22 文通キープ
「お嬢様、ヨーゼフ・アルガッツ様よりお手紙が届いております」
「ありがとう。そこに置いて」
持ち物の確認をしていたステファニーは、侍女の報せに顔を上げた。だいたいの確認は済んだので、トレーに置かれた手紙に手を伸ばす。
公爵家らしい上質な紙で作られた紫色の封筒は、赤い蝋で封をされている。押された刻印は葡萄で、酒造の国クチネイケルではワインの材料として親しまれ、ポピュラーな物だ。
封筒からは仄かに葡萄の香り。
気に入ったと伝えたときから同じ封筒だ。きっとストックが切れるまで同じ封筒だろう。手持ちがなくなったとき、果たして別の封筒を使うのか、同じものを買い求めるのか。
特別感があるのは蝋も同じだ。赤い封蝋は、光の当たり具合によってキラキラと輝く金粉が混じっている。公爵家らしい特別感に、ステファニーは感嘆のため息をついた。
――まさか、この年で、異世界で、文通をはじめることになるとは思わなかった。
いや、語弊がある。
電子機器の発達していないこの時代。電話がないのだから連絡手段は基本的に手紙だ。だから、遠方に限らず同じ王都にいてもやりとりは手紙である。
(お付き合いを前提に文通したいだなんて、小学生でもしないのでは?)
むしろ幼ければ幼いほど、直球で勝負しそうだ。現代では手紙ではなくSNSが主流だったので、見方を変えればあれも文通に入るかもしれない。
(そう考えればありきたりな順序かもしれないけれど…私に、文通をお願いしてくるとは思わなかったわ)
だいたいの男はすぐステファニーに触れたがったので、直接顔を合わせない文通を選んだヨーゼフがとっても意外だった。
ご褒美に文通を望んだヨーゼフとは、あの日から会っていない。
公爵家に夜会参加禁止令が出されているらしく、社交の場で遭遇しなくなった。街で出会ったのも偶然で、二度目はないだろうしステファニーとしても機会を作る気もない。今のところは。
(ショウコク様の件もあるから、私もしばらくは一人で行動しないようにと忠告されてしまったしね)
あの日、ステファニーとヨーゼフが連れ立って侯爵家に戻って来たのを真っ先に目撃したのはシュテインだった。
会う予定もなかったのに当たり前のようにステファニーをエスコートして侯爵家へ入って来たヨーゼフに驚き、大慌てで玄関先まで駆けてきた。単純に馬車を降りるときに手を貸してくれて、紳士の役割としてそのままエスコートされただけだが、ヨーゼフのアポなし訪問がトラウマなのかシュテインは滑り込むように二人の間に割って入った。
心配が先んじたのだろうが、咄嗟に姉ではなくヨーゼフを背に庇ったのは頂けない。
別に偶然出会ったからお持ち帰りしたわけではない。結果として連れて帰っているが侯爵家への事情説明と護衛のためだ。つまみ食いしようと思ってのお持ち帰りではない。
警戒してぐるぐる回るシュテインを落ち着かせ、事情を説明したら頭を抱えて動かなくなった。
「待ち合わせ場所で待ち伏せしていた不審者に襲われた所を偶然街に出ていたストーカー予備軍に助けられて、そのお礼に文通での交流を約束…? 姉様が…? そんな健全な約束を…? 姉様、具合が悪いのですか…ああ、すみません。襲われたのだから気分が悪くて当然ですね。今日は早く休みましょう。消化によい物を食べて温かくして安らかに眠ってください」
「私もしかして、健全なやりとりを約束しただけで病気を疑われているのかしら?」
我が弟ながらとっても失礼だった。
暴漢からステファニーを守ったヨーゼフはとても感謝されていたが、本当に文通を約束したのかとしつこいくらい確認されていた。文通が何かの隠語だと邪推までしていた。
それだけステファニーが文通で異性と交流するのが信じられなかったらしい。
我が弟ながら、かなり失礼だった。
(――まあ、手紙で異性と逢い引きの誘いをすることはあっても、手紙を主体としたやりとりははじめてだものね)
ステファニーとしても、まさかヨーゼフと文通することになるとは思っていなかったので不思議な気持ちだ。
しかもこの文通、ヨーゼフがマメに送ってくるため途絶えることなく二ヶ月続いている。
手紙の内容はお互いの近況だったり、好き嫌いの嗜好を問う物だったりと色々だ。おかげさまでステファニーはヨーゼフの好きな食べ物、好きな花、好きな色、最近はまっている鍛錬方法まで知ることになった。
