32 彼女の心
とにかく、行動しなければ時間ばかりが流れていく。
「関所の封鎖は通達済みです!」
「検問の依頼も済んでいます!」
「盗人達はどこにも逃げられません!」
何はともあれ、祭りのどさくさに犯人が街を出た可能性だって否めない。侯爵家の家臣達は早馬を出したり見回りを強化したりと忙しく動き回っていた。
街道のあちこちに関所がある。侯爵家だからではない。領地から領地へと移動するなら必ず通るし、祭りの日は出入りが多くなるので連携も密になる。
連絡を済ませて一安心と言えないのは、盗人が素直に関所を通るとは思えないからだ。
ステファニーはこのあたりの地図を広げて、他に通り道がないかを確認した。
「盗人がお間抜けさんだったらとっても嬉しいのだけれど…人数が居るのだからそこそこ頭の回る人が居るはずよね。馬鹿正直に関所を通過するかしら。失敗したけれど、侯爵令嬢を誘拐していたかもしれないのに? ないないわ。私これでも嵩張るのよ」
どことは言わないが質量があるので、ステファニーはとっても嵩張る。
ステファニーの独り言に、家臣達の視線がそれぞれの部位に集中したがすぐに逸らされた。
しかしミバワはやらかした。
「お腹周りのことかの?」
「次からミバワおじさんへのお土産やめるわ」
「場を和ませる冗談じゃろぉおおおおおおお!」
今そういうのは求めていない。
空気の読めないミバワは一瞥すら寄こさず断言したステファニーに縋り付こうとして、護衛に止められた。わしのつまみぃいいい! と嘆く声が響くが知るものか。
「このあたり、抜け道っぽくなっているけれど…実際の所を知っている人いる?」
街道から外れた森。関所を避けるなら通ることになる森だが、ステファニーは入ったことがない。貴族令嬢なので、整備された道しか歩いたことがないのだ。
物理的な話である。精神的な話だと私が道だと言わんばかりだ。
ステファニーの態度は置いておいて、この土地で過ごす家臣達はしっかり把握していた。
曰く、木々は生い茂り段差の激しい岩場になっているので、馬ならともかく馬車での通行は難しい。樽を転がして運ぶなら破損するだろうし、抱えて移動するなら時間が掛かるとのことだ。
身軽な状態でなら出入りできるが、荷物を抱えて通るには危険な道らしい。時々関所から逸れて迷い込み、立ち往生する行商人が出るので注意書きの案内板が置かれているようだ。
それでもふらっと迷い込む人が居るので、一部からは迷いの森なんて呼ばれているという。
(え、知らない…)
王都で過ごす時間の方が多いが、領地にそんな森があると知らなかったステファニーはちょっと真顔になった。ガチで知らない。そんな曰く付きの森。
(移動は馬車だし、見かけは普通の森だし、全然気にしてなかったわ…)
樽を作るに当たって木を伐採したが、入り口付近の所だけだ。
森林伐採はやり過ぎると未来が危ないので、植林も並行していた。切るのは一瞬だが育てるのは何十年もかかるから、取りかかるのは早い方がいい。森に対して思っていたのはそれくらいで、まさかそんなファンタジー要素があるとは思っても見なかった。
(まあ、この世界に魔法なんてないんだけどね)
気を取り直して、他に逃走経路になりそうな道がないかを探る。地図を眺めるだけではわかりにくかったが、家臣達は土地勘があるので無理をすれば通れそうな箇所をピックアップしてくれた。
しかしそのどれもが犯人単独なら逃げられるが、樽を五つ抱えての逃走となるとどこもデメリットが多すぎる。
(まさか馬鹿正直に関所を通るつもりでいるのかしら。欺ける気でいるのか、力尽くでいけるのか…協力者がいるなら、もしかして私たちが把握していない道を知っている…?)
あり得ない話ではない。
森なんて道の整備もされていないのだ。
「関所だけじゃなくて、森の境界も警戒して…」
「ステファニー様。宿屋の夫婦がステファニー様に取り次いで欲しいと門前まで来ております」
指示を出した所で、老執事が客の来訪を告げた。
宿屋の夫婦と言えば、ステファニーが優待室を予約した宿の夫婦だ。エンテの両親でもある。
ステファニーは街の警備に、エンテの行方がわからないことを女将に伝えるよう言付けた。言付けを聞いて、詳細が知りたくてここまで来たのかもしれない。
「エンテのことかしら? あの子のことは街の警備に任せたから、そちらに誘導して」
「いいえ、娘の行方ではなく。娘の行いについて話があるようです」
リスクアール侯爵家に仕えて長い老紳士は、王都の侯爵邸に仕える老紳士と双子だ。
同じ背丈で同じ体格。同じ声音に同じ角度のお辞儀をする老紳士は、揃っている所を見たことはないがあまりにも似すぎていて領地と王都を瞬間移動したのではないかといつも疑ってしまう。
しかし伏し目がちの目の色だけが違う。王都の老紳士は緑色だが、領地の老紳士は黄色い目をしている。
その黄色い目が、じっとステファニーを見ている。
「…大事なお話なのね?」
「騎士に話すべきかと迷いましたが、その時間すら惜しいかと」
「わかった会うわ。応接間にお通しして。貴方たちは祭りの最中に街を出た集団がいないか確認してきて」
地図を丸めて谷間に突っ込んだステファニーは、そのまま身を翻して応接間へと向かった。
あまりにも鮮やかすぎて、家臣達は一瞬何が起きたのかわからなかった。
((え、なんであそこに仕舞えたんだ…?))
そもそもなんでそこに仕舞った。
それどころではないのに、思わず呆然と動きを止めてしまった家臣らだった。
そして真っ直ぐ向かった応接室。
高級な家具に萎縮していた宿屋の夫婦は、ステファニーの姿を見た瞬間揃って立ち上がると綺麗な土下座を決めた。
「申し訳ございません!」
「うちの娘が、うちの娘が騒動の原因でございます…!」
血の気が引いた顔で額を床に叩き付けた二人の丸まった背中を見下ろして、ステファニーは苦い顔をした。
――嫌な予感はしていた。
今回の事件は、祭りの内情やステファニーの事情を知っている者が関わっている。
簡単な連想ゲームだ。
他所者と接する機会が多く、祭りの概要を説明することが多いのは誰か。
他所者が領地に入り、まず確認するように祭りについて聞くならば、一体誰なのか。
祭りの決まりをねつ造して話しても、受け入れられやすいのは一体誰か。
それが当たり前みたいに堂々と話せる度胸と、不自然にならない話術があるのは誰か。
少し考えれば候補として浮かんでいた。
宿屋の女将は、泣きながら震える声で訴えた。
「今回の騒動…偽りの合図や企画を話して回ったのは、娘のエンテにございます…!」
長年旅行客に祭りについて説明し慣れていて、初対面でも親しく話を続けることのできる宿屋の看板娘。
現在行方知れずの、エンテだ。
ステファニーは谷間を四次元ポケットだと思っている。
ちなもに今回祭りに参加予定でずぶ濡れで飛び跳ねるはずだったので、護身用不在。
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