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24 リスクアール侯爵家の地下


 リスクアール侯爵家。

 主にワイン造りに尽力し、クチネイケル国ワイン製造部門で五指に入る実力を誇る。

 領地は葡萄畑が占めていて、葡萄のジャムや葡萄パン。葡萄を使った料理も一流な、この国では割とよく見る領地である。


 しかし広大な侯爵家の領地は葡萄畑だけではない。

 侯爵家が所有する領地は、大きく分けて二つある。

 葡萄を作っている領地と、麦を作っている領地だ。

 単純に、酒造に力を入れている領地と穀物作りに力を入れている領地で別れているだけ。作られた麦は酒の原料にもなるが、多くは領民達の食料だった。


 ――しかし数年前から、麦を作る敷地が広がった。

 そして秘密裏に、地下では誰も知らない実験が繰り広げられるようになったのである――…!


「うーん、熟成中のいい香り~」


 その地下室で、ステファニーは恍惚とした表情で積まれた樽を眺めていた。


 とっても事件性のある説明をしたが、つまりはステファニーが蒸留酒を造り始めたため、原料の麦…大麦が例年以上に必要になっただけである。

 地下倉庫は、ステファニーが八歳の頃から始まった蒸留酒…ウイスキーが保管されている、熟成庫となっていた。


 前世的に言うなら、置かれているのは大麦だけで作るモルトウイスキー。他の穀類を混ぜて作るグレーンウイスキーは、ステファニーのはじめた蒸留酒が認められてから着手しているのでここにはない。


(流石に認められてからじゃないと、大量生産には入れないもの。まずはモルトウイスキーで認められてからのグレーンウイスキー。そしてウイスキーを周知させてからの遊び心の混成酒。時期をみて少しずつ浸透させていくのよ)


 モルトウイスキーは単式蒸留。一度に蒸留できる量は少ないが、だからこそ特別感と高級感。幻の酒として注目を浴びることができる。

 しかしウイスキーは樽熟成させればさせるほど美酒となるが、樽熟成しすぎると風味が落ちる。十年から二十年の間が樽熟成のピークだ。保管場所によるが、二十五年から三十年を過ぎれば劣化しはじめる、と聞く。


 あと一年で最初の十年。この世界ではじめてのウイスキーは、宣伝と共にしっかり瓶詰めして幻の酒として残しておかなくては。


「そのためにも、あと十年は熟成させたままの樽がいくつか必要ね。その辺りの管理はお願いね、ミバワおじさん」

「任せとけステファニーちゃん。何年後までもちゃぁんと管理し続け()()わい。()だけに。にちちちちち!」


 独特の笑い声を上げているのは地下蒸留庫の管理人、ミバワ・ウオトコ。

 茶色いゴワゴワした髭と髪。太い眉毛に大きな目。地下にいるのに空色の目をしたミバワは、その大きな目を細めて楽しげに笑っている。

 ミバワはドワーフみたいに、子供のように小柄なのにどっしり身が詰まった大人の風格を纏うおじさんだ。

 実年齢は知らないが、ステファニーが酒の工場に顔を出した頃…九年前から容姿が変わらない。

 もしかして本当にドワーフなのではと、ステファニーは一人ドキドキしている。

 つまりそれだけの年月を共に過ごしたということで、ステファニーにとってミバワは構ってくれる近所のおじさんみたいなものだ。


 リスクアール侯爵家の本邸は、麦を作っている領地に建っている。

 なので幼いステファニーは、労することなく麦と関わりを深く持つことができた。

 跡取りが酒を宣伝するのだから、作り方や苦労は知っていた方がいい。そう思った周囲が送り出すものだから、ステファニーが行動に移したときは止める人もいなかった。


 この男、ミバワも面白いからやってみろとステファニーの背中を押した職人の一人だ。

 色々手伝ってくれた彼は、蒸留酒が完成してすぐ喝采を上げた。出来たてウイスキーをがぶ飲みして大笑いしていたちょっと危険人物でもある。


 ちなみに出来たてウイスキーは樽熟成前なので魅力的な琥珀色はしておらず、透明だった。ウイスキーの琥珀色は樽で熟成されてこそなので、五年物のウイスキー試飲会では樽から抽出された色づく酒に歓声が上がった。

 このときもがぶ飲みして大笑いしていたので、懲りない男である。


 元気で酒が好きなどこにでもいる気の良い職人だが、今では蒸留庫の大事な管理人だ。

 領地に到着してすぐ地下にやって来たステファニーは、相変わらず元気そうなミバワに微笑み深呼吸をした。


(あ~~~生き返るぅ)


 温泉みたいな楽しみ方である。


 しかし酒飲みの魂には、酒の香りで満ちた部屋は温泉と同じだ。

 癒される。香りを肴につまみも進む。


 ちなみにミバワへのお土産は王都で有名なつまみ。毎年違うつまみを買って帰るので、今では会う度にキラキラした目で両手を差し出されるようになっていた。幼児か?


