17 似たもの同士
帰ると決めたステファニーだが、帰れなかった。
立ち上がり踵を返した所で、ルショーワに手を取られてしまった。
「申し訳ありませんショウコク様。私、急用を思いつきましたの」
「突然のことで驚かせて申し訳ありません。ですが逃げずに話を聞いてください」
逃げるなと言われたが逃げるだろう。
初対面で求婚されるのは二度目だが、悪印象がある所為で今回は鳥肌が止まらない。
「以前から麗しのステファニー様をお慕いしておりました」
「ご冗談を。私たちこれが初対面ですし、年の差もありますわ」
「それですが、先日兄が二十歳差の妻を迎えまして」
だからなんだ二十歳差に比べれば十歳差は許容範囲だってか?
好き合っていたらいいだろうけれど、そうじゃなければ五歳差だっておじさんだ。好意的に見ているか見ていないかでまったく扱いが違うので気を付けろ。
「兄と義姉が出会ったのは夜会会場でした。僕があなたを見初めたのも夜会です。あなたはいつも真っ赤なドレスを身に纏い、とても艶やかで目立っていた。僕だけでなく、数多の男の視線を独り占めしていましたよ」
「まあそんなことは」
そんなこともありますが。
男はわかりやすく胸と尻の大きい、露出の高いドレスを着た女に視線を奪われるからそれはそうだろう。見苦しくない程度に露出しているので、男性陣の視線はだいたいステファニーに集中する。
なるほどその中の一人。
なんの新鮮味もない。
「それだけではありません。艶やかな見た目とは裏腹に、あなたは地道に徳を積むお人です。孤児院への慰問も欠かさず、令嬢達との付き合いも緻密だ」
ステファニーを調べれば、真っ先に出るのは女豹な言動。しかしそれに隠れて孤児院への慰問や、令嬢達とのやりとり。もっと探れば教会へ寄付して作った施設も出てくる。
ヨーゼフは表面しか調べていなかったが、ルショーワはしっかり調べてきたようだ
しかしそうなると、別の懸念も出てくる。
(私の何を、どこまで知って、この行動?)
一番秘密にしたい「蒸留酒」について、派閥違いのこの男は嗅ぎつけただろうか。
酒造の国で爵位ではなく、酒の品質で思いのまま行動している伯爵家だ。新たな酒の情報は今後の進退に関わる問題。知ったならば早急に対処してくるはず。
ステファニーがヨーゼフに邪推したように、新酒の情報を求めて近付いてきた可能性がかなり高い。
(むしろ兄が若妻を手に入れたから自分も若妻が欲しくなったとか、そういう最低な理由であれ)
ルショーワがステファニーに惚れているのは、残念ながら信じられない。
夜会で目立ってきた自負はあるし何人かの令息の心を奪った自覚もある。ステファニーは鈍感ではないので、視線の熱量には敏感だ。何せ結婚相手を捜し歩いていたので、自分に気があるかどうかは重要だった。
だからステファニーは、会場全体に目を走らせていた。
ルショーワがステファニーを視界に入れたように、ステファニーもルショーワを視界に入れていた。
警戒、という意味でだが、充分見ていたと思う。
そう、彼がステファニーへ向ける視線は観察の域を出なかった。別派閥の影響力の強い相手を観察する、見定める目だった。
(だからこそ厄介)
狡賢い相手が行動するときは、勝負できるカードを持っているときだ。
腕をつかまれては逃げられない。店は貸し切り状態で、店員も傍にいない。
(面倒ね。令嬢の腕を掴むなんて無作法だけど、私も途中離席の無作法をした後。そこを咎めてもならば座って話そうって流れになるだけ。こういうのと二人で話すのは大変良くない。シュテイン連れて来なくちゃ。交渉の場に必要なのはどんな甘言にも流されない真面目くんよ)
というか味方が欲しい。蛇のように狡猾な相手と一対一はしたくない。
ルショーワからの美辞麗句は続いていたが、ほとんどが右から左へと流れていった。言葉を尽くして褒められているが、心がさっぱり籠もっていない。
つい最近求婚してきたヨーゼフは淡々としていて感情が見えなかったが、本気だとわかった。ルショーワの場合は感情を込めて口が良く回っているが、喋れば喋るだけ本気でないことが窺える。演技が演技とわかる嘘くささがあった。
ステファニーが彼の本性を察している所為かもしれないが、本気の求婚は振ったあとのヨーゼフで経験済みなので、熱量の違いがわかりやすい。
というかヨーゼフ以外でも本気の求婚はされてきたので、察する能力が身についている。
コイツは今、演技をしている。
「…やはりそう簡単に信じてはくださいませんか?」
白けるステファニーの気配を察したのだろう、ルショーワは苦笑しながらステファニーを覗き込んだ。
「信じるも何も、初対面ですもの。ショウコク様が優秀な方と存じ上げてはいますが、それだけの情報で頷くことなどできませんわ」
「ごもっともです。ですが、すぐにわかり合えると思っていますよ」
優しく調整されていた声が、ぶれた。
「何せ僕たちは…似たもの同士なので」
ねっとり絡みつくような、不快な猫なで声。
ステファニーはルショーワを見上げた。仕方のない子だと若者を諫めるような顔をしながら、ステファニーを引き留める手は柔らかく彼女の肌を引っ掻いた。
猫なで声に不快な手付き。
(…仮面を外すの早くない?)
