15 彼らの今後
公爵家からステファニーへ、謝罪のお手紙が来た。
うちの五男坊が失礼して大変申し訳ありませんって内容の謝罪文だった。暴走した五男と公爵家の意志は関係ないとも書かれていて驚いた。
(あれって公爵家の指示じゃなかったのねぇ)
むしろそっちにびっくりだ。
つまり手紙の内容を信じるなら、ヨーゼフ個人がイケイケゴーゴー状態だったということだ。
(なるほど、行動がおかしいなぁと思っていたけれど、躾のなっていないわんちゃんだったのね)
周りが見えなくなっていたのもあるだろうが、そもそも行動指針にブレがあったようだ。
家のために行動せねばと思う忠誠心はあるが、そのために何をすべきか自分で考える力が弱い。
家長の指示通りには動けるけれど、小さい動作も指示と勘違いする。自分で判断する能力が乏しいわんちゃんだ。
見かけは優秀そうな大型犬なのに、実際は馬鹿犬だったということだ。
一人納得したステファニーは、手紙に書かれた「ヨーゼフに関してはそちらの望む処置を取る」と書かれた部分に指を走らせた。
(躾自体はお好きにどうぞってかんじね。しつこくなければ外見はいい男だから、別に接触禁止とか望んでないし)
しつこいし邪魔とは思っていたが、思惑がわからず放置していたのだ。事実は不明だが公爵家の思惑と別ベクトルで動いているのなら、むしろ観賞用に置いときたい。
(というか、アルガッツ公爵家、やけに対応がへりくだってない?)
やらかしているとは言え、処置をステファニーに一任するとはどういうことだ。
むしろお宅の息子さんを扱き下ろした言動を取って申し訳ありませんでしたとステファニーが謝罪すべきでは?
かなりデリケートな部分を足蹴にしたと思うのだが。誰もそこに突っ込まないのは何故だろう。そうなるように仕向けはしたが、本当に誰も突っ込まない。
(公にはなっていないから、ヨーゼフ様の非礼だけ対処しているのかしら)
しかし公爵家から侯爵家へ謝罪の手紙が来るって相当珍しい事例だと思う。
――それ程までに、ステファニーとの縁を繋いでおきたいのか。
(侯爵に送らなかったのは家ではなく個人への謝罪だから。事を荒立てる気はなさそうね。そりゃそうだけど。ヨーゼフ様はちょっとしつこいくらいで問題視される前だし、私も別に構わないし)
ステファニーの友人達に刺されそうな視線を向けられていたが、まあ大丈夫だろう。
ヨーゼフは公爵令息だし顔も良いので、大きな置物と思えば特に気にならなかった。顔がいいって得である。
(まあ私以外だったら顔が良くても絶縁される危険性があるから、家族が動かざるを得なかったのでしょうね)
そりゃあ、新しい酒の情報だって得ている公爵家だ。
新しい酒を生み出したステファニーの機嫌は損ねたくないだろう。
(その点もあってヨーゼフ様の行動って謎だったけれど、個人の暴走だったのなら納得ね)
つまり一人だけ深酒状態だったのだ。酔いが回って冷静な対応もできていなかったのだろう。
ならば仕方がない。大目に見てあげよう。
ステファニーは自分の行動が相手を悪酔いさせている自覚があるので、実害が出なければ寛容だった。
付き纏い? まあイラッとしたが、わんちゃんだったのねと思えば苛つきも減少する。犬は可愛い。
ステファニーの結論に、シュテインは対応が甘いと頭が痛そうだが、ステファニーは公爵家からの謝罪だけを受け止めてヨーゼフの罰は特に何も望まなかった。
しかし罰を望まないとは、許すとは違う。
判断力が弱いなら、しっかり考えて貰わねば。
(さぁて、ヨーゼフ様はどうするかしら)
なんのお咎めもないから今まで通り接するか。
接触を完全に絶つか。
チラッチラと視界に入っては消えてを繰り返すストーカーに進化するのか。
(うふふ楽しみ~)
ステファニーは自分が相手を悪酔いさせている自覚があるし、ワイン片手にその様子を見物する性格の悪さも自覚していた。
ぶっちゃけ、慕われるのは気持ちがいい。
行動理由が今ひとつよくわからなかったが、個人の暴走なら構わない。貴族としてはダメだが一個人としていいと思う。前世のステファニーは(性欲から)逃げる男と縋る女の構図になりがちだったので、追い縋られるのは気分がいい。求められるって最高だ。
(まあ、これで開き直ってまた突撃してきたら、それはそれでお話が必要ね)
慕われるのは嬉しいし、いい男を侍らせるのは快感だが、振った意味を是非考えて欲しい。
結局考えなしだったそのときは、コテンパンにしよう。
そう決めて、ステファニーは手紙を畳んで鞄にしまった。
(再教育中のヨーゼフ様はおいといて、いい男を探すわよ~)
現在のステファニーは外出着を纏い侯爵家の馬車に乗り、以前紹介された官吏と顔合わせの店へと向かっていた。
金の髪を結い上げてつばの広い帽子を被り、紺色の襟が詰まったドレスを着ている。はじめて会う相手なので、露出の高い服装で殴るのは可哀想だと思って露出は控えた。
