25 恋人求める花祭り
元々、領地では夏に祭りがあった。
暑い季節を吹き飛ばす水祭り。それがこの地方の夏祭りだ。
元の世界のように、異常気象の干ばつからの雨乞いなどの意味合いはない。長雨から晴れを求めてのことでもない。単純に暑い季節だから、水でも被って涼みましょうというなんともお気楽な祭りだ。
ちなみに使用する水は、領地を流れる割りとでかい川の水。樽に入れて運ばれた水を、バケツなどで掛け合う。そして、子供から大人まで水浸しになりながら音楽に合わせて広場で踊る。
誰が一番水浸しになるか、水浸しのまま踊り続けることができるか。そんな子供の遊びみたいな愉快な祭りだ。
大会ではないので競うこともない。本当に単純に、水を被って涼みましょうというだけの祭り。
だが祭りなので行商人が訪れ、露天も多く立ち並ぶ。他所から祭りに参加する為に訪れる者もいる。
何故か。
それは、いつの間にか…この水祭りが、恋人探しの花祭りに変化していたからだ。
ステファニーが十五歳の頃、つまり今から三年…いや、十九歳の誕生日が近いので、四年前のこと。
領地の祭りということで参加していたステファニーは祭りの伝統でずぶ濡れになった。
ぶっちゃけ祭りの当日が誕生日だったが、誕生日パーティーより関係ない祭りではしゃぐ方が楽しかったので、なんの気兼ねもなく領民達に交じって楽しんでいた。貴族だろうが気にせずに、領民達もステファニーに水をかけた。
領地のお嬢様、貴族の令嬢とて祭りではずぶ濡れ。祭りの参加者は基本的に、祭りの流れを知っている者ばかり。むしろ涼むための伝統なので、ずぶ濡れにしない方が失礼なんて考えもある。
侯爵である父が、こっそり参加して童心に返り、きゃっきゃと領民に水をかけている姿だって見たことがある。
ステファニーもしっかりずぶ濡れになるつもりで参加した。準備万端、遊ぶ気満々だった。ちなみにシュテインは濡れる気がなかったので参加しなかった。
集中放火したかったのでとっても残念。恐らく見抜かれていた。
しかし、基本的に祭りの主旨を知っている人間ばかりだとしても、うっかり何も知らずに迷い込むことも、稀にある。
ステファニーはその日、何も知らずに訪れた若者がずぶ濡れにされて激怒している場面に偶然遭遇した。
子爵家の出らしい若者は、祭りの主旨を理解していなかった。
偶然立ち寄った(恐らく侯爵家のワインを買いに来た)土地で祭りがあると聞いて興味本位で顔を出しただけだった。
激怒する貴族を前に萎縮する領民。ステファニーは領民を守るため、一肌脱いだ――透け防止で着ていた上着を、ガチで脱いだ。
『あらぁそんなに怒らないでくださいな。このお祭りははじめてですのね? 私が全部教えて差し上げますわ』
そこから始まる色仕掛けは領民が子供達の目を咄嗟にふさぐくらい耽美かつ妖艶。大人は男女関係なくガン見していたが、子供達の目はしっかりふさがれた。
『これは伝統的な侯爵家領地の夏祭り。水を掛け合い涼む。夏の暑さに負けないように、励ますように踊り明かすなんてことのない行事ですわ。だから私もこのように、伝統に則り楽しく水をかけられましたの』
『濡れるのは、悪いことではありませんわ。少し恥ずかしいですけれど、濡れるのってとっても気持ちがいい…んふふ、私、もっと濡れたくなってきましたわ』
『よければこのまま祭りを楽しんでくださいな。ね、もっと私と一緒に濡れて、気持ちよくなりましょう…?』
水の掛け合いの話なのに意味深すぎて、大人は子供達の耳もふさいだ。
濡れることを前提に施された化粧は崩れることなく、美貌は一切損なわれない。それどころか濡れた髪を耳に掛ける動作。水がしたたり落ちる首筋。濡れて肌に貼り付くドレスが身体の線を見せつける。しなを作ってもたれかかるように、けれど一切触れない距離でステファニーは若者を全力で誘惑した。
それはまさしく水に濡れて輝く大輪の花。
ステファニー十五歳。いっそ大人の女の貫禄を感じるほど堂に入った色仕掛けだった。
陥落した若者は水をかけられて怒っていたことなど忘れ、デレデレしながらステファニーと祭りを楽しんだ。
ずぶ濡れで笑って踊ってくるくる回って酒を飲み、くるくる回ってそのまま従者に回収された。
若者は実に艶やかな手法で気持ちよく転がされて終わった。
そして同じ失敗がないように、宿屋には常に祭りの注意事項が貼られるようになった。
年に一度の夏祭りだが、誰であろうとずぶ濡れにする祭り。年がら年中注意喚起をして認知度を上げようという試みだ。
――だったのだが、ステファニーの男を転がす艶やかな手法を間近にみた領民達によって、祭りに変化が訪れる。
ステファニーと男の様子が、まるで酒の精が男を泥酔させる様そのものに見えたのだ。
ちなみに酒の精は花の蜜さえ酒に変える、悪戯盛りの乙女の姿をしているといわれている。
