20 お試し行動
1話で「20話くらいで終わるといいな」といいましたが終わりませんでしたね…(遠い目)
「…申し訳ございませんでした」
しょんぼり肩を落として謝るヨーゼフに、ステファニーは肩を竦めてみせた。
二人は今、同じ馬車に揺られている。
あのあと、何故かステファニーの魅力を語り出したヨーゼフを力尽くで沈静化させると、小路の出入り口からひょっこりと見知らぬ男が顔を出した。
ヨーゼフの同僚だという男はフレドと名乗った。金髪碧眼の王子様フェイスで煌びやかだったが、ヨーゼフと並べば筋肉が足りないのがよくわかった。ちょっと残念。
それでも同僚なので実力は確かで、彼がルショーワ・ショウコクの身柄を確保してくれた。
恐らく様子を窺っていたのだろう。何が起きたのか確認することなく、抵抗しないルショーワを不思議がることもなく、テキパキと拘束して迎えに来た馬車に乗り込んだ。馬車が来るのも早すぎるので、ヨーゼフが駆け出した頃に先を見据えて読んでいたとしか思えない。
それにしたって早いが、緊急通報して十分以内に現場に辿り着くのは大変優秀なので何も言わないことにした。
そしてそのフレドが証言したのだが、ヨーゼフがこの場にいたのは本当に偶然だったらしい。休日に、彼と二人で買い物に出ていたようだ。
「こいつ、適切な距離感について悩みすぎて人との距離感もわからなくなってきたとか言い出して。わかりやすく恋愛小説でも読んで勉強しようってことで、本屋に来ていたんですよ。その本屋も三軒ほどハシゴにして、四件目に行く途中で事件を目撃した感じです」
こちらが証拠です、と言って差し出された大きな紙袋にはたくさんの恋愛小説が包まれていた。
ステファニーが知っている作品から、昔過ぎて手に入らなかった、なにげに価値の高い本まで包まれている。
「教えたことしかできなくても教えたことは確実にできるので、リスクアール令嬢お好みの距離感を教えていただければその通りにできる男です。時々誤作動しますが、そのポンコツ具合が楽しめるのでお勧めです」
そう言って一人、ルショーワを連れて去って行った。
要点を伝えて去って行った様子からして、ヨーゼフから詳細を聞いていたのだろう。友人なりに心配しているらしく、ご褒美貰ってから帰っておいで~とヨーゼフを置いていった。
(いや、違うな。楽しんでいたわあいつ)
ぴょいっと現れていい所だけ持っていくなんて、要領のいい男だ。
そして残されたのは、ステファニーとヨーゼフの二人。
いつまでも小路にいるわけにも行かず、侯爵家の馬車に二人して乗り込んだのがつい先程。
護衛には一緒にいるヨーゼフの存在に驚かれたが、詳細を聞いて更に驚かれた。お守りできず申し訳ありませんと頭も下げられたが、同行していなかったのだから仕方がない。
ちなみにこの護衛は八歳の誕生日に同衾をお願いした護衛の引き継ぎで本人ではない。
とにかく一度侯爵家でお礼をすることになり、同じ馬車に揺られている。
しかしステファニーの向かいで、ヨーゼフはしょんぼり肩を落としていた。
「どうにも、相手がステファニーの魅力を勘違いしている気がして、正さねばと思い…結果ステファニーの手を痛めることになったのを、申し訳なく思う…」
「痛めていませんのでお気になさらず」
突然の暴走は驚いたが、貶されたわけではないのでありがたく賛辞は受け取っておく。
時と場合を考えろとは思うので平手はしたが、相手もそれを普通に受け入れているので不敬だ無礼だと詰められることもなさそう。つい暴力で解決してしまったので、訴えられやしないかとこっそり戦々恐々だったが大丈夫そうだ。
(ダメね。やっぱり私ってば堪え性がないわ)
こんなふうに一日で二回も暴力に走ることになろうとは思わなかった。
一日に二回のつまみ食いが許されても暴力は許されない。気を付けなければ。
つまみ食いは一日一回でも許されないとイマジナリーシュテインが叫んだが、イマジナリーなので無視した。
「それと、偶然とはいえ同じ馬車に乗ることになり、申し訳ない。こ、怖くはないだろうか」
「怖くはありませんわ。助けていただいたのに、何故恐れる必要が?」
「…振った男がつきまとうのは怖いことだと、たくさんの人に叱られた」
「あらまあ」
ちゃんと懲りているのだな、とおかしくなる。
そして距離感を見直そうと考えたが正しい距離感がわからなくなり、恋愛小説を教本にしようとするのも面白い。てっきり春本かと思った。デリケートな問題を足蹴した自覚があるので、ステファニーはお口にチャックした。
…振られたらそっと身を引くのが一般的だと言われなかったのだろうか。
告白とはそれだけ重大な行動で、告げる前の居心地の良い関係が破綻するのを恐れて想いを告げられない男女が多くいるのに…。
一度告げたら、撤回はできない。
だから告白は、軽い気持ちでしてはいけないのだ。
(…まあ、今回は流してあげましょう。躾途中のわんちゃんだし。ちゃんと身に染みて理解したようだし)
