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2 転生令嬢の自覚


 ステファニーが前世の記憶を自覚したのは、十年前の八歳の誕生日。

 いつも守ってくれる大好きな護衛に、誕生日プレゼントは一緒に寝て欲しいとお願いして、既婚者なので気持ちに応えることはできないと大真面目にお断りされた衝撃から、前世の記憶を思い出した。


 そのときのステファニーは純粋に、大好きなぬいぐるみを抱っこして眠るのと同じ感覚でお願いしていたのだが、八歳から既にお色気お嬢様の片鱗を見せていたお嬢様のお願いは未成年お断りの背徳感に満ちていた。断った護衛は大人の女性に一晩の誘いをかけられたくらいの誘惑を感じていた。しっかり断った彼は言動は大人げなくても誘惑を撥ね除けた理性ある大人だった。


 大好きな年上男性に(そんなつもりじゃなかったが)振られたステファニーは、大好きなくまのぬいぐるみを燃やされたくらい衝撃を受けた。

 誕生日だったし、特別な日だから、断られるなんて少しも考えていなかったのだ。


 そうして思いだした前世の記憶。

 ステファニーはクチネイケル国より近代的で、酒の種類が豊富な時代を生きていた記憶を思い出した。


 イケル口だった。


 成人して就職して花金には同僚や友人と飲みに繰り出すくらいイケル口だった。なんなら酒焼けで喉はガラガラだった。恋人? 居たけど諸事情で続かなかった。


 そんなどこにでも居る会社員(女)の記憶を思い出したステファニー。

 その日は大好きなくまのぬいぐるみを抱いて眠った。前世では置き場所に困るから買えなかった巨大サイズのぬいぐるみは幼いステファニーのベッド半分を占領していた。

 ステファニー、ここに大柄の護衛を投入して挟まれみっちみちの川の字を作りたかった。大好きと大好きで最高に幸せな気分になりたかった。お子様なので。

 しかし滲み出る傾国の色気(子供)が大人に背徳感を抱かせた。仕方がない。良識ある大人なら乗らない。護衛に良識があるとわかって良かった事件と思うことにした。


 ぐっすり眠った次の日、自らの情報を整理したステファニーは絶望した。

 何故なら自分が侯爵令嬢だったから。


(身分高いご令嬢ってどう振る舞えばいいの!?)


 勘弁してくれ。花金だけが楽しみな成人女性にお淑やかな振る舞いなんて、資料もないのに一時間で仕上げなきゃいけない企画書ぐらい難しい。

 しかし大人になったらそんなぶち切れ理不尽案件でも、死に物狂いで取りかからねばならない。

 そう、ステファニーはこれから死に物狂いで侯爵令嬢としての言動を身につけねばならなかった。

 幸いなことに八歳までの記憶は残っていたし、身につけた教養も忘れたりはしなかった。


 ステファニーの家族は父である侯爵と、義母。そして腹違いの弟。

 生みの親は出産時の出血が原因で亡くなっている。

 速やかに再婚した父親に思う所がないわけではないが、生まれてすぐのステファニーは栄養が足りず身体が弱かったため、五つまで育つかもわからなかったのだから仕方がない。貴族的判断だと思うことにする。

 幸いステファニーは八つまで成長しているし、とても元気。義母と異母弟との仲も悪くない。

 義母は自らステファニーへ授乳していたので、血のつながりがなくても我が子として扱ってくれているのだろう。母性の強い、良き母だ。こちらは貴族としてはきっと特殊なのだろう。


 義母からは「素敵な淑女になって欲しい」という親の願いを感じる。

 しかし、令嬢として求められている貞淑さが、ステファニーにとって鬼門だった。


 何故ならこの女、前世では彼氏に泣いて別れを切り出されるくらい、性欲が強かった。


(愛しているけれどこのままだと命に関わるってなによ!)


 別れたその日にやけ酒をした回数は数知れず。

 愛しているから関係を持ったのに、他に好きな人ができたわけでも嫌いになったわけでもないのに、命の危機を感じるから別れたいなど前世のステファニーは一体どこの狂戦士。

 そして生まれ変わったステファニーは、身体が変わったというのに欲望の強さも引き継いでいた。

 引き継ぐのは記憶だけでいいのに。性欲の強さも引き継ぐなんてどういうことだ。こちとら八歳の子供だぞ。


(このままではいけないわ!)


