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16 危険な男


 ステファニーが顔合わせに選んだのは、貴族も利用するカフェだった。


 初対面でいきなり観劇デートは荷が重かろうと、まずは本当に顔合わせの意味で選んだ場所だった。ちゃんと相手のことを考えて場所を選んだ。

 貴族も利用するカフェを選んだのは気遣いであり、他の客にも店側にも迷惑をかけるつもりはなかった。


 だがしかし、現在カフェにいるのはステファニーと待ち伏せしていた男だけ。


(店を貸し切ったわね。今日を楽しみにしていた客が入れないじゃない。なんて迷惑なの)


 ケーキと紅茶を挟んで向かい合いながら、ステファニーは穏やかな笑顔を絶やすことなく心の中で悪態をついた。

 向かい合った相手は余裕な態度で、長い足を組んで珈琲を飲んでいる。


 ルショーワ・ショウコク。

 美しい銀色の髪に白い肌。ほっそりした青い目に薄い唇。伯爵となった兄を支える弟の彼は、好色な伯爵を諫める弟として有名だ。


 まず兄の伯爵だが、つい最近年下の妻を娶った。

 三十五歳の伯爵と、十五歳の幼妻。

 その年の差、二十歳。


 残念ながら貴族なので、このくらいの年の差は珍しくない。しかし初婚でこの年の差は滅多にない。

 しかも結婚前、彼はデビュタントの令嬢を狙って声を掛けては慣れない酒を振る舞っていた。何もわからない令嬢が泥酔して、看病するため休憩室へ向かう姿をよく目撃されている。もうこれだけで、十五歳(デビュタント)の幼妻がどんな目にあったのか察してしまう。


 わかりやすくゲス野郎だ。

 わかりやすいのに訴えられないのは、彼の領地で作られるビールの品質がとても高いから。


 酒造の国の悪い所。身分より、酒造の品質が重要視されてしまう。

 そしてその品質が、時には悪事を覆い隠す盾にされてしまう。


(よく聞くのが、二度とお前にうちの酒は飲ませない! …ね)


 酒の力で脅しをかけてくるのはショウコク伯爵家だけではない。


 王家に、国に作った酒を認められるのは栄誉なことで、評価された酒が飲めなくなるのは金の切れ目と同じ。金の切れ目が縁の切れ目。酒のやりとりがないだけで、関係は断ち消える。


(それだけ伯爵家のビール品質は上位。だから周囲はご機嫌を取っている…作っているのは職人で、彼らは関係ないのにね)


 伯爵領で製造していると言うだけで、彼らの力となるのだ。職人も浮かばれない。

 勿論酒造りの職人達は高給取りだが、彼らにだって誇りはある。


(なんて、伯爵領のことはそう知らないけれど)


 そして、そんな兄を諫めながら伯爵代理…いや、補佐としてあちらこちらを走り回っているのが目の前の男。

 兄と違って品行方正で、いつも兄の尻拭いで走り回っている。領地経営やビールの品質向上も彼がいてこそと噂されており、弟の彼がいるからショウコク伯爵領は回っているのだと評判だ。


(二十八歳で独身なのは、兄が苦労をかけて結婚相手を探す暇もないから…なんて言われているけれど)


 ステファニーは微笑みながら、向かいに座るルショーワを見上げた。


「ショウコク様は代理と仰いましたが、本来予定していた方に何か不都合がありましたの?」

「ええ、不幸な事故がありまして…いいえ怪我はないのです。ですが本日ステファニー様に会える状態ではありませんので、彼に託された僕がこうして代理になったわけです。彼からお詫びとして、ステファニー様にはいくらでもお好きなケーキを注文していただいて構わないと聞いていますよ」

「まあ、事故なら仕方ありませんわ。気にしていませんのでそちらもお気になさらず。たくさん食べたら怒られてしまいます」


 手で口元を隠して微笑み、ステファニーはこっそり口元をへの字に曲げた。


(無理矢理、捻じ込まれたわ)


 ――ルショーワ・ショウコクは、噂通りの品行方正な青年ではない。


 兄と違って品行方正に生きていると見せかけているが、兄より隠すのが上手いだけで同類のゲス野郎だ。

 伯爵補佐としては優秀らしいが、手癖が悪かった。若い使用人はほとんど被害に遭っているし、兄の尻拭いで飛び回りながら謝罪ではなく脅しをかけて回っている。

 ある意味、兄より質が悪い。


 科学の発展も便利な魔法もないこの世界で、その場にいない犯罪者を見付けて引っ立てるのはとても難しい。動かぬ証拠が必要で、証人が必要で、時には身分が必要だ。

 だから、あの男に乱暴されたと騒いでも、証拠がないと言われてしまえば立証できない。

 何より、されたことを赤裸々に語れるはずがなかった。酒で意識が朦朧としている所を狙われるし、覚えていても恐怖から口を閉ざす。

 それでも勇気を出して立ち上がろうとすれば、謝罪と称してやって来たこの男に脅しをかけられるのだ。

 恐怖と恥辱の再演に、謝罪と称して兄の被害者の元へ訪れる。


 ――以上全てが、ステファニーが支援している施設に逃げ込んできた複数の女性の証言から纏めたルショーワ・ショウコクの姿である。


 彼女たちは身分から、一度汚された事実から、抵抗することができず身も心もボロボロにされて逃げ出した。逃げ出しても悪夢は追って来て、今も過去に苦しめられている。


(はぁーぶん殴りたいわぁー)