ステファニーの体型で襟の詰まった服は攻撃力が高いが、本日顔を合わせるのが異性に耐性のない相手らしいので、露出は避けた。どちらにせよ攻撃力は高いのだ。自覚している。
性欲と言えば騎士など、体力勝負な者たちが強いと思われがちだが、官吏…内勤の者とて強い人は強い。
頭を使うのだって体力がいるし、身体を動かせないからこそムラムラが発散できず溜め込んでしまう人は多い。
疲れて淡泊な人も居るだろう。
だが、溜め込んだ分、濃密な蜜月を過ごす人だっている。
(本当に忙しい人達だから、なかなか捕まえられないのよね。今日だって時間を貰ったからにはじっくりお話がしたいわ)
流石に初手でつまみ食いはしない。
ヨーゼフが特殊だっただけで、初めましてでつまみ食いはしない。
(ウーキヤ令息みたいなことがあったし、より気を付けなければね)
身分を偽ってまでステファニーと接触してきたウワロ・ウーキヤのような男もいるので、ステファニーはより気を引き締めて相手を探していた。
そのウワロ・ウーキヤのその後だが、ウブナとの婚約は破棄された。
やはりステファニー以外の女性にも声を掛けていたらしく、身分を騙っての行為が悪質と判断され、ウーキヤ子爵家の過失として処理された。
彼は実家を勘当されることはなかったが、今まで携わっていた仕事を全て取り上げられて、下っ端騎士として鉱山の街に送られた。
どうやら今まで実家で作っているワインを宣伝する仕事をしていたらしいのだが、悪い評判が付いてしまった男をいつまでも宣伝係にはさせられない。むしろ関連付ける人間がいると良くないということで、遠くの街へ送られてしまった。勘当していないのがせめてもの慈悲だ。
なんでも婚約者のウブナ・ヨレナディーノ子爵令嬢は、アルガッツ公爵家の分家の一族だったらしい。子爵家とは言え公爵家と縁のある令嬢を裏切った罪は重く、公爵家からの報復も恐れ早急に飛ばされた。
鉱山の街は荒くれ者達が多い。治安も悪く、自らを鍛えねば怪我の絶えぬ生活になるだろう。
そしてウブナ・ヨレナディーノはウワロとの婚約が破棄されたあと、地方貴族のラネイ・イトワンナ子爵令息と婚約した。
どっかで聞いた名前である…そう、ウワロが騙っていた地方貴族の名前だ。
彼は自分の名前を騙って浮気をしていた男がいたと聞き、その婚約者であるウブナに興味を持ち、情報を集めた結果、清楚ながらも自ら浮気相手(誤解)に突撃する苛烈さを気に入って婚約の打診をしたらしい。
ヨレナディーノ子爵家としても、公爵家と分家とは言え遠縁。ウワロの浮気が原因とは言え騒ぎはウブナが起こしたも同然だったので、罰は与えねばならない。しかし被害者でもあるので幸せになって欲しい…と葛藤している中での婚約打診。騙る名前に使われたが本人はまともな男のようだったので、王都から地方へ嫁ぐことを罰としてウブナは婚約者となったイトワンナの居る地方へと旅だった。
旅立つ前にとお茶に誘ったが断られてしまったのが無念。
確かに王都にいても公爵家の夜会で騒動を起こした令嬢として注目されてしまったし、まともな縁談は望めなかったかもしれない。婚約者の裏切りで傷ついているウブナだが、新しい婚約者と上手くいけばいい。
知り合いのいない地方への嫁入りは気掛かりではあるが、下心しかない好色親父の後妻に求められるよりはマシだろう。
ウブナは子爵令嬢だから、爵位が上の相手からの打診は断り辛い。
――そう、今目の前にいる、男のような。
「はじめましてステファニー・リスクアール令嬢」
優しげな声だった。
優しく聞こえるように調整された声だ。
約束していた店に来たステファニーの前に現れた、予定していた人物とは似ても似つかない男。
細身だが上背がある、色白の男。長い銀髪を一つに括って、青い目を細めて笑う大人の男。
「お目にかかれて光栄です」
「――まあ、こちらこそ光栄ですわ」
笑顔に笑顔で返しながら、ステファニーはゆっくり深く、呼吸をした。
予定外のこの男が誰なのか、ステファニーは知っている。
ルショーワ・ショウコク伯爵補佐。
娘を持つ母親が気を付けなさいと必ず忠告する、ショウコク伯爵…の、弟。
兄と比べて常識的と言われている男が、ステファニーの前に立っていた。
とても優しげな――…仮面をして。
ウブナ達が今どうしているのか。子爵家の彼らは公爵家の報復を恐れて早々に対処しましたが、公爵家としてはそれより五男がやらかしているのでそこまで気にしていなかった。そういう事情を子爵家が知ることもなく、ウブナは地方に嫁いでウワロは下っ端騎士として飛ばされました。コイツは別に騎士じゃなかったので本当に急遽下っ端に。治安の悪い街でギャアギャア騒ぎながら頑張ります。
ウブナとラネイは実はお互いちょっと夢見がちなロマンチストなので、案外上手くいきます。
そして意味深に現れた男…ステファニー危うし?
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