失敗から学べよ若人。
ステファニーは転生者特有の年上も年下に見える現象から、ついつい年寄り臭いことを考えた。
それはそうと、距離感はともかく、今回助けられたのは本当のこと。
ステファニーはそっと居住まいを正した。
「改めて…ヨーゼフ様。割って入ってくださりありがとうございます。本当に助かりましたわ」
ステファニーのお礼に、ヨーゼフは逸らしていた視線を戻した。
少し潤んだ黒い目が、微笑むステファニーを写す。
「それと、信じていただいたのも。私の常日頃の言動から疑われても仕方がなかった所を、違うと断言してくださって、嬉しかったですわ」
その後の言動で台無しだったが、ステファニーの言葉を信じてくれたのはキュン案件だった。
多分、シュテインだったら念のため確認する。わかっていても念のために確認する。信じていても確認は大事だと思っている弟なので、即座に断言はしてくれない。
しかしそれは信頼がないとかではなく、本人に証言させる必要な工程だ。負の信頼もあるので、万が一を確認されているともいうが信じてくれてもいる。複雑な弟心。
が、ヨーゼフは断言した。
事実確認のない信頼だけの断言は危険だ。立場が高ければ高いほど、どれだけ信じていても確認は必要。
わかっているが、即座に断言されるのは、気持ちとして嬉しいものだ。
その気持ちが溢れたのか、喜びに頬を染めたステファニーの笑顔はとても柔らかく幼げだった。
「う゛っ!」
「ヨーゼフ様? どうなさいました?」
「俺は、ギャップに弱い…!」
「はあ…?」
胸を押さえて呻くヨーゼフに驚いたが、実に正直な自己申告にステファニーは自分が何かしたのだろうなと思い至る。しかし何がヒットしたのかはわからない。
自覚はないが、こういうのは無自覚だからこそ効くのだ。知っている。
(私が言うのもなんだけれど、正直な人ね。こういう所を見ると、初対面の求婚も本当に最善だと信じてしていたとわかるわ。考えが足りないけれど、正直は美徳ね)
そう、正直は美徳だ。
正直に欲を隠していないステファニーは一定の理解を示した。美徳だが、正直と考えなしは違うので改善はしなければならない。
その辺りは今後に期待するとして、ステファニーは突然の供給に苦しんでいるヨーゼフを覗き込んだ。
正面に座って俯いているヨーゼフと視線を合わせるなら、身を乗り出して屈む必要がある。ステファニーはグッと前のめりになり、腕で胸を寄せて上目遣いになってヨーゼフを覗き込んだ。胸元の詰まったドレスだが、それはそれで布の下で盛り上がる胸の形がよりわかって視線を攫う。
悩ましげに、悪戯に微笑んで、優しく囁く。
「ところで…お友達も仰ってましたが、ご褒美は何がいいです?」
「ぐっ!」
こちらは意図してやったことだが、しっかり刺さったらしい。ギャップではなく色気を前面に出したのだが、それはそれだ。
ステファニーはうふふと笑いながら、指先で口元の黒子に触れた。脇を締めて胸を強調し続けるのも忘れない。
「なんでも…とは言えませんが、助けていただいたのですもの。ご希望があるなら添いますわ?」
なんでもは駄目だ。ステファニーの脳内で有名な「今なんでもって言った?」と言う台詞が流れるから。もしステファニーが何でもするからと懇願されたら絶対言う。考える間もなく口を突いて出る。
それくらいなんでも、は誘惑の強い台詞だ。転生者ならきっと理解してくれる。
「何がいいかしら…欲しい物はなんです? ヨーゼフ様には、何がお礼になるかしら。私に教えてくださらない…?」
逆の手でヨーゼフの輪郭をなぞるように触れる。それも一瞬で、ステファニーの指先は蝶のように気まぐれに離れていった。
ヨーゼフの視線が熱を帯びるのを愉快な気分で眺め、さて何を言うだろうかと舌なめずりする。
ステファニーとしては蝶の気まぐれではなく、ネコ科の動物が尻尾を絡めて構えと誘惑する動作だ。
誘惑された状態で、欲しい物を問われて、何を言うか。
――信頼は嬉しいが、ステファニーはまだヨーゼフに信は置けない。
助けて貰ったから信じられるなんて、性善説は信じられない。ヨーゼフがステファニーに好意的なのはわかっている。彼からの好感度が高いからと言って、ステファニーからの好感度が高い訳ではない。
不快ではないが、まだまだ見極めの段階。
ステファニーは誘惑しながら、ヨーゼフの出方を待ち…。
「お付き合いを前提に文通からはじめさせてください」
「あらやだ、純」
顔を真っ赤にしてヨーゼフが絞り出したお願いに、ステファニーは誘惑していたのを忘れて目を丸くした。
思いがけず、あまりにも、純だった。
純と書いてキュンと読むかもしれない。
純粋、純愛、色々純の一文字に籠もってます。誤字じゃ、誤字じゃないよ!!
ちなみに友人の名前はフレド・イーチョルンワ。
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