13 他所からの評価
ヨーゼフがそう育ってしまったことに関しては、言い訳もできない。
そもそも三つ子は誰が長子として後を継ぐのか決まっておらず、熾烈に教育合戦を繰り返していた。長男は早々に辞退したが、女たちの熾烈な戦いについ弟妹を可愛がって癒やされたくなった。
生意気盛りの弟と比べて可愛い盛り末弟につい甘くなった長男。
片割れと仲が悪すぎて、弟からの尊敬を得て自尊心を満たそうとした次男三男。
そんな兄達に弟を差し出すことで過干渉を回避した四男。
末っ子の妹が可愛くなかったわけではないが、男より女の方が早熟で口も達者だった。口も手も出してくる兄達に切れて、全員尻を蹴飛ばされている。
となると可愛がりは五男ヨーゼフに集中し…甘やかしにより、言われた事しかできない男になっていた。
兄達の言うとおりにすれば失敗しない。怠惰と言えば怠惰だが、兄達の言葉を教本としてインプットしてしまったが故の弊害だった。
気付いたときには公爵家全員が頭を抱えたが、指示がなければ一歩も動けない、というレベルではないのが救いだった。
ただ指示されたことに関して盲目的になってしまう。
騎士になったのは、指示通りに動けることが大事だったから。
言われたことができない人間より、言われたことができる人間の方が重宝される。
しかし言われたことしかできない人間よりは、言われていなくても行動できる人間の方が出世する。
出世はできないが、指示通りに動ける人間は一定数重宝されるので、マニュアルが厳しい騎士として規則正しく生活していた。
特に厳しく異変を見逃さぬよう指示されているので、躾けられた軍犬のようである。
しかし、兄達の言葉を教本だと思って過ごしていたため、長兄の何気ない呟きも指示として認識してしまうことが多く…。
長兄がうっかり「相性が良さそう」なんて言ってしまった。
相性がよさそう、だ。
断言じゃないし、思いつきだし、感想だ。
――兄がそう言うなら相性が良い相手、とはならんだろう。
だけどなっちゃうのが、ヨーゼフだった。
学習しない兄弟達のうっかりに、姉妹は揃って呆れていた。
「アマデウスもアマデウスで、リスクアール侯爵令嬢が若くて精力の溢れた令息を好んでいるなんて情報しか持っていなかったでしょう」
「え、ええと、いい子だってことは知っていたよ。王家が興味を示している子だし、酒造の革命者としても興味深いし…でも伴侶にはそういう欲の強い人がいいって明言している子だったから、我が家なら騎士のヨーゼフがいいかなって思っただけで…」
「思いつきを軽々しく口に出すのをやめなさいと言っているでしょう。ヨーゼフに拾われたら検証前に行動に移されるのですから」
「今回みたいにね。そろそろ教本も間違えるって学習して欲しいんだけど」
「悪いのは兄じゃなくて、言われたとおりにできない自分だと思っていますからね、この子」
床に転がり動かなくなった五男を見下ろして、姉妹は嘆息した。
「とにかく、接触したのは早計でした。するにしても令息ではなく令嬢…パルマからするべきでしたわ」
「そうね。私もそう思うわ」
「ええ、パルマ? …結婚相手を探しているのに?」
「だからアマデウス兄様ってお嫁さんを怒らせて無視されるのよ」
末っ子の容赦ない一言に長男もソファに倒れた。
「リスクアール侯爵令嬢は確かに派手な浮名を流す令嬢だけど、酒造の革命者がそれだけの女のはずがない。実際彼女は令嬢達を集めて令嬢としての危機管理、男性への意見の仕方から操縦の仕方まで今までにない角度から知識を広めている活動家だ。教会に多額の寄付をして、傷ついた女性が滞在しやすい施設を増やしている、女性のための活動家。孤児院にも足繁く通い、聖母と慕われていると聞くわ」
あちこち飛び回っているステファニーも、遊び回っているだけではない。
領地の教会は孤児院を併設しているだけでなく、女性を受け入れるための施設となっている。
「生母が彼女を産んですぐ亡くなったと聞きますし…彼女自身も困ったのでしょう。活動的だからこそたくさんの知識と確信を得て、他の令嬢が困らないよう対応しているのだと思われますわ…」
ステファニーのように、母を亡くす子は少なくない。
出産は命がけ。その出産に関する知識すら危うく、妊婦への対応もまちまちだ。
「女性に手厚い、情の深い令嬢よ。パルマは一度婚約を解消しているし、二度目の婚約を上手くいかせるために知識を求めて…という理由で近付く方が自然だわ。実際、似た経緯で縁を繋ぐ令嬢は多いし」
「そちらの方が警戒もされず、長い付き合いができたでしょうね」
「今となってはアルガッツ公爵家ってだけで警戒されるわ。本人だけじゃなくて、彼女のお友達にもね。彼女と仲良しの伯爵夫人なんて、私が近付くだけですごい目で見てくるわよ」
ステファニーが保健体育の知識を広めている情報は、公爵家にも届いていた。
教育の場が必要だと思っていたのはステファニーだけではない。母となったかつての令嬢達も閨教育だけでは不完全だと実感している。しかしデリケートな問題であるし、どう広めたらいいかと二の足を踏んでいる状態だった。
そこにぶち込んでいったのがステファニーである。
その姿勢には賛否両論。侮蔑の視線を向ける者もいるけれど、年頃の娘を持つ母親はステファニーと交流したがっていた。
いつの時代も、正しい性の知識は身を守るために必要だ。