 八歳の美少女が大人の男性を誘惑して回るのはいけない。貞淑さだけでなく常識的にもよろしくない。

 なにより誘惑された大人が可哀想すぎる。鏡を見たステファニーは己の将来が約束された妖艶美女であることを理解していた。


 しかし性欲とは、発散しないと溜まっていく。押し込めれば押し込めるだけ性癖が拗れてしまう。

 さらに近代社会の知識がステファニーを苦しめた。ノーマルからアブノーマルまで知識があるので性欲を抑え込んだ自分が一体どんな性癖に目覚めるのか予想が付かなかった。


 なのでステファニーは完璧な礼儀作法を身につけつつも、完璧な淑女は諦めて貰うことにした。

 短い時間で仕事を終わらせるためには、妥協が必要なのだ。

 手を抜ける場所は抜かないと、期限のある仕事は終わらない。そう、仕事は引き算も大事なのだ。


 そう自分に言い聞かせ、ステファニーは成人と認められる十五歳まではこの世界の知識と礼儀作法を身につけて…デビューしてすぐ、自らの性欲に相応しい令息を探して飛び立った。

 ステファニーは蜜を目指して飛ぶ蝶ではない。獲物を求めて駆ける豹…女豹だ。


(ええ、こんな私を受け止めるだけの性欲を持つ相手を見付ければいいのよ!!)


 ステファニーは本気でそう考えた。


 結婚相手を探すにあたり、文句を言われないだけの下準備はしていた。

 それは前世の知識による酒造り。

 クチネイケル国は酒造の国と言われるだけあって酒の種類は豊富だったが、前世で流通していた酒の種類には敵わない。ステファニーは父である侯爵を、その知識で籠絡していた。

 実はこの国、醸造酒ばかりで…蒸留酒がなかった。

 そう、ワインやビール、日本酒はあるのにウイスキーやブランデーがまだ生まれていなかった。

 酒造の国なのに、である。


 これはビッグチャンス。


 しかも蒸留酒は熟成させればさせるほど深い味わいになっていく酒。樽熟成で少なくとも五年は寝かせないと深みが出ない。しかも樽の材質によって味も変化する。

 子供だったステファニーは、自分が大人になったとき一番に味わえるよう、周囲を巻き込んでウイスキー作りに奔走した。

 醸造工程は完成していたので、蒸留の仕組みは理解が早かった。

 はじめは周囲も疑心暗鬼だったが酒造の国。新しい酒の可能性を感じ取り、研究を重ね…蒸留酒は誕生した。


 やったぜ。


 父は大喜び。大人も子供のように大はしゃぎ。早速試飲した大人の大半はアルコール度数の高さに喉を焼かれた。とっても気を付けろ。がぶ飲みは死ぬぞ。

 年数分だけ深みが出るからと、新しい酒の完成はごく少数の人間しか知らない。王家には連絡し、五年物のウイスキーを献上済み。秘密裏に「特別な酒」として賓客に振る舞われている。

 十年後のステファニーが二十歳になった暁には、満を持して公表する予定だ。


 蒸留の手法が公表されたとしても、十年間の深みには追いつけない。リスクアール家では極秘に積まれている樽があり、知る者はニヤニヤしながら指折り年数を数えている。

 そんなわけで、良き爆弾を生み出したステファニーの望みを侯爵はできるだけ叶えてくれるのだ。


 自分好みの男を捜す、貞淑な淑女らしからぬこの言動を。

 次期侯爵家も安泰だ、と言いながら。


(って話をシュテインは知っているけれど、気にしているのよね~)


 姉の評判ってヤツをだ。


 たとえステファニー二十歳の誕生日にウイスキーが公表されリスクアール家の知名度が上がったとしても。姉が奔放な態度を貫くならば、その価値も低く見繕われてしまうのではないか。そもそも姉が利益を求めた虫に群がられてしまうのではないかと気にしているのだ。


 貴族的にも家族的にも姉を心配する良き弟である。

 弟じゃなかったら夫に欲しい。

 前世の記憶が「背徳の近親相姦!」と叫んでいるが、そういうのは妄想だから楽しめるのであって貴族社会に持ち出されるとあっという間に闇である。闇。


(私は、この子の姉でなきゃいけないからなぁ)


 女豹な姉の視線からあからさまに身を引く弟。弟の眉間に刻まれた皺に笑ったステファニーは、話は終わったと判断して立ち上がる。


「姉様、とにかく大人しくしていてくださいよ。わかりましたね?」

「はぁー…お父様、一晩中愛し合っても次の日には何事もなく仕事に行けるような体力と精力に溢れた男を知らないかしら」

「なに言ってんだアンタ」


 しまった思わず本音が。


「どっかに落ちてないかな、いい男…」

「落ちていても拾うような真似はしないでください。節操がなさ過ぎて、いずれ刺されますよ」

「やぁね、人の男を盗み食いするような行儀の悪い真似はしていないわ」


 いい男を捜し歩いているが、そこはしっかり気を付けている。

 そう言ってステファニーは麗しく笑った。

 のだが。


「この泥棒猫!」


 公爵家主催の夜会で、見知らぬ令嬢に糾弾されることになる。



弟をいい男だな…と見ているけれど、弟なので見ているだけ。

流石につまみ食いはしない。


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