11 選択肢を持つのは
「姉様が茶会をしたあとはやけに令嬢達の視線を感じると思っていましたが、あのおかしな催しの所為ですか」
ため息を吐くシュテインは、談話室で疲れたようにソファに座った。とっても疲れている。
お客様のお見送りを終えた二人は、揃って談話室で休んでいた。
「おかしな催しだなんて。私にいい男を紹介してくれるお友達が、シュテイン様には敵いませんがとシュテインを立てる物言いをしたから、これは私の義妹狙いと思ってお膳立てをしようとしただけよ。それが思いのほか、義妹狙いが多かっただけ」
本当に多かった。
正確に言えば義妹になるのは結果であって目的ではない。しかしあえてステファニー視点にすることで、ステファニーが防波堤になれた。
それくらい、流石のステファニーもどうしようか悩むくらいには多かった。
「あなた、多方向に大人気よ、シュテイン。このまま放置したら取り合いで血の雨が降りそうだわ」
「それは過言でしょう!」
うんざりした顔で叫んだシュタインだが、ステファニーはにこ…と微笑んで明言を避けた。
残念だが、過言ではない。
シュテイン・リスクアール侯爵令息、十七歳。
我が弟ながら、ヤバいくらいのいい男である。
いつもきっちりセットされている金の髪に、怜悧な眼鏡に紫の目をしたインテリ系男子。希少な紫色の目は、鋭い目付きなのにどことなく蠱惑的。珍しい色合いだからこそ、ガラスの向こう側に隠された色が人を惹きつける。
そして騎士でもないのに背が高く、身体付きががっしりしている。だらけず鍛えているのが一目でわかる。だというのに、筋肉質な男特有の威圧感を与えない。
何故か。それは彼が、相手を見下ろさないように距離を測っているからだ。
酒の力に頼って距離を詰める男が多い中、それだけで好感度が上がる。女性は不躾に距離を詰めてくる男に不快感を抱くことが多いので、距離感は本当に大事。
しかも気が利くので、理不尽に困っている人は放っておかない。頭も良いので対人関係も把握しているし対処もスマート。聞き役に徹して相手を満足させることもできるし、酒にも強いので撃退することも可能。侯爵家なので爵位を笠に着た輩は対面しただけで小さくなる。
様々なトラブルに対応できる男は厳しい顔のくせに親切だった。
老若男女関係なく、手を差し伸べられる男だった。
…ステファニーから見聞きしたもの全てを反面教師としてきた結果、乙女の理想みたいな貴公子になっていた。
そんないい男がフリーでいれば、令嬢達の目がぎらついて当たり前だった。
――いろんな期待を背負っている。
そして恋愛百戦錬磨(概念)ステファニーの実弟で、遊び歩く姉を叱りつけては連れ戻す常識人。
姉に反して女性と浮ついた噂もない。
しかし…あの姉から、なんの手解きもされていないはずがなく…。
…知識も技術も、すごいのでは…?
なんて、なーんて桃色な予想もあり。
――余計な期待も背負っている。
(シュテインってその気になれば、健全不健全どっちのギャルゲー主人公にもなれるポテンシャルがあるのよね)
その気にならない常識人だからこその人気なのかもしれない。
ちなみになんの手解きもしていないので、そちらの事情はノーコメントなステファニーだ。
「とにかく! 私のことより自分のことでしょう。まず侯爵家の跡取りとして、姉様が相応しい相手を婿にとらなければ」
「私の前にあなたが相応しい子と結婚してくれて構わないのよ?」
「私の縁談が先にまとまったら、姉様はこれ幸いと遊び歩く気でしょう…!」
「あらやだ信用がないわぁ~」
こればっかりは本当に信用がない。
遊び歩いているのではなく意外と忙しくしているのだが、どこからどう見てもノリノリで誘惑して誑かして翻弄しているようにしか見えない。
否定しないが、これだけ探してもお眼鏡に適う相手に出会えないので、ステファニーも物憂げにため息をついた。
(これは今世も独身かなぁ…でも貴族だし、いざとなったら妥協するつもりだけど…)
理想を求め続けるばかりでは上手くいかないものだ。
相手が見付からない現実を見て、ステファニーは寂しげにため息をついた。
…そのままソファでしなだれて、お行儀悪くシュテインへ視線を流した。
「相応しい相手、相応しい相手と言うけれど…シュテインは一体誰が私の相手なら納得できるの?」
「切って捨てているのは姉様なのに、何故私が我が儘を言っているかのように言うのですか」
「だってヨーゼフ様のときは反対していたじゃない」
「それは姉様が無礼な振舞をすると考えて…」
「私が求婚を受けていたら、婚約者同士の気の早い戯れで終わるのに?」
ぐぬ、とシュテインの口が閉じる。
ステファニーは思わず楽しげに笑った。
実はずっと前に、妥協の話はしていた。
「あなた、なかなか相応しい相手を連れて来られないわねぇ」
「…姉様を止めるのに忙しいので」
「うふふふふ…これだから可愛い弟の相手はやめられないわ」
お茶会で出たのと同じクッキーをつまみながら、苦虫を噛み潰したような顔をする弟に微笑んだ。
「あなたが認めた相手なら妥協するって約束しているのだから、相応しい相手をさっさと連れてくればいいのに」
それが、ステファニーの妥協点。
家族とは、自分で見付けてこられなかった場合、弟シュテインがこの人ならば侯爵家に相応しいと認めた相手と結婚する、と約束していた。
「お父様じゃなくてあなたに決定権があるのだから、ちゃぁんと考えてね」
欠けたクッキーを揺らして微笑むステファニーに、シュテインはぎゅっと眉間に皺を寄せて心からイヤそうな顔をした。
「――連れてきて欲しいなら、片っ端から令息を引っかけるんじゃない…!」
絞り出すように怒鳴る弟に、姉は楽しげに笑った。
シュテインはさりげなく、ギャルゲー神回避を繰り返している。
そして実は最終兵器、指名権を持っているシュテイン。
だけど生真面目なので、本当にこの人が義兄に相応しいと思わないと発動できない。発動しようにも姉があちこちで令息を引っかけてくるので発動できない。姉の誘惑に引っかかる相手に厳しいので更に発動できない。
強いカードを持っているのに利用できない。
可哀想。
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