その伝承から、領民達はステファニーと酒の精を関連付けた。
そして生まれた恋人達の花祭り。
まず、ずぶ濡れになる祭りなので、参加者は胸に花を挿して参加権を主張するようになった。
祭りの周知は徹底したが念のため、花を持たない人に水をかけてはいけないというルールを追加したのだ。花を持っていれば、貴族だろうが関係なくずぶ濡れになる。
大きく変化したのは祭りの流れ。
今まではずぶ濡れで踊るだけだったが、そこにときめき要素が追加された。
祭り最後のダンスは意中の相手…想い人と踊るようになった。
踊り明かしたあと、男が花を差し出す。それを受け取って貰えたらカップル成立。祝いに大量の水をかけられる。
受け取って貰えなければカップル不成立。振られた側は大量の酒をかけられる。
お祭りミラクルハイテンションで成立する、平常時なら「全力の冷やかしやめたげてよぉ!」と叫びたくなるような行為。
ずぶ濡れ要素はそのままだが、なんでこれにときめき要素が加わったのか。
なんでも、お色気令嬢ステファニーの実力を垣間見た者たちから「なんか恋人成就の御利益がありそう…」なんてネジの飛んだ発言があったようで…いつの間にか、水の祭りは恋人達の花祭りに変化していた。
御利益って。
ステファニーが遠い目になるもの仕方のない魔改造だった。
日本人の所業なら納得できたが、異世界人の所業なので納得できない。
日本人ほど魔改造が得意な種族はいないと自負していただけに、異世界人に負けた気分。
(そもそも私に恋人の御利益があるなら、私が独り身であるはずないのよねぇ)
更に日付がステファニーの誕生日付近だったこともあり、一部ではステファニー様生誕祝いなどと言われる始末。
ステファニーが誕生パーティーを催さないので、この祭りがその代わりなんだ! と思われている。
(世の中何が起きるかわからないわぁ)
ステファニーは深いため息を、まだ若いウイスキーと共に呑み干した。
「はあー楽しみじゃのぅステファニーちゃん祭り。今年はどこの領地の酒を仕入れてくるかのー。こないだのドライフルーツは美味かったから、今年も仕入れていればいいんじゃが」
「祭りの名前を改名しないで」
なんなら水祭りのままでいて欲しいステファニーだ。
ニタニタ笑うミバワと別れ地下から地上に戻ったステファニーは、寝起きなのか眼鏡を忘れたシュテインと遭遇した。
ぎゅっと眉間に皺が寄り、視界がぼやけるのか目を細めてあちこちをガン見するシュテインの顔は、今にも暗殺を命じそうなほど治安が悪い。
「あらシュテイン、具合はもういいの? それとも眼鏡を探しに来たのかしら。多分枕元に置きっぱなしよ」
「眼鏡を探して彷徨い歩いているわけではありません」
前世で有名な眼鏡眼鏡、眼鏡どこですか案件かと思ったが違ったらしい。
シュテインは疲れたようにため息を吐き、鼻の付け根を摘まむように目頭を押さえた。
「どうも頭痛が抜けきらず…馬車酔いじゃなくて気圧による頭痛のようなので、目を休ませながら少し風にあたりに行くところです」
「へえ、気圧」
ステファニーは幸いなことに、低気圧の影響で体調を崩したことはない。しかし神経質な弟は、しょっちゅう気圧の変化で苦しんでいた。雨の季節などは顕著で、空の具合よりも早く雨の気配を察知する。
ということは、これから空が荒れると言うことだ。
(…まあ、雨の多い季節だし)
夏の長雨だって重なるときは重なる。
水祭りは濡れる祭りなので、余程の大雨にならない限り中止にはならない。しかし雨によっては、行商人は祭りに間に合わないかもしれない。
そう、色々間に合わないかも。
(まあ、そうなったらそうなったで、そのときよね)
なるようにしかならない。ステファニーは口元の黒子を弄りながら頷いた。
ところで。
ステファニーは顔色の悪い弟を見上げた。
「無理して歩き回らないで、部屋の窓を開けて横になっていればよかったんじゃない?」
窓を開けるだけで空気の入れ換えはできるし、頭痛を堪えて眼鏡もせず歩き回らなくてもよかったのでは。
そう首を傾げたステファニーは。
「……」
シュテインの貴重なきょとん顔を目に収めた。
思いつかなかったらしい。
とっても可愛い弟である。
そしてその可愛い弟の正確な低気圧察知能力通り、それから数日、雨が降った。
領民のために全力で色仕掛けを行った結果、昔からあった祭りが恋のお祭りになった。
トマトをぶつけ合う祭りもあるし、水を掛け合うだけなんて平和だなーと思っていたらこれである。
こればっかりは本気でなんでぇ…? と思っているステファニー。
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スタンプじゃなくてリアクション…なのか…?? よくわからぬのでスタンプで…。