19 日頃の行いからの信頼
ステファニーに名を呼ばれたヨーゼフは、前方を警戒しながら両手を挙げた。
無罪のポーズである。
視線は尻餅をついたルショーワに固定したまま、後ろのステファニーへ向けて無罪を主張していた。
目の前の暴漢に集中しろ。
「違う。その、違うんだ。俺はステファニーをつけ回していたわけではない」
「はい」
頷いたが、ステファニーは壁際に寄った。しかし既に追い詰められていたので、残念ながらこれ以上後ろに下がれない。
「その、偶然なんだ。本当だ。教本を買うために街に出て、女性が小路に引きずり込まれる所を目撃して、騎士の責務を全うしに来ただけで…君だと気付いたのは距離を詰めてからでまさかこんな所であうとは思っても」
教本ってなんだろう。春本か?
「助けていただきありがとうございます。その辺りはあとで聞きますのでその暴漢をなんとかしていただけます?」
「勿論だ。ここは危険だから、表に出てくれ。そこに俺の友人が…」
「ま、待ちなさい。僕は無理強いしていたわけではない。彼女は嫌がっていなかったから合意の上だ」
(はあぁ~~~? 抵抗していましたが? か弱いから男の力に勝てなかっただけですがぁ~~? 叫ぼうとしたのを邪魔したこともお忘れですかぁ~~??)
転ばされたルショーワが立ち上がり、ヨーゼフに庇われて表通りに移動しようとしたステファニーを指差しながら喚いた。その内容に、ステファニーは心の中で盛大に煽り散らす。実際には口に出さないよう咄嗟に口元を押さえ、顔を顰めて終わった。
それを怯えと取ったヨーゼフは、ルショーワにステファニーが見えないよう、大きな身体で隠した。
「嫌がっていなければ合意だ、などと暴論だ。つい最近私もそれを思い知った所だ。合意だとしても、無理矢理このような場所に引きずり込むのはいかがなものか…そもそも彼女が一体誰だか知っての狼藉か?」
ヨーゼフの言葉に「でしょうね」と頷きそうになったが堪えた。
(…誰だか知っての狼藉かって、生で聞くことになるとは思わなかったわ。時代劇で散々聞いてきた台詞…ちょっとテンション上がる)
しかし桜吹雪も印籠も持っていない。この悩殺黒子が目に入らぬか! って言えばいいだろうか。ステファニーの頭をしょうもない思考が横切る。
ルショーワは数秒、言葉に迷うようだった。しかしヨーゼフを正面から見て、思い至る。
「…君はアルガッツ公爵家の…確か、騎士だったか」
(そういえばヨーゼフ様、私服ね。なるほど、割り込んできたのが一般人だと思ったのね)
ヨーゼフは騎士服を着ていなかった。仕事中ではなく、休日に事件を目撃して駆けつけたようだ。だから、しっかり相手を確認するまで一般人だと誤解していた。
一般人…ただの庶民ならば、言い逃れが容易い。怪しまれても身分差で黙らせることもできる。
しかし割り込んできたのは、貴族で騎士なヨーゼフ・アルガッツ公爵令息。なんなら身分差はこっちが上。
「そういうあなたはルショーワ・ショウコク伯爵補佐だな。兄君がらみのことで何度か、話を聞いたことがある。苦労しているように思っていたが、あなたも同類だったか」
ここでルショーワは苦い顔をした。
彼も彼で、まさか騎士が…しかも自分より爵位が上の公爵家の人間が、庶民の行き来する大通りにいるなど思っていなかったのだろう。
巡回する騎士はともかく、貴族は基本的に馬車で移動する。今回ステファニーが大通りを歩いたのは緊急事態だったからで、普段ならば店の前に馬車を横付けにして出入りするだけだ。
だというのに現れたヨーゼフ・アルガッツ公爵令息。
タイミングが良すぎる。
ステファニーが咄嗟に(遂に後を付けるようになったのかしら…)などと思ってしまったのも仕方がないことだ。
「…僕が誰か、彼女が誰かご存じなら話は早い。わかっているなら、僕らが合意だと理解してくれますよね?」
「何?」
「令息から令息へと飛び交う彼女が、今日は僕の所に舞い降りた。それだけの話です」
ヨーゼフの背後で、今度はステファニーが苦い顔をした。
ルショーワは、社交界でのステファニーを知っている者なら思わず納得してしまいそうな理由を引っ張り出してきた。
(確かに複数の令息と仲良くしているけれど、それとアンタはだいぶ違うわ!)
