の意識がない。必要だから来てもらう。そんな感覚で樽に人を入れて転がしている。
「許してくれるなら僥倖だね。誠心誠意謝って、俺たちの事業に協力して貰おう。どうせ呼び出すんだから、そのときにでもね。その方が効率的だろう?」
「そうね。確かに引き返したら二度手間になっちゃうし…ステファニー様が来てくれるのを待ちましょう!」
先程まで戸惑っていたのに、エンテは明るい声でそう断言した。
(ヤバイ女だ…姉様とは違うタイプの…)
シュテインはドン引いていた。
誘拐犯の自覚がなく、人質の存在で脅迫して拠点におびき寄せ、何かしらの事業に関わらせようとしている。絶対碌でもない事業だ。
明るい声で断言したエンテが、今度は甘えるように媚びた声を出す。
「それでぇ…事業が上手くいったら、お嫁さんにしてくれるんだよね?」
「ああ、君のように笑顔が眩しい女の子と一緒になれるなんて最高だ。でも今は資金が足りないから、苦労をかけて君を不幸にしてしまう。男としてそれは本意ではないんだ…なんとしても成功させて資金を貯めてみせるから、それまで俺を助けてくれ。愛しているよ」
「~~うん! 私頑張る!」
弾んだ声を聞いただけで、エンテが満面の笑みを浮かべているのがわかる。
――シュテインは、侯爵令息として貴族達の湾曲された会話に慣れている。そして何より、ステファニーが零す碌でもない男の言動にも詳しかった。
(…なるほどこれが、無知な少女が悪い男に騙されて犯罪に手を染める流れ…)
結婚を考えているエンテと、一緒になろうとは言うが断言しない言動を返す男。
苦労をかけるのを嫌がる言動をしながら、恥ずかしげもなく助けてくれと相手に求める。語尾扱いの愛しているがとても空虚に聞こえた。
愛しているから一緒に頑張ろう、ではない。
愛しているから助けてくれるだろう? と誘導している。
それでいて愛していると言った男の声は平坦で、どこにも熱が無かった。
エンテのように聞いているだけで興奮が察せるような感情の起伏が、どこにも無い。
きっとその顔も、表面ばかりが笑顔で目の奥は冷めているのだろう。
(心にもないことを囁いて、のぼせ上がらせて、意のままに操る…コイツは詐欺師だ)
そういう男に騙されると、女は男の言動こそが正しくてそれを否定する言葉は全て害意あるように聞こえるらしい。第三者の諫める言葉が素直に届かなくなる。
シュテインはエンテの言動に恐怖を覚えたが、男に傾倒することで本来の性質が歪んでいるのかもしれない。
そうじゃなかったら逆に恐怖だ。
(エンテの事情はともかくこのまま運ばれるのは危険だ。姉様相手の人質なんて冗談じゃない)
侯爵令息として人質にされるのは屈辱だが、姉に言うことを聞かせるために弟を攫ったなんてもっと屈辱だ。一体シュテインはいくつだと思われているのだ。こんなに嵩張る図体をしているのに。
しかしギッチギチに詰められて身動きはとれない。むしろよくぞ詰め込んだ。シュテインは自分の鍛えた身体が邪魔だと久しぶりに感じた。
(く…この…!)
「あっ」
なんとか重心をずらせないかと四苦八苦するシュテインに応えたのか、転がしていた樽が丸太のレールから外れた。
勢いよく転がり落ちた樽は傾斜を滑り落ち、崖の剥き出しになった岩肌にぶつかる。かなり大きな音が響いた。
その衝撃で、樽が割れた。
(出られた…!)
偶然だがなんとかなった。
恐らく、中身が詰まりすぎていて衝撃が逃げられず壊れたのだろう。密接していたシュテインは身体も節々が痛かった。
だが、俯くわけにはいかない。
「わー! シュテイン様が出てきた! ヤバイ怒られる!」
「逃がすな捕まえろ!」
落ちた樽を追ってきた犯罪者が、樽から解放されて立つシュテインに気付いて武器を構えた。切れ味の悪そうなナイフが、光の当たらない森の中で不気味に光る。
一方、樽から解放されたが丸腰のシュテイン。背後は岩肌の崖。前方には誘拐犯達。
出られはしたが抜け出す経路がない。
――が、先程とは違い庇う領民もいなければ不意を突かれたわけでもない。
こうなっては説得力もないが、道楽で鍛えていたわけではない。シュテインは砕けた樽の木片を掴み、盾にした。
(だが全員を倒すのは無理だ…私にとっての最優先は逃走! 相手から武器を奪い、隠れながら領地に戻る!)
人質として利用されてたまるか。
シュテインは、ステファニーの足枷になるわけにはいかない。
いかないのだ。
じり、と間合いを計った足が地面を擦る。
――そのとき、シュテインが背にした岩肌の崖から、巨体が降ってきた。
突然の闖入者に、誰もが動きを止めた。
それはシュテインと男達の間に音を立てて着地し、ゆっくりと立ち上がった。それは人間で、男だった。旅の外套が揺れて、腕で払われた下から帯剣された剣が現れる。
結構な高さから降ってきた男は、夜色の瞳をぐるりと走らせて…背後に庇うシュテインを最後に見て、低い声で言い切った。
「恩を売る機会だと判断した」
「思っていても口に出したら台無しです」
真顔で宣言する男、公爵令息…騎士のヨーゼフに、シュテインは同じく真顔でツッコミを入れた。
情けないことに安心して、ちょっと我慢できなかった。
シュテイン、鍛えてはいるけれど実戦経験のない十七歳。
老け顔だけど若いし、身体もできあがっていない。ガチムチだけど。
なので喧嘩慣れした大人達には敵わない。でも一対一なら勝てる。お行儀のよい戦い(試合)しか知らない。
そして降ってきたヨーゼフ。偽りなく話せば通じ合えるわけじゃないんだよ。
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