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27 恋の季節はオール


「あれ? ステファニー様! お久しぶりです!」


 宿の手配を終えて移動しようとしたステファニーに、若い娘が声を掛けた。

 顔を上げると、くるくるした茶髪を後ろに括ったステファニーと同じ年頃の娘が笑顔で階段を下りてくる所だった。

 見知った顔に、ステファニーも笑顔になる。シュテインは一歩下がった。


「お久しぶりね、エンテ。女将さんのお手伝い?」

「はい!」


 宿屋の娘、エンテはとても明るい笑顔で頷いた。


 領地の娘全てを把握して居るわけではないが、同じ年頃の娘ならば一緒に祭りを楽しむ仲なので顔と名前が一致する。彼女は祭りの名前が変わった原因の事件も目撃しており、堂々と色仕掛けを仕掛けたステファニーに引くどころか目を輝かせていた逸材だ。

 どうやら恋愛に強い憧れがあるらしく、ステファニーの話す武勇伝に対しても興味津々だ。


「今日はお祭りに参加しに来たんですよね? 掛け合いは午後からですけど…お昼はどこかの屋台ですか?」

「んふふ、滅多に食べられないからそのつもりよ」

「お勧めは串焼きですけど、クレープも美味しそうでしたよ。甘いだけじゃなくてしょっぱいのもあって、お腹にも溜まりますし」

「楽しみだわ。情報をありがとう」

「あ、ワインに合いそうなポテトパイもありました!」

「情報ありがとう。とても楽しみだわ」


 思わず似た台詞を繰り返してしまった。

 祭りなのだ。昼だろうとワインを飲んでも許されるだろう。隣のシュテインの視線が痛いが酒造の国の祭りで酒を飲まないなんて国民ではない。未成年は除く。


 未成年はどの世界線でも飲酒は禁じられていた。

 酒飲みの記憶を保持した幼少期、とてもひもじかった。酒が飲めないという意味で。


 喜びと感謝を伝えれば、エンテが嬉しそうに笑う。笑顔の似合うよい娘だ。

 そのエンテの首元で、キラリと緑色が輝いた。


「…あら、綺麗な髪留め(バレッタ)ね。よく似合っているわ」


 ステファニーの目に付いたのは、葉を模した髪飾りだった。蔓が絡み合い、小さな葉を模した緑のガラス玉が横並びに並んでいる。高級品ではないがオシャレな髪留め(バレッタ)だ。

 宿屋には何人か、似たデザインのアクセサリーを腕に着けている客がいるが、エンテが身につけているのは髪留め(バレッタ)だ。種類が違う。


「あ、これはですねー…えへ、うぇっへへ~」


 頬を染めてデレデレし出したエンテに、ステファニーはピンときた。


「…なるほど、男ね…」

「うぇへ、やだなステファニー様ァでへへ…ステファニー様のお召し物も素敵ですぅ」

「ありがと」


 祭りに参加するため、街に出たステファニーが着るのはドレスではなくワンピース。参加する気満々なので、水に濡れても問題ないよう透け防止の上着も着用する。靴もサンダルにしてしまいたかったが、胸よりも足の露出を気にするお国柄なので、室内以外でサンダルの着用は難しい。仕方がないので踵の低いダンスシューズを着用した。