…手紙という名の履歴書が届いたのもはじめてだ…。
色々突っ込みどころの多い手紙だが、退屈しないので一週間に一度の娯楽として楽しんでいる。
(うぅーん、でもそろそろご褒美をあげないと爆発しちゃうかしら)
届いた手紙を開いて内容を確認しながら口元の黒子を弄る。一度叱ってから適度を覚えた便箋三枚の手紙は、ヨーゼフの近況と何を見てもステファニーを連想する、言外の「会いたい」で溢れていた。
手紙には必ず、ステファニーを想うヨーゼフの心が溢れている。
正直、とっても愉悦。
(真面目に言いつけを守るから、本当にこの二ヶ月手紙だけのやりとりだものね…待てをされ続けて涙目になる大型犬が目に浮かぶわ…)
距離感に悩むヨーゼフは、0と100しか知らんのかと言いたくなるほど極端だ。
べったり侍っていたかと思えば文通を提案して、一切顔を出さなくなる。
最近の夜会ではめっきり現れないヨーゼフに、とうとう制裁を下したのかと友人達が目を輝かせていた。
文通に切り替えたと伝えたときの反応も「ストーカーを受け入れたのぉ!?」「ステ様の包容力が発揮されたというのですか、あの男に…!?」と、とても元気だった。
我が友達、とっても過激で可愛い。
助けて貰ったのもあるが、ヨーゼフがダメなわんちゃんに見えてしまったので、ちょっと対応が甘くなった自覚はある。
何より彼のお願いがあまりにも純だったので、楽しくなっちゃったのも原因だ。
(ヨーゼフ様は色々下手くそだけれど体力は規格外…技術は教育できるけれど欲のなさは育てられないと思っていたけれど…もしかして、恋い慕う気持ちが性欲に変換されていい感じに育つのでは…?)
しかしステファニーの頭は全然純ではなかった。
(求婚してきたときより私を求めていると感じるし…このままキープして餌をちらつかせ続ければ、私の望むパートナーに育つのでは?)
間違いなく、欲に塗れているのはステファニーの方である。
本当はどっちつかずなキープくんを作りたくないステファニーだったが、ヨーゼフこそがキープされに来ているので、彼が自ら逃げ出さない限りはキープしていこうと思う。
ヨーゼフ自ら、追い縋ってくるので…。
読み終わった手紙を机において、ステファニーは頬杖を突いた。
「…彼ほど必死に食らいついてきた男も、いなかったわね」
ステファニーは、よくつまみ食いをする。
もういっそ味見と言ってもいいかもしれない。目の前の男が自分に付いて来られるか、自分を愛してくれるのか。相性を確かめるために、彼女はつまみ食いと称した味見を繰り返した。
それでも条件が合致する男がいなかったので、全て最終的にお断りしてきたステファニー。当然追い縋る男もいたが、それも続かなかった。アフターフォローとして別の令嬢を紹介したのもあるが、ステファニーに対して親身に向き合う男性が少なかったのだ。
婀娜っぽく妖艶なステファニーは、愛を告げても本命だと思われにくい。
そうなると誘い文句は軽くなり、つまみ食いも囓られた程度の認識になる。むしろ一度囓られてみたい男が増えて、振られることを前提とした恋愛遊戯を楽しみたい相手が増えていく。
わかっている。複数の男を翻弄するステファニーが悪い。
日頃の行いの所為だから、男性ばかりを責められない。
しかしヨーゼフは、かなり失礼な物言いで振ったにもかかわらず、ステファニーを求め続けている。
真面目なのに不器用で、人の指示を鵜呑みにしてしまう男なのに。
(ステファニーを諦めろ…って、誰も言っていないのかしら?)
そんなはずはないだろう。
近付くな、諦めろ。迷惑をかけるな…色々言われているはずなのに、ヨーゼフはステファニーを諦めない。
言ってしまえばとってもしつこいが、指示待ち男が指示に従わず、ステファニーを求め続けている。
(私に、そんな価値はないのに)
窓から見える庭。遠目に写る白い花。
咲き始めた鬼灯の花を眺め、ステファニーは薄く笑った。
ちゃんと言いつけを守って距離を取りながら交流をしているヨーゼフ。文面では書かれていないけれど会いたい気持ちがめちゃくちゃ溢れている。
溢れる気持ちを察してこの男、育てたらいけるか…? と思案するステファニー。
しかし、おや? ステファニーの様子が…?
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