王家がステファニーを囲わないのは、元々侯爵家が王家に忠誠を誓っている貴族だから。
囲わなくても同じ派閥なのである。
報告義務を果たしているし五年前から例の酒も献上してくる。酒欲しさにうっかり何でも言うことを聞きそうになる…となれば、王家と近くなりすぎる懸念が生まれる。
数年後には侯爵家から新しい酒が発表される予定もある。これ以上の過干渉は、むしろ派閥内での軋轢を生む。
がっつり後ろ盾として守るなら、ステファニーを王子妃として迎え入れるのが一番簡単だ。
簡単だが、現在王家の王子は十代前半。十八歳のステファニーとの婚約は、多感な青少年に刺激が強すぎる。
というかそもそもステファニーは長子なので、侯爵家の跡継ぎ。
いくら王家と縁繋ぎになりたくても跡取りを嫁には出せない。王家に姫はいないので、弟のシュテインとの縁繋ぎも不可能だ。
ステファニーが侯爵家を継ぐのに不安があるとなれば話は別だが、だとしても不安視される人間を王家に渡すわけがない。シュテインが跡を継ぐ場合、ステファニーは分家に嫁に行くことになるだろう。
だが分家でも問題がある。
亡き母の家は弟が継いでおり、女系家族で息子は居ない。もう一人伯父が居たようだが、そちらもステファニーが生まれた年に亡くなっている。
父方の親族は一人っ子が多い。嫁としてなら喜んで受け入れるだろうが、ステファニーの功績が大きすぎて夫がいろんな意味で食われてしまいそうだ。
ステファニーの場合、嫁に行くとしてもその功績から爵位が上の相手が好ましい。そうでなければ嫁の威光で夫が霞んでしまう。
だからここで公爵家なのだが、そもそもこれは「ステファニーが嫁に行くとしたら」の話だ。
基本的に侯爵家の跡継ぎはステファニーだし、彼女は婿にしたい相手の条件を明確にしている。王家が介入する余地も、必要もなかった。
何より王家が一番望むのは、ステファニーが気持ちよく酒造革命を進めてくれること。
無理に縁を繋いだ結果、不快な気分にさせた奴らに酒を売らぬと言われればたまったものではない。
実際、大昔ではワイン製造ナンバーワンだった領地の伯爵に睨まれた結果、公爵家だけワインを卸して貰えなくなり、美味いワインを提供できない貴族とは付き合いきれぬと求心力を大きく下げたことがある。
よって、美味い酒を提供する側の機嫌はなんとしてでもとっておきたい。
新種の酒、革命と言われるほどの酒を隠し持っている侯爵家のご令嬢とは、末永く付き合っていきたいのだ。
「…謝罪の手紙は送るとして…この子も僻地に送る?」
「いや、罰を与えすぎると逆に引かれる可能性もある…奔放だが苛烈な印象ではないから、まずは接触禁止令でいいのでは?」
「まずは距離。距離をとらせよう。付き纏いってもう存在を認めるだけで恐怖だもの。暫くフリードリヒ兄様の所に送って、伯爵家の警護に回せばいいんじゃない? ウワロと一緒に」
「待ってくれ姉様方、パルマ」
粛々と処理方法…否、出荷先を決めようとしていた女性陣に、むくりと起き上がったヨーゼフは挙手をして声を掛けた。
「俺はステファニーで酔いたい」
「悪酔いしているわね」
「はじめてのお酒でもなかったはずですのに…」
「流石リスクアール侯爵令嬢。度数が高い」
「聞いてくれ。アマデウス兄様が言っていたからではなく、俺が心から彼女しかいないと思っているんだ」
ふらふらと身を起こしたヨーゼフは、その場に膝を突いて懇願するように姉妹に頭を下げた。
「俺の対応が間違っていたのは、よくわかった。これから気を付ける。謝罪もする。怖がらせたなら、そのままではいられない…だけど、遠ざけるのは待ってくれ。俺は本当に、彼女が欲しい。俺に大事なことを教えてくれた彼女から離れたくない。距離感には気を付けるから、直さないといけない部分は気を付けるから…だから、待って。俺からステファニーを取り上げないでくれ」
切々と訴える弟に、長女と次女は視線を見合わせた。
兄達から失敗しないようにと厚意から進む道を補訂され、石をどけられて来た弟は、手を引かれて言われるがままに進むのが正しいことだと信じていた。正しいことだから兄達が導いているのだと、兄達の言うとおりにするのが正解だと思っていた。
それは、判断力の低下に繋がる。
幸いと言うべきか、結果が出なければ自分の能力不足だと素直に認めることのできる子だった。完遂のために努力ができる子だ。ただ、その努力も道筋も人に指示されてきた。
その弟が、自分で努力したいのだと言っている。
兄の指示(だと思っている)によって始まった縁だが、それを抜きにしても彼女が…ステファニーが欲しいと主張する。
兄だけでなく、姉としても、弟は可愛い。
問題児とも言える弟の、はじめてに近い自己主張。
うっかり家族として、姉たちはどうしようか悩み…。
その横を、末っ子のパルマが通り過ぎた。
「取り上げるも何もアンタのリスクアール令嬢じゃないのよ」
パルマの蹴りが真横から入り、まだ痺れの残っていたヨーゼフはコロリと床を転がった。
一瞬でも聖母? 聖女(意味深)じゃなくて? と過った人は毒されている。
お姉ちゃんも弟可愛さで一瞬揺れたが、妹はそんなの関係ねえ! と兄を蹴飛ばせる。妹なので。
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