「ステファニーちゃんが帰って来ると一年経ったと実感するのぉ」

「年に一回しか会っていないみたいに言わないで。しょっちゅうじゃなくてもちゃんとこっちに来ているんだから」

「弟坊やはどうした? また酔っとるのか?」

「馬車酔いね。昨夜寝られなかったらしいから、荷ほどきを済ませて休んでいるはずよ」


 馬車の中で書類作成できるくらいなので、シュテインの三半規管は弱くない。しかし寝不足が重なればそうでもない。

 よって、現在は回復のため寝ているはずだ。


「だから今のうちに味わおうかと…」

「にちち、ステファニーちゃんはやっぱりわかっているのぉ」


 笑いながら、ミバワがてちてち歩いて棚から瓶を取り出す。ラベルには九年前の日付が記されている。


「ほれ、樽熟成五年の瓶詰めウイスキー」

「うーん勿体ない! だけど飲まずにはいられないー!」


 王家に献上するにあたり、違いを知ってもらうために樽で献上したものと瓶で献上したものがある。

 ウイスキーは樽に入っている間は熟成するが、瓶では熟成しない。樽の成分に反応して熟成しているのだ。瓶で密封されればそこで時が止まる。

 その瓶詰めの余りが、まだ地下には残っていた。


 グラスに注がれた貴重な酒を、ステファニーは笑顔で飲み干す。

 ワインとは違う風味が喉を焼く。

 ウイスキーとしては未熟だ。熟成期間が五年と短いこともあり、若さが際立つ。

 しかしこの若さが今後の未来を期待させてくれる。


「あ~生き返るわぁ」


 親父臭い楽しみ方である。


「領地に帰ってきてすぐにすることがこれとはの。男漁りはいいんか男漁りは」

「領地の男は漁り尽くしちゃったから…」

「にーっ! 最近の若者は気概が足りん気概が!」


 猫みたいな唸り声を上げる小さいおじさんを微笑ましく眺め、ステファニーはうっとり陶酔した目付きでミバワに首を傾げた。


「別に若くなくても、おじさまでもいいのよ?」

「わしを酒のつまみにしようとすんでない。酒飲みなら付き合うが、わしの喜びは酒じゃから方向性の違いで解散じゃろし」

「うーん、年の功」


 誘惑するも、この小さいおじさんはステファニーの求める部分に理解があるため、さらっと躱されてしまった。

 というか方向性の違いで解散って概念あるの?

 ステファニーのおこぼれを貰おうと開封したウイスキーをグラスに傾けるミバワは、椅子に座って実に楽しげに足を揺らした。


「まあステファニーちゃんの誕生日を祝って村でも祭りがあるからの。他所から男も来るだろうし、どさくさに紛れて漁りに漁ればよかろ」


 ミバワは貴族ではなく職人だ。

 しかしだとしても、土地を納めるリスクアール家のご令嬢に、男漁りをガンバレなどと応援するのは彼くらいだ。

 酒の席のちょっと無責任な応援が懐かしく、ステファニーはこの小さいおじさんの無責任な所が嫌いではない。

 が、無責任すぎるのは頂けない。


「私の誕生を祝ってのお祭りじゃないわよ…」

「いんや自分の誕生日に引きこもるお嬢様を心配した領民達の大変ありがたい心遣いじゃろ。誇れよステファニーちゃん。お嬢様の為にお祭りしようなんて考える領民、きっとうちくらいじゃろし」

「んふふ、ふふふ…」


 笑いながらウイスキーを口に含み、呑み干し…ステファニーはちょっと遠い目をした。


(まさか誕生日会を辞退したら、お祭りが開催されるようになるなんて思わないじゃん…?)



これなんてピタゴラスイッチ?

次回の投稿は月曜日、6/30です!


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