 そして化粧は最低限。水に濡れても大丈夫な化粧品は開発されていないので、濃すぎると大惨事が起きてしまう。その辺りを考えて化粧をして貰った。

 祭り参加の意思表示、胸元の花はひまわりだ。人の背丈を超えるひまわりではなく、手の平サイズの小さなひまわりを一つ、胸元に飾っている。


 もじもじしたエンテは、つつつっとステファニーに近付いて耳打ちをした。


「お忙しいのは知っていますけど…お時間あるときに相談に乗って頂けると嬉しいですぅ」

「よくってよ。祭り本番前に男を落とすテクを伝授してあげるから他の子にも声を掛けておきなさい」

「ひゃっほわーい! ありがとうございましゅう!!」


 エンテは飛び上がって喜んで、勢いよく頭を下げて仕事へ戻った。心配そうに様子を窺っていた女将さんに微笑み返し、笑顔のままシュテインを振り仰ぐ。


「振られちゃったわねシュテイン」

「勝手に私が振られたみたいにしないでください」

「だって去年まではあんなにシュテインにお熱だったのに、今日は目もくれなかったわ。本当に好きな人ができたのねぇ」


 エンテの登場でシュテインが一歩下がったのは女性の会話を邪魔しないためではなく、去年のエンテが恋に恋する乙女だったからだ。


 顔がよくて、背が高くて、年が近くて、貴族で、偉ぶらず丁寧な対応をするシュテイン。恋に恋する乙女がそんな男に出会って、熱を上げないわけがなく…今までのエンテは王子様を見る目付きでシュテインを見ていた。

 それがさっぱりなくなったということは、本当に好きな人を見付けたのだろう。


(相手がどんな男か気になるけれど、あの様子から関係は良好ね。相談したいというなら聞くわ。そのときに根掘り葉掘り聞き出しましょ)


 祭りの時期に浮ついた若者が、一時的なテンションで告白することがある。勿論祭りのテンションに頼って告白する者もいるから全員とは言えない。だからこそ、受ける側も祭りのテンションで頷いてはならない。

 そうとわかっていても止められないのが脅威の祭りテンションお祭りマジック。


 非日常の空気が思わぬ落とし穴になることが多いので、年長者はしっかり見守らなくてはならない。

 肉体年齢は同い年だが、精神年齢で言えば最年長である。


「さて、それじゃあまずは腹拵えね…ポテトパイは、どこかしら…」

「…ほどほどになさってくださいね」

「姉様、今回ばかりは止めない空気の読める弟が大好きよ」

「ありがとうございます」


 呆れながらも付き合ってくれる弟の腕を引き、ステファニーは大通りの出店に駆け出した。


 どこの時代、どこの世界でも祭りとは似た空気を持っているらしい。


 軽食や飲み物を売っている出店と、アクセサリーや雑貨を売っている露天を冷やかしながら進んでいく。祭り本番は広場で水の掛け合いだが、こうして通りに面した出店を楽しむのも祭りの醍醐味だ。

 どの出店も忙しそうで、ステファニーに気付いても作業の手は止められない。邪魔したい訳ではないので、笑顔で手を振るだけにした。活気ある祭りを回り、気になる軽食を買い込んだ。


「今のところとトラブルらしいトラブルもないわね。競合する店は離れているし、皆勝手知ったるだし…」

「新規の行商人も確認しますか」

「そうね。お初の確認は大事だわ。あと、浮かれて羽目を外す若者が絶対いるから警備は交代しながら目を光らせていてね。仲良さそうでも路地裏に迷い込む子たちは要注意」

「伝えておきます」


 祭りを満喫しつつ、観察もしっかりしていた。


 やはりこの時期は、祭りの空気にあてられて開放的になる子が多い。いつも警戒しているのに、浮かれて警戒を忘れてしまう。

 よそ者も来るので、声を掛けられていい気分になり、羽目を外してしまう。たとえ合意でも、宿に連れ込まずその場で押し倒そうとする輩は絶対やめた方がいい。盛り上がったとしても、流されると大変なことになる。


 開放的になっているときこそ事故、事件が起きやすい。


(合意の上で一夏の恋なら何も言えないけれど、騙されたり巻き込まれたりする子もいるから目が離せないのよね)


 自己責任だが、一人では抗えないことだってあるだろう。そのために、ステファニーは祭りの日の警備はいつもより厳重にスケジュールを作る。

 浮かれているときほど、問題は起きるのだ。


(何事もないのが一番なのだけれど)


 出店で買った串焼きを囓りながら、ステファニーは楽しげな音楽に耳を傾けた。


 勿論、こういうのがフラグだと、ちゃんとわかってはいる。

 わかっているけれど立ててしまうのが、フラグだった。



わかっているけど立てちゃうフラグ。

ステファニー、祭りを満喫しながらちゃんと周囲を観察中。


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