卑劣な本性が垣間見え、ステファニーは身体を捻って正面からルショーワと向き合った。
肩越しだろうと、背中を見せて対応するのは危険だ。
「先程、兄が結婚した話はしましたが…それもこれも、兄の求めるデビュタントの娘が、悉く兄を警戒するようになったのが原因でした。多数を求めることができなくなり、何も知らなかった義姉を娶ってしばらくは大人しくして、ほとぼりが冷めるのを待つ予定です」
――ステファニー達の情報共有で、近付いてはならない男と周知された結果だ。
しかし繋がりのない娘に情報が届かず、被害はまだ続いている。結婚相手がまさにそれ。
というか、取り繕っていた部分が早々に取っ払われている。いや、兄の悪行はわりと知れ渡っているが…。
「となると、僕も手が空きまして…このまま兄が警戒されて行動できず、妻をとっかえひっかえすることになれば、もっと暇になります。なので今のうちに、僕も結婚してしまおうと思ったのです」
何も知らなければ、兄の尻拭いをする必要がないから暇になると思われる。
実際の所、兄の被害者を食い物にしてきた弟は、兄の被害が義姉に一点集中するならすることがない。
だから兄と同じように結婚することにした。
「…そのお相手が私?」
「ええ。いい案だと思いませんか。二つの派閥を繋ぐ架け橋になり、より強い権威を手に入れることができる。僕は兄と違って清く正しく生きてきましたので、清く正しく美しく生きるあなたとぴったりだと思うのです。お互いに、そう見えるよう取り繕ってきたのですから」
握る手が、指が、ステファニーの肌を誘惑する。
柔肌を撫でる指先が、刺激を与える爪先が、隠すことはないと誘っている。
「僕たち、仲良くやっていけると思いませんか。お互いの欲を満たし合って、溶け出した部分が見えないように綺麗な顔で隠し合って。見て欲しい部分だけ強調して…取り繕うのはお得意でしょう?」
綺麗な建前と、醜い本性。
表の顔と裏の顔。
あふれ出る欲望と、それを悟らせない情報操作。
「僕にはわかります。あなたは結婚相手など探していない。ただこの一時を、楽しみたいだけだ」
ルショーワはこんなときでも、人のいい顔で笑った。
「僕もそうです。楽しく過ごしたいだけ。気持ちよくなりたいだけ。僕らが一緒なら、どこまでも開放的になれると思いませんか」
…ステファニーは無言で、誘惑する指先に手を添えた。
しっとり重なり合う男女の手。誘惑に応えるように絡まる指先に、ルショーワの笑みが深まる。
「そうね…私も、気持ちよくなりたいわ」
「ステファニー様…」
俯いていたステファニーは、微笑みながら顔を上げた。距離を詰めるルショーワの青い目と、艶やかな赤い目が重なり合う。
「でも」
ステファニーは美しく、無邪気に笑った。
「私が気持ちよくなりたいのは、たった一人とだけよ」
とてもいい笑顔で、相手の指を逆方向にポキッと曲げた。
大事なのは、力ではない。
思い切りの良さだ。
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