 か弱い令嬢の手しか持たない自分が恨めしい。


 どちらか一方の意見を鵜呑みにして色眼鏡で見るわけにも行かず、情報を仕入れては精査していたステファニーは、この男は女性達が語るとおりの男だと知っていた。


(だから若いお嬢さんの居る夫人達にはしっかりお伝えしたし、年上の男に憧れる少女達には現実を教えたけれど…直接の関わりはなかったのよね)


 流石のステファニーも、危険な男と知っていて一人では近付かない。残念ながら、ステファニーの手はか弱いのだ。

 身分としてはステファニーの方が上。リスクアール侯爵家の自慢はワインなので畑違い。派閥が違う以上、必要以上に近寄ることもなかった。


 けれど今回、ステファニーの動向を調査した上で予定に割り込んできた。


 彼の証言通り不幸な事故が起きたのだとしても、この男を代理になど立てない。ステファニーは貴族の派閥を把握している。彼らに繋がりはない。

 それなのに割り込んできたのだ。とても強引で乱暴に、ステファニーに気付かれても構わない勢いで。


(ヨーゼフ様は予定を探って割り込んでくるようなことはなかったけれど、この男はやるわ。申し訳なさそうな顔をして、他人の迷惑なんて気にしないで)


 微笑み合いながら、ステファニーはそっと目を伏せた。


「代理とは言え、お忙しいショウコク様を私が独り占めするわけにはいきませんわね。ご足労いただきありがとうございます。事情は理解しましたので、もう問題ありませんわ」

「そうつれないことを仰らないで。お美しいリスクアール侯爵令嬢とお話しできる機会に恵まれた僕に、もう少し時間を頂けませんか。あなたがケーキを食べている間だけでも、是非」

(あー注文していないケーキがきたと思ったらそういう?)


 セレクトは悪くない。このカフェで人気のフルーツケーキはステファニーも食べたかったので罪はない。しかし注文していないケーキセットとなれば、手を付ける気にはならなかった。

 警戒している相手と一緒にいるときは飲食しない。皆覚えて帰ってね。テストに出ないのに実施で試されるわ。

 目を離した隙に何を入れられているかわからないし、店が買収されている可能性もあるので余計に手を付けられない。


(かといってここで帰れコールは流石に愚策)


 ステファニーはルショーワがヤバい男だと確信している。善人の仮面を被っているが、どの程度の強度を誇るのかは流石にわからない。初めましての相手だし、二人きりの空間で逆上されても困る。

 頼りになる護衛は、伯爵がいると思っていなかったので馬車で待機だ。


(仕方がない…相手が満足する程度お話して帰りましょう)


 ケーキを食べる気はないが、目的があるようだし。それが会話で済むなら会話してやろう。

 ステファニーは困ったように微笑み、頷いた。


「では少しだけ。ショウコク様がお忙しいのはよく耳に致しますので、無理はなさらないでください。お忙しい方を引き留める罪悪感で甘味も喉を通らなくなってしまいます」

「時間を取ってきましたので、本当にお気になさらなくて平気ですよ。兄も今回ばかりは大人しくしているでしょう。僕の一世一代の大勝負ですから」

「まあ、大勝負? このあとやはり何か御用時が――」

「実はあなたにお願いがあって、ここまで来たのです。ステファニー・リスクアール令嬢」

(嫌な予感しかしない)


 忙しいならさっさと帰れと言外に繰り返していたステファニーは、のらりくらりと躱される前に直球勝負に出た相手の気配を感じ取り警戒で笑顔を深めた。

 そしてステファニーの予想通り、ルショーワは剛球を投げ込んでくる。


「僕と結婚してください」

(あ、私が帰ろ)


 受け止めるのも打ち返すのも拒否したステファニーは、笑顔の下で即決した。



ヤバい男が思った以上にヤバい。

領地の教会に寄付して、傷ついた女性を受け入れる施設にしているステファニー。そこから仕入れた情報をお茶会で流して、危険人物を把握している。ちゃんと下調べもする。

なので、本当に二人きりになりたくない相手が来ちゃっている。


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うわぁ。ホントにヤバい男ですね。 こんな時こそ空気を読まずに公爵家の末の弟君に来店して欲しいですが。 でもこれは、株を上げれる絶好のチャンス。 頑張れ、弟君!
きゃ〜、ステファニーがピンチ!さあ、大型犬の出番だよ。
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