頼まれたって舞い降りない。
しかし困った。ステファニーでさえもなるほどと思ってしまった言い訳。ちょっと納得しそうになるくらい、たくさんの令息達と仲良くしている。
(ヨーゼフ様のこともつまみ食いしているし、納得されたらどう…)
「それはない」
どう逃げようか、考えた矢先。
ヨーゼフのきっぱりした言葉に、ステファニーは思わず顔を上げた。
「ステファニーは素直で正直な方だ。あれが合意であったのならば、割って入った俺に苦言を寄こすだろう。そもそも彼女から俺への印象はよろしくない。邪魔をしたならば容赦しなかったはずだ。素直で正直な方だから、俺にも素直に礼を言ってくれる」
親近感のある黒い目が、険しくルショーワを睨め付けた。
「助けてくれてありがとうと言った、彼女の言葉が全てだ。そしてあなたはそれを誤魔化そうとしている、思った以上に卑劣な男だ」
ヨーゼフに迷いはなかった。
ステファニーは思わず、少しも疑わなかったヨーゼフの言葉に胸元を押さえた。
(え、これはキュン)
確認くらいはされると思っていたが、まさかそれすらなく断言するとは。
久方ぶりにときめいた。
これはキュンです。
「…思い出しましたよ、アルガッツ様。最近ステファニー様の周りによくいらっしゃいましたね…あなたも彼女の色香に狂わされた一人ということですか」
「いかにも」
「そこは頷かなくてよろしいかと」
せっかくのキュンが台無しだよ。
大真面目に頷かれて、思わず突っ込みを入れてしまった。
いかにもじゃないんだわ。
「ふふ…まさかあなたの信望者が助けに入るとは。僕も運が悪い。ステファニー様の魅力的な肢体を味わえなかったのが心残りです」
(コイツ最後まで気持ち悪いな)
完全に分が悪いと察したらしいルショーワは、抵抗する様子もなくその場に座り込んだ。座り込みながらの発言に、ステファニーはドン引きだ。
ドン引きしたステファニーだが、まだ終わっていなかった。
「貴様――まさか彼女の魅力が、それだけだと思っているのか!」
「は?」
座り込んだルショーワの前に、ヨーゼフが仁王立ちした。
「ステファニーの魅力は外見だけではない! 確かに視覚情報として彼女の身体は大変好ましい。どこもかしこも柔らかくいつまでも抱いていたい愛おしさだ。しかし何より好ましいのは彼女の積極性。よかれと思ったことをあるがままに、正直に行動に移せる精神が魅力的だ! そして誰に何を言われても折れぬ心を持っている! 悪戯で乙女な精神と慈悲深き成熟した女性の精神が上手く溶け合い彼女という人が成り立っている。俺はそう感じた。そして何より一度知れば忘れられない…若々しい香りの下に深みのある味が待っている…彼女はそんな美酒であり俺たちは視線一つで翻弄される酔っぷ!」
「お鎮まりになって」
ステファニーの平手がヨーゼフに炸裂した。
大人しくなった。
まだ教育中の駄犬感が抜けない、ヨーゼフ。
ルショーワは刹那主義の快楽主義なので、逃げれそうなら逃げるが無理そうなら抵抗もしない。ステファニーのことはまだ丸め込めると思っていた、女性を舐めている所がある。が、ヨーゼフが来なかったら谷間に隠している痴漢撃退グッズが火を噴いたのでどちらにせよコイツはお縄。
※小さい火炎瓶。火種は指輪に設置。ガチで火を噴く。
小さな火でも燃え移ると火事の危険性があるのでとっても過激。最終手段。
命拾いしたルショーワ。
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